第66話:敵地潜入、転生なき街
王都を背に二人はひたすら歩き続けた。
アストリア王国の法も光も届かない北東の不毛地帯。
魂狩りの本拠地『解放区』。
そこが彼らの目的地だった。
旅はこれまで以上に過酷だった。
神敵として全世界に指名手配された今、街道を行くことも街で宿を取ることもできない。
彼らは昼間は身を隠し夜の闇に紛れて移動した。
食料はゼノが狩りで手に入れた。
眠るのは洞窟や廃墟。
その生活は彼らをより強くそしてより孤独にした。
世界で信じられるのは互いの背中だけ。
その事実が二人の絆を鋼のように鍛え上げていった。
何週間も歩き続けた頃、二人はついにその場所にたどり着いた。
不毛の荒野の地平線の先に巨大な壁が見えたのだ。
それは城壁ではない。
瓦礫と鉄屑を巧みに組み上げて作られた巨大な防壁。
そしてその内側には一つの巨大な街が広がっていた。
「……あれが解放区」
フィオラが息をのむ。
彼女が想像していたのは狂信者たちが集う陰鬱な要塞。
だが目の前の光景は全く違っていた。
街には活気があった。
煙突からは煙が立ち上り鍛冶の音が響いてくる。
子供たちの笑い声さえ聞こえた。
それはまるでこの荒れ果てた大地に突如として現れた奇跡のオアシス。
あまりにも平和なその光景に二人は戸惑いを隠せなかった。
*
二人は身分を隠し他の流民たちに紛れて街の中へと入った。
街の名はリベリア。
解放区の首都だ。
驚いたのはその雰囲気だった。
誰も他人の魂歴を気にしない。
貴族も平民もここでは関係ない。
誰もが自分の職業に誇りを持ちその腕一本で生きている。
パン屋の主人は来世で王様になることより今日最高のパンを焼くことに情熱を燃やしている。
酒場の吟遊詩人は過去の英雄譚ではなく今を生きる名もなき人々の愛と勇気の歌を歌っていた。
ここは転生なき街。
誰もが来世ではなくこの一度きりの人生を必死にそして謳歌している。
それは皮肉にもゼノがずっと抱いてきた理想の世界の一つの形だった。
その事実は彼の心を複雑に揺さぶった。
自分たちが敵と定めた魂狩りが作り上げたこの街。
そのあり方は本当に間違っているのだろうか。
*
だがこの街はただの理想郷ではなかった。
ゼノとフィオラの存在はすぐに街の警備隊の目に留まった。
彼らは兵士ではない。
この街を自らの手で守ると決めた覚悟の目をした市民たちだった。
「お前たち見かけない顔だな」
警備隊のリーダーらしき男が二人を鋭い目で見つめる。
「どこから来た。目的は何だ」
その問いにゼノはあらかじめ用意していた答えを口にした。
「……王国のやり方に嫌気がさしたただの流れ者だ。この街の噂を聞いてやってきた」
「ほう。噂ね」
男は信じていない。
フィオラの隠しきれない気品。
ゼノが背負う神器のただならぬ気配。
二人がただの流れ者ではないことなど一目瞭然だった。
「……素性を明かさないのであればそれなりの覚悟を示してもらう」
男が剣を抜いた。
「この街で生きるには資格がいる。お前たちの力がこの街の役に立つものかどうなのか。この俺が見極めてやる」
フィオラが一歩前に出ようとする。
だがその時だった。
「――おやめなさい」
静かでしかし全ての音を支配するような冷たい声が響いた。
声の主は一人の少女だった。
黒いドレスを身に纏いその瞳はまるでガラス玉のように何の感情も映していない。
だが彼女が現れた瞬間、あれほど猛々しかった警備隊の男たちが一斉にその場に膝をついた。
彼女はエヴァ。
魂狩りの指導者カインの最側近。
『絶望の聖女』と呼ばれる少女だった。
エヴァは警備隊には目もくれずまっすぐにゼノとフィオラを見つめた。
その空虚な瞳が初めてわずかに揺らめいた。
「……お待ちしておりましたわ。神敵のお二人」
彼女は全てを知っていた。
二人が何者でそしてなぜここに来たのかを。
*
警備隊の男たちが驚愕と畏怖の表情で二人を見る。
神敵。
それはこの解放区において最高の賓客を意味する称号だった。
ゼノは悟った。
自分たちが敵地に潜入したのではなかったのだ。
最初から全て敵の掌の上で踊らされていたに過ぎない。
カインの言っていた『取引』。
その舞台はすでに整えられていたのだ。
エヴァはその人形のような顔で静かに言った。
「カイン様がお会いになります。……こちらへ」
彼女は二人に背を向け街の中心にある一際大きな建物へと歩き始めた。
もう否応もない。
断ればこの場で戦闘になるだろう。
それは彼らが望むところではなかった。
ゼノとフィオラは顔を見合わせた。
そして覚悟を決める。
二人はエヴァの後に続いた。
敵の本拠地のさらにその中心へ。
魂狩りの指導者カインとの対面のために。
平和な街の仮面の下に隠された魂狩りの本当の顔。
そして彼らの大いなる理想と狂気。
その全てを知る時はもう目前に迫っていた。
彼らは自ら虎の穴へと足を踏み入れたのだ。
その先に何が待っているのかも知らずに。
ここにて一旦更新をストップいたします。
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次作品ではもっと頑張ります。




