第61話:システムの深淵へ
第一の守護者が消え去った後、二人の前にはただ静かで暗い道が続いていた。
古の道。
神々のシステムの外部に存在する唯一の通路。
ゼノとフィオラは覚悟を決めその闇の中へと足を踏み入れた。
通路の内側は奇妙な空間だった。
神殿の光り輝く内装とは全く違う。
壁は光を吸収するような黒い未知の物質でできていた。
空気はひんやりとしてどこまでも澄んでいる。
神々の力が及ばないこの場所ではフィオラもまた魂の重圧から解放され体が軽く感じられた。
時折壁が淡く光る。
そしてそこには幻のように古代の光景が映し出された。
神々がまだいなかった時代の巨大な動植物。
ディヴィナ・サイクルに囚われていない自由な魂の営み。
それは神々によって消し去られたこの世界の本当の記憶の断片だった。
二人はまるで世界の歴史そのものの中を歩いているかのようだった。
「……すごい」
フィオラが息をのむ。
「ここにある全てがわたくしたちが教えられてきた歴史を否定していますわ」
「ああ」
ゼノも頷く。
「ここが真実の世界だ。俺たちが今まで生きてきたあの世界こそが神々の作った巨大な偽物なんだ」
どれくらい歩いただろうか。
長い通路は終わりを告げ二人は広大な空間へと出た。
そこは神殿の地下深くに存在する巨大な空洞だった。
そして二人は言葉を失った。
眼下に信じがたい光景が広がっていたからだ。
空洞の底を巨大な光の川が流れていた。
無数の魂が集まってできた魂魄の大河。
「……あれが」
フィオラが震える声で言った。
「神話に伝わる『忘却の河』……!」
全ての魂が死後その記憶を洗い流されるという伝説の川。
それが今目の前を流れている。
魂たちは悲しむでもなく喜ぶでもなくただ静かに流れに乗ってどこかへと運ばれていく。
それは美しくそしてどこまでも冒涜的な光景だった。
生命の尊厳を完全に無視したただの工業的な魂のリサイクル・プロセス。
*
二人はその魂の川に沿ってさらに奥へと進んだ。
そしてついにたどり着いた。
この中央神殿の最深部。
世界の心臓。
システムの深淵に。
そこはもはや空洞ではなかった。
上下左右の感覚が失われる無限の空間。
そしてその中央に一本の巨大な光の柱が天と地を貫いていた。
全ての魂の川はこの光の柱へと吸い込まれていく。
柱の内部では無数の魂の情報が光の粒子となって高速で駆け巡っている。
世界の全ての魂の全ての記憶と歴史。
その全てがここに記録され管理されている。
「……アカシックレコード」
フィオラが呆然と呟いた。
神々の叡智の結晶。
この世界の全てを記録する巨大な記憶装置。
リィナを救うための答えも。
神々を打倒するための方法も。
その全てがあの光の柱の中にある。
だが同時に二人は理解した。
ここは神々の領域。
最も神聖でそして最も危険な場所なのだと。
案の定二人がこの深淵に足を踏み入れたその瞬間、空間の空気が一変した。
今までただ流れていただけの魂の川がその動きを止め二人を敵として認識する。
そして穏やかだったアカシックレコードの光の柱がその色を警告を示す真紅に変えた。
ウウウウウウウウウウーーーーーーーンンンン!!!
神殿の最深部から甲高い警報が鳴り響いた。
それは外部からの侵入者に対する警報ではない。
システムそのものの内部で致命的なエラーが発生したことを告げる最高レベルの警報だった。
神器が放つ神々への反逆の意志。
そしてゼノの魂が持つシステムに存在しないという絶対的な矛盾。
この二つのバグがついに世界のサーバーの中枢へとたどり着いてしまったのだ。
「……まずい!」
ゼノが叫ぶ。
もう隠れることはできない。
自分たちの存在は完全に神々のシステムに探知された。
アカシックレコードの赤い光が二人の前で収束していく。
そしてその光はゆっくりと人の形を成していった。
それはアウグストゥスのような神官ではない。
最初に出会ったガーディアンとも違う。
より高位でより純粋な神々の意志の代行者。
六対の光の翼を持ちその手には炎の剣を携えた究極の守護者。
『熾天使』。
それがシステムの深淵を守る最後の番人だった。
熾天使は感情のない瞳で二人を見下ろした。
その思考が直接二人の脳内に響き渡る。
《――システム中枢にて致命的エラーを検知》
《異端因子及び対神性兵装を確認》
《これより最終安全保障措置を発動する》
その宣告はあまりにも絶対的だった。
《――対象領域の全データを完全消去する》
もはや警告も分析もない。
ただバグを削除するための究極のアンチウイルス・プログラム。
それが熾天使の正体。
ゼノとフィオラは逃げ場のないシステムの深淵で、世界の理そのものからその存在を消されようとしていた。
二人の最後の戦いが今始まろうとしていた。




