第59話:魂歴による選別
中央神殿の内部。
それはゼノとフィオラが想像していた荘厳な神殿とは全く異なっていた。
壁も床も天井も、全てが淡く光を放つ未知の物質でできている。
通路は迷路のように入り組み、時折彼らの横を光の球となった無数の魂が川のように流れていく。
ここは建物ではない。
神々が作り出した巨大な魂の処理工場、その心臓部だった。
「……空気が重い」
フィオラが顔をしかめる。
この空間には神々の力が満ちている。
その神聖な力は神々に与えられた魂を持つ者にとって、本来ならば心地よいはずのもの。
だが今のフィオラにはそれが魂を縛る重い枷のように感じられた。
二人が最初の広間へと足を踏み入れたその時だった。
広間の中央から一筋の光が放たれ二人をスキャンした。
そして無機質な声が空間全体に響き渡る。
《――魂魄情報スキャン完了》
《個体名フィオラ・フォン・アストリア。魂歴六十二回。高位の『剣聖の魂』を確認。……ただしシステムへの反逆の意志を検知。忠誠レベル危険水域。これより浄化プロトコルへ移行します》
その宣告と同時に広間の壁から、純粋な光でできた無数の兵士『光の哨兵』が現れフィオラへと襲いかかった。
「……! これが神殿の自動防衛システム!」
フィオラは剣を抜きそれらを迎え撃つ。
だが哨兵は倒しても倒しても次から次へと壁から湧き出してくる。
そして何よりも厄介なのは、この神聖な空間ではフィオラの力が明らかに抑制されていることだった。
その一方で。
《個体名ゼノ。魂歴計測不能。……エラー。エラー。魂魄因子を認識できません》
システムはゼノの存在を認識できず混乱している。
光の哨兵たちもまるでゼノがそこにいないかのように、彼を完全に無視してフィオラだけに攻撃を集中させていた。
魂歴による選別。
魂を持つ者だけを認識し裁く神々の冷徹なシステム。
そのシステムの中で魂を持たないゼノは完全な幽霊だった。
*
「……くっ!」
フィオラは追い詰められていた。
敵は無限。
そして自分の力は半減している。
このままではジリ貧だ。
その時ゼノが彼女の手を掴んだ。
「こっちだ!」
彼はフィオラを引きずるようにして広間の奥にある一つの通路へと向かった。
その通路の入り口には半透明の光の壁があった。
フィオラがそれに触れようとすると激しい静電気のような衝撃が走りその手を弾く。
「……! これは高位の魂を持つ者しか通れない選別の結界ですわ!」
だがゼノはためらわなかった。
彼はその光の壁を何事もなかったかのようにすり抜けて入っていく。
魂を持たない彼はこの選別の対象外なのだ。
彼は壁の向こう側からフィオラに手を伸ばした。
「俺に捕まれ!」
フィオラが彼の手を握る。
その瞬間ゼノの体が一種のアンカーとなりシステムの認識をバグらせた。
フィオラはゼノに引かれる形で光の壁を通り抜けることに成功した。
「……すごい。あなたはこの神殿のシステムの天敵そのものですわね」
フィオラが感嘆の声を上げる。
だがゼノの表情は晴れない。
「……これでは駄目だ。このまま進んでもいつか限界が来る」
彼らはシステムの網の目をかいくぐっているに過ぎない。
この神殿の中枢へたどり着くには、この神々の作った道を進むこと自体が間違いなのだ。
「……何か別の道があるはずだ」
アグネスが言っていた古の道。
リィナの魂だけが知るという隠された通路。
だがそのリィナは今意識がない。
*
二人は哨兵の追跡を逃れ巨大なクリスタルが林立する部屋で息を潜めていた。
万策尽きたか。
ゼノがそう思いかけたその時、彼はリィナに渡したはずの銀のロケットのことを思い出した。
そして自らが持つ神器のことを。
二つの遺物は共鳴する。
ならば。
「……フィオラ。少しの時間俺を守ってくれ」
ゼノは意を決した。
「無茶ですわ! ここで神器の力を使えば神殿全体にあなたの存在を知らせるようなものです!」
「分かっている。だがこれしか方法がない」
ゼノは神器の槍を構えた。
フィオラは彼の覚悟を悟ると何も言わずに部屋の入り口に立ちその背中を守った。
ゼノは目を閉じ精神を集中させた。
彼は神器に力を求めたのではない。
ただ一つの想いを乗せた。
リィナに会いたい。
リィナ助けてくれ。
その純粋な願いを神器を通して増幅させ、世界のどこかにいる彼女の魂へと届けようと試みたのだ。
それは奇跡を信じる子供のような行為。
だが奇跡は起こった。
遠く離れた診療所で眠るリィナの胸元で銀のロケットが温かい光を放ち始めた。
そしてその光は時空を超えゼノの持つ神器と共鳴した。
ゼノの目の前に淡い光の糸が現れた。
それはまるでリィナの魂が彼を導いているかのように神殿の壁の一点を指し示し、そしてその奥へと続いていた。
幻の地図。
リィナの深層記憶に眠る古の道の記憶が神器の共鳴によって可視化されたのだ。
「……見つけた」
ゼノは汗を拭い立ち上がった。
*
二人は光の糸が導くままに進んだ。
それは神殿の正規ルートを外れ誰も知らない隠された通路を示していた。
やがて二人は行き止まりの壁の前にたどり着いた。
見た目は他の壁と何も変わらない。
だが光の糸は確かにこの壁の向こうを指し示している。
ゼノは神器の穂先で壁の中心にそっと触れた。
すると壁は水面のように揺らめき、そしてその向こう側に黒い洞窟のような入り口が現れた。
神殿の光り輝く内装とは全く異質な古代の岩肌が剥き出しになった通路。
「……古の道」
フィオラが息をのむ。
二人はついに神々の監視システムを完全に回避するルートを見つけ出したのだ。
だが彼らがその古の道へと足を踏み入れようとしたその瞬間、黒い入り口の奥から一つの影がぬっと現れた。
それはアウグストゥスのような神官ではない。
全身を古代の鎧で固めその手には巨大な岩の斧を握りしめている。
その体からは神聖な力ではなく大地そのもののような荒々しい力が溢れ出ていた。
古の道の番人。
その番人は石と石が擦れ合うような声で言った。
「――始まりの道を歩む者よ。その資格を示せ」
「神々の理に汚されし魂と神々の理から外れし魂。お前たちにこの道を通る資格があるやなしや」
神殿の選別は終わっていなかった。
今度は神々とは違うより古くそして根源的な存在による真の選別が始まろうとしていた。
二人は息をのみ新たな番人と対峙した。




