16/想起:第一聖女都市近辺《ウルリエ村》で(4)
しかし、この旅が――何処を目指しているのか知っていたはずだ。
目を逸らすことは許されない。選んだ筈だ。最果てに待つ復讐の結末に辿り着く為には、如何なる障害をも超えて行かなくてはならない。
では、超えられなければ?
答えは単純だ。
旅は、そこで終わる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
甘い。
砂糖を焦がしたような――そんな匂いだ。そう言えば何も食べずに眠ってしまった。
思えばルリリルの身体はどうなっているのだろうか。イズクに血肉を分け当たられたことで傷ついた心臓が治ったことで再び生きることができたが、ルリリル自身何かしら変化は感じられない。
甘い香りに誘われてルリリルの眠りから目を醒ます。
「なんで、起きてんだ? ずっと寝ててよかったのによ」
銀色の騎士が身に着けるような甲冑を身に纏いながら男の声が聞こえた。二人いる方の片方は兜を被っていない。瘦せこけた顔。下卑た笑みは精神的に不快感を与える。
「素顔を晒すな」
もう一方は兜を被って顔がわからないが同じく男性の声だった。同じく騎士の装備に腰には長剣を携えている。
その声の主が叱咤するようにもう片方の素顔を見せる男に言うと、解りやすく舌打ちをしながら兜を被りなおしていた。
「だ、だれですか……」
そもそもどうしてこんなところに。状況を理解するためにルリリルは辺りを見渡す。そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「い、いや……、な、なんで……? いや、やだ……」
ベットの上、どうしてこんなことになるまで気が付かなかったのか。ルリリルが眠っている間に何が行われていたのか
ルリリルの横で眠っていたはずのイズクが動かない。
おびただしい数のダガーがイズクの五体を貫いていた。脳天と心臓、そして両手両足と何本も突き刺さったまま動かない。
いやイズクには《奇跡》があるはずだ。命が終わらない《奇跡》を持っているのだから。それなのに動かない。
「おいおい、あんまでけぇ声だすなよ。まぁ無駄だけどよ」
ルリリルの悲鳴は男の手によって遮られる。そして逆手に持たれた短剣がルリリルに向けられているが、片割れの男が「殺すなよ」と告げると刃先を向けるのを止めて戻していた。
ルリリルは理解できずにいた。
イズクが容易くこの騎士たちに活動を停止され、動くことなく静かに事切れている。
《堕天》の前であれだけ果敢に戦い、どれだけ身体を欠損させても何もなかったかのように再生し、ついにはその身を食わせることで破壊した。
そうだ。傷を負えば瘴気が漏れ出るはずだ。それなのに男たちは何の影響も受けずに平然としている。
「なんでこっちの亜人は殺しちゃいけねぇんだ?」
「あの御方のお言葉に反するのか?」
「あ~~~~、そう……それならまぁ……」
それ以上は男たちは何も言わなかった。
「な、なにをするんですか……!?」
そしてルリリルは強引に手を引かれたまま部屋の外へと連れ出される。
「我らは《聖女騎士団》――異端者がこの村にいると知らされてな。《色無し》に連れられた亜人族……この村で何をするつもりだった?」
《聖女騎士団》は《聖女》を守護するために結成されている《奇跡》を持つ者たち。
今や三桁を超える聖女が存在するこの世界で全ての《聖女》に宛がわれているわけではない。優秀で有能な選ばれし《聖女》を護るために存在している。
「わたしは……」
何もするつもりなんてない。だからルリリルがその問いかけに答えを出すことは出来ない。
イズクは目覚めない。どうして?――と、ルリリルは疑問を抱いても何もわからないまま。
(もしかしたら……)
ルリリルは気付いてしまった。
本来ならばどれだけ傷つけられたとしても、敵に対して反撃を行えるはずのイズクが内包している腐れた竜の瘴気。
しかしイズクは言っていた。この瘴気は効果を切ることが出来る。鎧の廻廊でイズクは確かにそう言っていた。
