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13/想起:第一聖女都市近辺《ウルリエ村》で(1)

「へぇ~……《七虹(セブンスヘブン)》ってちゃんと一つ一つに名前があるんですねぇ――」


 旅の途中、ルリリルはイズクに色んなことを教えて貰っていた。人類が知ることのないおとぎ話の裏側を教えてもらえて惚けた声を上げている。


「そうみたい。《赫黒(あかぐろ)》って呼ばれてる」


 旅は余りにも順調だった。


 ルリリルはただイズクの後ろを歩いているだけだった。世界地図の中心に建てられた《第一聖女都市》へと目指してイズクたちは進んでいる。


 《聖女都市》は《堕天》の脅威から身を守るために作られた人類の為の町だ。第一と呼ばれているだけに第二、第三の《聖女都市》も存在している。その中でも最も規模の大きな都市にイズクたちは向かっている。


 旅だというのに手ぶらのまま歩いているのはどうかと思うが、イズクの体内に必要なものは全て揃っているのでいつでも必要なものを取り出せる。何も困らない。


 ルリリルはイズクに貰った服を見て頬を緩ませている。素敵な衣装に身を包み、イズクの隣を歩く。なんて幸福に満ちたことだろう。


「聖女さまの服も素敵ですね」


 イズクの黒衣に対してルリリルは評価する。しかしすごいのは《廻廊(ダンジョン)》での戦いでどれだけ破れても肉体どころか服まで元に戻っていることだ。


「これは《腐敗の薄壁(ドレスコード)》。いちいち服が破れたり燃えて着替えるのも面倒だし瘴気で作ってしまえば何度でも元に戻るから楽でいいんだよ」


 イズクの内に秘めた《赫黒》の瘴気はイズクのイメージを模れる。身体の中は空っぽだが、廻廊で使っていた肘から骨が突き出したような刃も全てイズクの投影した武装である。


「じゃ、じゃあ……聖女さまってその、あお、つねに、はだか――ってことですか……」

「まぁ、服ではないので間違っては……いや、おかしいかなそれは」


 ルリリルが鼻息を荒立ててとんでもないことを聞いているが、イズクは途中で答えるのを止めた。


 ルリリルは最初に出逢った頃よりも明るく元気な姿を見せている。イズクにべったりとくっついている。けれどイズクは悪い気はしなかった。反動が大きすぎたのだろう。


 今までずっと闇黒の窯の底で生かされていたルリリルを救う光にしては眩しすぎた。そしてイズクもまた《聖女》と慕ってくれるルリリルの存在が眩しすぎた。だから喪う直前、それを阻止するためにルリリルを生き返らせた。イズクもまた永遠に孤独でいることに耐えられなかったのだろう。傷つくことはこれまでだって何百何千と繰り返せたのに。


「日が沈んできましたね」


 ルリリルが指を差すと太陽が半分隠れているのが見える。暫くすれば夜がやって来ることだろう。


「ずっと歩きっぱなしだったしそろそろ疲れたね」


 イズクに疲労というものは存在しないがルリリルのことを労わってそう言うのだが、


「これぐらい平気です! 聖女さまといっしょならどこまでだって行けます!!」


 これは別に強がりではなかった。イズクの血を与えられて従者となったとは関係なく元々奴隷であったイズクはあちこち廻廊(ダンジョン)に連れ回されていたから体力がある。そして今はイズクと歩くことで精神的な疲労は全くないおかげで疲れを知らない身体になっている。


「それでも暗い道を進むのは危ないからね……ほら――」


 そう言ってイズクが腕を伸ばすと道は二つに分かれていた。《第一聖女都市》へ続く街道ともう片方には村が見えた。小さな村だがいくつもの煉瓦の家が建ち並んでいる。《第一聖女都市》まではまだ遠い。ルリリルを休ませてあげたいという願望もある。だからそのまま都市までの道を進むのはいったん止め、そのまま村の中へ進むことにした。


 看板には《ウルリエ村》と、書かれていた。


「で、でもわたし……」


 そこで今まで明るく笑顔のルリリルの表情が険しいものへと変わった。どう見ても人族の村だ。そして武器を装備している《探求者》も見えた。近くに《廻廊》でもあるのだろうか。


 ルリリルが進むことを拒むのはイズクも解っている。


 だがそれはイズクも同じだ。黒い瞳は《奇跡》を持たない《色無し》という蔑称を受ける。しかしこの瞳の色は《赫黒》の力によるもの。だが瞳の色以前にルリリルは亜人である。大きな猫の耳がその証。小さな身体に猫の毛並み。隠しようもないのでルリリルは逃げ場もなく両親を喪ったあの日から奴隷になるしかなかった。


「聖女さま……わたしは、別に野宿で――」

「私の信者にそんなことさせるわけないでしょ」


 そう言って手を掴んで進んで行く。


「そ、それに聖女さまはだいじょうぶなんですか?」

「私はもう処刑されて死んでるんだし誰も知らないよ」


 悲しいことを言うけれど、確かに死んだ人間が平然と街道を堂々と歩いているわけがない。他人の空似――楽観的に思えば、なんとでもなる。そしてもっと言えばイズクは別に正体に気付かれても気にしない。そのときは暴れればいいと物騒なことを考えている。


