表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/55

19/想起:第一聖女都市近辺《ウルリエ村》で(7)

 心底、気に入らない。


 ボルニカの内心はそうだった。


 ルリリルの目つきは細く、ただボルニカを視線から逃すまいと捉えている。つい先ほどまで涙を浮かべて嘆き苦しんでいたというのに今は涙など枯れて、ひたすらに両手の五指を開いては閉じてを繰り返していた。


 ルリリル自身も自分の身体の変化――いや、最初から出来たはずのこの身体能力にまだ慣れていない様子だった。


 両親を喪い、独りになり、奴隷になったせいで全てを諦めてしまったせいで何もかも自分で選び取ることが出来なくなってしまった。


 そのせいで過去の記憶も、自身に流れる血が狩人の血だということを心が理解していなかった。


 経験は無い。だが才能は父と母から引き継いでいる。動けばいい。自分から動くことを選べば自ずとその身は願望のままに動き出せる。


 自分の身体とは思えないほどに軽く、これまでの恐怖や不安はなんだったのかと思えてしまうほどに滑稽すぎて命のやり取りをしているというのに笑ってしまった。


 ボルニカが投擲したダガーは彼の祈りと共に《奇跡》によって数え切れぬ数を乱れ撃っているというのにルリリルは右へ左へと駆け抜けて刃の雨を躱し続けている。


 一本たりともルリリルを捉えることは出来ず、ボルニカとの距離が縮まっていく。


(どうなってやがる)


 《奇跡》を使っているのかと思えばそんなことはなく、しかしボルニカの放つ攻撃はルリリルには届かない。


 違う。


 飛び交うダガーの隙間を縫いながら回避を続けるルリリルの手にはそのダガーの一本が持たれていた。


 どういうことだ。


 どうして持っている。


 簡単な話だ。飛んできたのだからルリリルはその一本を拝借しただけだ。


 飛んでくるダガーの柄を掴めるほどの反射神経はなかった。だがダガーそのものを刃先ごと掴んで自分のものにしたのだ。その痛みは想像を絶する。


 ルリリルを刺し貫くために射出させた分裂したダガーをルリリルは躱しながらしかもその内の一本を刃ごと掴み、己が武器に変えている。


 そのまま地を強く蹴り、バネのように跳ねては回転しながらルリリルはボルニカとの距離を一気に縮めた。


「おかえし」


 そのまま手に持たれていたダガーを今度はルリリルが言葉通りボルニカに投擲することで返却する。もちろん刃先を脳天に向けてだが。


「……クソが」


 そんなボルニカはわざとらしく舌打ちをすると、短剣を抜きルリリルの投げ返したダガーを弾き落とす。


 しかし、それと同時に視界からルリリルが消えていた。何処へ消えた――と、辺りを見渡すが見当たらない。ならば再度次のダガーを取り出して弾幕を作ることで接近を防ごうと考えた。


「こっちだよ」


 だがルリリルはそれを赦さない。


 身体は小さく、そして黒い猫のような体毛。そんなルリリルの容姿はこの暗闇の森の中では迷彩となる。ボルニカは辺りを見渡してしまったのがルリリルの発見が遅れた原因だった。


 だから既に足元にいるのに気付けない。遠くを見過ぎたせいで、小さなルリリルの身体を見落とした。


「舐めんじゃねぇ! オレは、元はS級探求しゃ――――」


 愚者の過去に興味は無く、慈悲など微塵も無く、これがルリリルの最も敬愛する《聖女》の敵ならば、それはここで沈黙させるしか道はない。


 ルリリルの強く握り締められた拳には二本目のダガーが備えられている。それが手に持たれていた短剣ごど切り裂いていた。


 鮮血が舞い、ルリリルはそんな敵の血液すら触れぬようにくるりと真横へ移動しそのまま両足の腱を切りつけた。


「がぁ……」


 間の抜けた声を出した頃にはもうボルニカは仰向けになったままその場に倒れてしまった。


 しかしそんな隙だらけになったボルニカを前にルリリルは馬乗りになったまま何度も、何度も、何度も、何度も、全身の力を両手に込めて打ち下ろしていた。


「すぐには、殺さないぃ……すぐにはぁ……これも、これも、これもぉ……」


 痛めつけて殺すのが趣味ならば、その悪趣味に合わせてやるとルリリルは自分でも信じられないほどに今まで生きてきた中で最も、最も強く、強く、渾身の力を注ぎながらボルニカの顔面を殴りつけていた。


「これは……もらって、いきますね……」


 そしてルリリルは完全に沈黙したボルニカが装備していた短剣を奪い取り、そのままもう何も言わず、思わず背を向けたまま森を立ち去ろうとした。


 「早く《聖女》さまに合流しなければ」と小さく呟いたまま――そうだ、完璧に殺しておかないと……と、ルリリルは逆手に短剣を構えて、


「ルリリル」

「あ…………」


 振り上げた刃だったがその手は制止された。


「遅くなって、ごめんね……」


 イズクは返り血を浴びたままルリリルの手をそっと包み込むようにして、ゆっくりと抱き締めていた。


 イズクもまた十人近くいた聖女騎士たちを相手していた。《奇跡》を使い、イズクの進むべき道を邪魔していた。それを処理するのに手間取ったせいでルリリルを救出に遅れた。


 しかしイズクが到着したころには一方的な暴力を行使し、泣き喚くボルニカに一切の救いの手立ても無く、ルリリルは今にも壊れそうなほどの勢いで拳を打ち続けていたが見えていた。