ルリリルが近くにいたから、攻撃を受けた際に出来た傷から漏れ出る瘴気は影響を及ぼさないようにイズク自身がそう設定していたのだろう。
(わたしの……せいだ……)
イズクが一人ならばこの程度の障害は何てことないだろう。余裕をもって対処できたはずだ。それをルリリルの存在が邪魔をした。
「ん~? なんか急に大人しくなったぞ??」
糸が切れた人形のようにルリリルはその場にへたり込んでしまった。だが容赦なく男は引き摺りながら外へと連れ出そうとする。
「こりゃ楽でいいぜ。おい、あっちの《色無し》の女はそのままでいいのか?」
「ああ、あれは放置でいい」
「いい顔の女だったなぁ……身体もなぁ……」
聖女を守護する騎士でありながらその無礼にルリリルは見上げては睨むように男を見て、
「せ、聖女さまに――汚い言葉を、使わないでください」
だが男はそれを鼻で笑って、
「こりゃ傑作だ。ありゃ《聖女》じゃねぇよ。そもそも亜人なんか救う《聖女》なんかいるかよ」
「《聖女》は人類史を救済するための存在。そこに亜人はいない」
まただ。
またこれだ。
――《奇跡》を持たぬだけで救われない。
「お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇ……さっさと付いて来い!」
ルリリルはそのまま頬に平手を受け、その場に転がる。左の頬が熱い。痛みが消えない。痛い。怖い。奴隷だった頃の一方的な暴力が、心に刻まれた傷に塩を塗るように響く。
「なんで《薬》のためにこんなくせぇ亜人のガキ一匹連れ帰らなくちゃならねぇ」
だが痛みはすぐに引いた。この男は確かに《薬》と言ったからだ。
「……《薬》――《第四位》の、ですか…………」
ルリリルのぼそりと呟いた声を男は聞き逃さなかった。
「テメェ、なんで知ってる」
ルリリルの小さな身体は胸倉を掴まれれば全身が浮いてしまう。息ができない。意識が遠のく。
「聖女を護る騎士が……《薬》ですか――しかもあんな物騒なもの……を」
男はそのまま床にルリリルを押し倒す。そのまま短剣を取り出し、
「待て」
「連れて来いって言ってただけだ。舌ぁ千切って黙らせる。それで死んでも死体のまま連れて行きゃいい」
亜人の口から《第四位》まで出たことで一気に聖女騎士の二人の表情は険しくなった。
ましてやこの二人が所属しているのが《第四位》の騎士である。《薬》はまだ一般的に公になっていない。効果がどんなものかは騎士は知らない。
だがその《薬》を使えば自身の《奇跡》の性能が格段に上がるという話を他の騎士から聞いたことでいつか自分も手に入れたいと思っていた。そんな矢先、《第四位》から命令を受けた。
《色無し》の女が亜人の少女を連れている。亜人の女を連れて来れば《薬》を上げる――と。
ルリリルは何も言わない。
真実に辿り着くことは独りでは叶わないからだ。
しかし、イズクは動けぬまま――
「静かにしてろよ」
そして男が馬乗りになったままルリリルに刃先を向けていた。ルリリルは抵抗しなかった。だけど、ふと父の言葉を思い出した。
その時がくれば、勝手に動き出すと――
いつまで経っても動かない。
自分から、動かないから――動くわけがないんだと至極全うな答えが見つかった。
なら、自分から動き出せば……。
「ねぇ」
だがルリリルが動くより先に、部屋の扉が開いて、
「私の信者に……なにを、してる?」
騎士の二人は目の前にいるイズクの姿に驚愕している。それもそうだ。全身が針の筵のようにダガーが突き刺さったままのイズクが残酷な状態のまま、しかしその状態のまま歩き、動き、生きているのだから。
「ごめんルリリル、寝坊しちゃった」
そしてイズクはルリリルに向かって詫びれば、額に突き刺さったダガーを外しては、順番に他のダガーも外しているのだが、
「お前、《第四位》のところの聖女騎士だって?」
事情も理解して、イズクは二人の騎士に指先を向けたまま、
「旅の始まりにしては幸先が良い。知ってることを全て話せ。その後に殺してやる……私の信者を傷つけた時点で話さなくても、殺すがな――」




