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第60話:第一の守護者

古の道の入り口にその番人は立っていた。

全身を古代の苔むした石鎧で覆い、その手には大地そのものを削り出したかのような巨大な岩の戦斧を握っている。

その体から発せられる力は神々の使う神聖な魔力とは全く異質だった。

荒々しく雄大でそしてどこまでも古い大地の力。

それが第一の守護者が纏う気の遠くなるような魂の圧力だった。


「始まりの道を歩む者よ。その資格を示せ」

守護者の声は地殻が擦れ合うような重い音だった。

「神々の理に汚されし魂と神々の理から外れし魂。お前たちにこの道を通る資格があるやなしや」

それは問いかけではない。

試練の開始を告げる宣言だった。


守護者はその巨大な戦斧をゆっくりとしかし圧倒的な力で振り上げた。

「神々のサイクルは弱さを生む。過去の亡霊に魂を食わせる惰弱なシステム。わたくしに見せてみよ。お前たちの『今』の力を」

戦斧が振り下ろされる。

轟音。

衝撃波だけで周囲の壁が粉々に砕け散った。

ゼノとフィオラは咄嗟に左右へ飛び退きその直撃を回避した。

だが守護者の狙いは二人ではなかった。

その視線はただ一人フィオラだけを捉えていた。


「まずはお前からだ。神々のサイクルに汚されし娘よ」

守護者がフィオラへと突進する。

その一歩一歩が大地を揺るがす。

「その魂から亡霊の匂いがする。『剣聖』という名の過去の亡霊の腐臭がな!」

「……っ!」

フィオラは剣を構えその猛攻を受け止める。

だがあまりにも重い。

一撃を防ぐたびに腕が痺れ体の芯まで衝撃が響く。


「その剣筋まだ過去に囚われているぞ! それはお前の剣ではない! 歴代の剣聖たちのただの模倣に過ぎん!」

守護者の言葉がフィオラの心を抉る。

その通りだった。

極限の戦闘の中で彼女の体は無意識に、魂に刻み込まれた最も効率的な剣聖の動きをなぞろうとしてしまう。

そしてその動きを使うたびに守護者の攻撃はさらに重く鋭くなっていく。

まるで過去に頼る弱さを罰するかのように。


(……駄目。これでは勝てない)

フィオラは奥歯を噛みしめた。

彼女は思い出す。

リベルタスの地下闘技場で流した汗と血を。

泥に塗れプライドを捨てただ自分だけの一撃を求めたあの日々を。

(わたくしはもう過去の亡霊ではない!)


彼女は一度大きく息を吸った。

そして全ての防御を捨てた。

彼女は守護者の戦斧をただ見据える。

魂が囁く完璧な回避ルートを無視する。

自分の目で自分の頭で敵の動きの本質を見極める。

戦斧が薙ぎ払われる。

絶体絶命の瞬間。

フィオラは最小限の動きでその攻撃の線上から身をずらした。

そしてがら空きになった守護者の懐へと踏み込み、自らの渾身の一撃を叩き込んだ。

それは美しくも洗練されてもいない。

ただ生き残るためだけに放たれた泥臭い一撃。

だがその剣は初めて守護者の石鎧に深い傷を刻み込んだ。


「……ほう」

守護者が初めて感心の声を漏らした。

「ようやく亡霊を振り払ったか。それがフィオラという個の剣か。……見事」



守護者は次にゼノへと向き直った。

その瞳にはフィオラに対するものとは違うより根源的な興味が宿っていた。

「そしてお主よ。規格外」

守護者は戦斧を下ろした。

「お主には過去がない。純粋な『今』だけの存在。だがその魂何を求めておる? ただ生き永らえたいという利己的な渇望か。それとも世界を覆すほどの大いなる意志か」

その問いと同時に守護者の体から凄まじい精神的な圧力が放たれた。

それは物理的な攻撃ではない。

魂そのものへの問いかけ。

ゼノの脳裏にいくつもの幻視が流れ込んでくる。

リィナが光となって消えていく姿。

フィオラがサイラスの前に屈する姿。

そして神々の圧倒的な力の前に全てが無に帰す未来。

『諦めよ』

『お主一人が足掻いたところで何も変わらぬ』

『これこそが世界の理なのだから』

魂を蝕む絶望の声。

心が折れそうになる。


だがゼノは耐えた。

彼はその手に神器を握りしめた。

それは武器としてではない。

自らの誓いの象徴として。

彼は幻視の中のリィナに語りかける。

(……必ず助けると約束した)

彼はフィオラに語りかける。

(……お前と行く道だと決めた)


「俺の意志は俺だけのものだ!」

ゼノは叫んだ。

「俺は俺が守りたいものを守るために戦う! それが世界の理に反するのだとしても知ったことか!」

その叫びに呼応し神器が眩い光を放った。

それは破壊の光ではない。

ゼノの揺るぎない意志の輝き。

その純粋な光は守護者が作り出した絶望の幻視を完全に打ち破った。



守護者はゆっくりと戦斧を下ろした。

その石鎧がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

鎧の中から現れたのは人型の存在ではない。

大地そのもののエネルギーが凝縮したかのような古代の精霊だった。


「……見事」

守護者は満足そうに言った。

「過去の呪縛を断ち切った意志。仲間の『今』を守らんとする願い。……お前たちにはこの始まりの道を歩む資格がある」

彼はゼノに言った。

「わたくしは神々が来る前のこの大地の記憶そのもの。この道は神々のシステムの外側に存在する唯一の道。システムの心臓部へと直接繋がる古の道じゃ」


守護者は道を開けた。

「行け規格外の魂よ。そして鎖を断ち切った娘よ。この道の先でお前たちはこの世界の始まりの真実と、そして全ての魂が抱える悲しみに向き合うことになるだろう。その覚悟があるのならな」

そう言うと守護者の体は光の粒子となり古の道の壁へと溶け込んでいった。


番人はいなくなった。

目の前にはどこまでも続く暗くそして静かな道が広がっている。

ゼノとフィオラは互いの傷を確認しそして強く頷き合った。

彼らは試練を乗り越えた。

神々とは違うこの世界の本来の意志にその覚悟を認めさせたのだ。

二人は光の世界を背にその始まりの道へと第一歩を踏み出した。

本当の戦いはここから始まる。

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