 そしてあと一刻遅れていればルリリルはこの聖女騎士を殺していたことだろう。いや、もう死んでいる手前かもしれないが。


「だ、だって……このひと……聖女さまの、こと――」

「うん」

「聖女さまを、黙らせるって……言ったんです……」

「うん」

「許せなくて、何も知らないのに……みんな、みんな……聖女さまのこと悪く言うから……」

「うん……」


 イズクはただルリリルの言葉を止めることなく全て受け止めている。そして小さなその身体もイズクは受け止めるように抱き締めている。


「そんなひと……」


 ルリリルはイズクの手の甲に頬を摺り寄せたままま、


「……殺した方が、いいですよね?」


 上目遣いでそう言った。


 そんなルリリルの黒い瞳が強く濁って見えた。瞳孔が揺らいだまま、にんまりと笑って……イズクは思った。だめだ。なんてことだ。

 

 ()()()()()()()()()、と。


 ルリリルが確かにリルリの民であり、その血に流れている戦える才を持っていたとしても――その精神や意志は、イズクの血肉を与えて従者とした時点でイズクの思想に強く偏らせてしまっている。


 きっと命じれば何でもするだろう。瞳の色も、未来も奪っただけでなく矜持すらも《第六位》に寄せてしまった。


 淀んだ瞳が黒く濁ったまま、ルリリルはイズクの信者として絶対の忠誠を誓っている。イズクがルリリルを生き返らせる前からその心に偽りはなかった。


 だがその想いに付け込んでイズク自身を裏切らない人形にしてしまったのではないか。裏切られることは、この上なく恐ろしい。


 《魔女》と仕立て上げられ、《聖女》の名を奪われた。


 それでも、信じてくれたこの子を裏切っているのはイズク自身ではないだろうか。


「ルリリル……手が……」


 飛んできたダガーの刃を素手で掴んだせいでルリリルの手のひらは切り裂かれていた。だが少しずつ傷は癒え始めている。血も止まっている。


 《七虹》としての力で従者にしたわけだがイズクの《奇跡》の一片であろう百分の一に満たない《()わら()》の力も受け継いでいる。だからイズクよりも遥かに遅いが傷は治っていく。元に戻っていく。


 けれど、


「あ……っ」


 ルリリルは突然のイズクの行為に驚いた。何せイズクはルリリルの手のひらの傷を舌で舐め取っていた。意味はない。傷はどうせすぐに塞がる。


「だ、だめです聖女さま……きたない、ですから……」


 土埃と血で穢れたルリリルの手をイズクは両手で触れたまま舌を這わせていた。


「ルリリルが汚ければ、私はもっと汚いよ」


 イズクの内は既に穢れ切っており心は復讐の念で黒く染まっている。幾度と無く殺され続け、それでも終わることなく生き返り続けて、復讐のために全てを捧げたつもりだったのに。


 ――聖女さま。


 リルリの民だけは、ルリリルだけは、イズクのことを()()呼んでくれたから。


 そんなリルリの民の最後の一人がイズクの前に現われて、信者と言ってくれた。だから側にいてくれればそれでよかったのに、それなのに喪いそうになって無理やり手元に置いているようなものだ。


「ルリリル、私の言葉以外は……聞かなくて、いいからね」


 厭な言葉は聞かなくていい、と。そう告げて。そして傷痕にイズクは口づけをして、額がルリリルの手のひらに触れる。


 甘く、優しい言葉だけを並べ立てて、ルリリルを心酔させている。ルリリルの信仰を利用していると思われても仕方がない。それでもイズクはもう一人では生きられない。


「傷はもう……治ってるね」

「はい、ありがとう……ございます……」


 イズクの顔がルリリルの手のひらから離れていく。惚けたままルリリルは自分の手のひらを見つめていた。


 聖女騎士に襲われて、顔が割れているのならば――死んだはずの《第六位》の《聖女》が生きているということが広まればこの先、もっと危険な旅路となるであろう。


 イズクはこのまま第一聖女都市へ向かうべきか迷った。


 だが、


「ルリリル、いっしょに……来てくれる?」

「もちろんです! 聖女さま――」


 立ち止まることは出来ない。イズクはそのままルリリルの手を取り、目的を果たす為に第一聖女都市へと向かうのだった。


 ルリリルはずっと手のひらを見つめたまま――そしてそっと胸元に手を置いている。


『チカラ、貸ス。欲シイ? アゲル。アゲル』


 ルリリルの耳に、誰かが囁いている。


 もっと大きな力が、あれば、聖女さまの力になれる――ふと、そんなことを思った。だけど、ルリリルは聞こえない振りをする。その声に反応しない。


 ――いらない。


 ルリリルは心の底で拒絶する。


 その声は月の隣からずっとこちらを見ている。


 イズクは知らない。《極光》の声がルリリルの耳に響いている。だがルリリルの表情はイズクを見つめる度にその声は聞こえない。ルリリルの耳に響かせたい声は一つだけだ。


 そしてルリリルはイズクの腕に身体を寄せている。ルリリルの居場所はここだけだと。だから、どんな声であれルリリルを誑かすことはできない。


 二人は、第一聖女都市へ向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