 夕暮れ時、ウルリエ村へと入る。黒衣を着た背丈の高い黒髪の女性が亜人の少女を連れ歩く。その異様な組み合わせに村にいる他の者たちは怪訝そうにイズクとルリリルを見ているがルリリルは地に視線を逸らし目を瞑りながらイズクに手を引かれて歩いている。一方、イズクは全くもって気にせず宿屋目掛けて進んで行く。


 意外とイズクに声を掛けてくる者はいなかった。イズクの容姿、立ち振る舞い、そして刃のように鋭い眼光――そんな無意識な威嚇に、茶化して声をかけてくる人間もいなかった。


「亜人がなんでこの村に……」


 誰かの声が後ろからルリリルを刺していた。しかしルリリルは聞こえぬ振りをする。他者より優れた聴覚を持つルリリルならばどれだけ小さな声でも拾えてしまう。そして緊張し強張れば更に遠くの音を拾ってしまう。ルリリルの生存本能が、恐怖や不安によって聴覚は更に増してしまう。


「ルリリル」


 イズクはルリリルの耳を両手で塞ぎ、


「聞きたくない言葉は聞かなくていいの」


 悪しき言葉は心を苛む。イズクは散々聞き飽きて今はもうただの子守歌である。それより酷い有様を垣間見ている。体験している身からすれば言葉の刃など何も届かない。


 そしてイズクは振り向いて、誰かもわからない言葉の主をジロリと睨んでいた。《聖女》は救済の象徴。しかし人しか救わない。亜人を救わない。《奇跡》を持たない種族は、それだけで救うに値しないと。


「同じ生き物の分際で……比べたがる」


 《奇跡》が使えたところで全てを救わぬなら意味はない。イズクの《奇跡》は死ねないだけ。それだけでは誰も助けることは出来ない。それでも、それでも――


「行こう」


 周囲の人間もイズクのただならぬ様子に卑下た言葉を投げかけることはしなかった。


 宿屋に入り、店主のところへ向かう。当然、店主は瞳の色と亜人であるルリリルの姿を見て嫌悪感を露わにしているがイズクはルリリルを抱き寄せたまま金貨をちらつかせた。


「《色無し》と亜人の相手をするのは心苦しいでしょうし迷惑かと思いますので……それ込みで料金をお支払いします。これで一泊できますか?」


 そう言ってイズクは机の上に一泊銀貨4枚と書かれえている宿泊料金のことなど一切無視して金貨を一枚置いた。これは銀貨百枚相当の価値がある。倍以上どころではない金額の支払いには相手が何であれ種族がどうであれ商売側の人間からすればどうでもいいことだ。偽物かと疑っているが金貨を手に取り本物だと解った瞬間嘘のように人が変わり、店主は「それなら静かないちばん奥の部屋が空いてる」と告げて部屋の鍵を渡してくれた。


「どうも」


 そのままイズクはルリリルの手を取り、部屋へと向かった。とても手慣れていてルリリルはただ呆然とイズクを見つめていた。


「金はいいよ。信用も信頼も買い取れる」


 まるでこれが初めてではない対応にルリリルは感心していた。元々他の《聖女》と違っていろんなところに救済のために足を運んでいた。独りで生きる知恵はいくらでもある。ただ当時にイズクが独りで出来たことは時間を稼いで《堕天》に襲われているヒトを逃がすぐらいしいか出来なかったけれども。


「すごい……」


 ルリリルはこれまでの奴隷としての生活では二度と体験することは叶わなかったであろう人並の部屋を目の当たりにして感嘆の声を上げている。


 ベットは一つだったが何も問題ない。倍以上ではない料金を払ったことでイズクとルリリルの容姿で部屋の品質を下げるようなこともせず一泊するには十分な部屋を提供してもらえた。


「あ、ここ温泉あるんだ……すごいね」


 イズクは部屋の窓から見える宿の裏側にある仕切りで中は当然見えないが立ち込める湯気を見て驚いていた。思えば宿屋には探求者以外にも色んな客がいたがこの温泉に入るのが目的で利用しているのだろう。


「おんせん?」

「おおきなお風呂……温かい水に浸かってゆっくりするところだよ。私が《聖女》だったころ――」


 過去形にした瞬間、ルリリルの顔が悲しそうになったのですぐに口を噤んだ。


「じゃなかった、昔にね……入ったことがあるの。気持ちよかったな」


 そう言ってベットに腰掛けると、ルリリルも真横にぴったりとくっついて座ってイズクの昔話に耳を傾けた。《聖女》に選ばれ、《堕天》から人々を救うために世界の各地に向かうとうことは旅をしていたということ。行く先々で様々な体験や経験をしてきた。その中でもイズクは温泉に入ったことがある思い出を語った。


「おおきなお風呂……」

「そうだね。もしルリリルが良ければ入る?」


 そう問い掛けるとルリリルは俯いたまま長考している。人とは違う種族であるせいで人と同じ空間にいることも恐ろしい。ここに来るまでもイズクがいなければ何も出来なかったかもしれない。


「あの……その、不安で……」


 ギュっと手を握り締めたまま、


「聖女さまと、いっしょなら――」


 その言葉に対して、イズクは静かに応えるのだった。

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