第57話:中央神殿への道
天上の視線が去った後、世界は何事もなかったかのようにその静けさを取り戻した。
だがゼノとフィオラの心に平穏が戻ることはなかった。
彼らの魂には神の使いが残した絶対的な力の差と死の宣告が深く刻み込まれていたからだ。
二人は長い間言葉もなくただ歩き続けた。
互いに何を言うべきか分からなかった。
絶望的な未来。
あまりにも巨大すぎる敵。
だが不思議と彼らの心は折れてはいなかった。
進むべき道があまりにも明確に示されてしまったからだ。
「……行くのですね」
最初に沈黙を破ったのはフィオラだった。
「中央神殿へ」
「ああ」
ゼノは短く答えた。
「行くしかない。敵はそこで待っていると言った。そしてリィナを救うための答えもきっとそこにある」
システムの中枢。
世界の理そのもの。
そこを破壊するしか彼らに残された道はなかった。
「ですがその前に」
フィオラは言った。
「一度リィナの元へ戻りましょう。彼女の顔を見てわたくしたちの覚悟を伝えなければ」
その提案にゼノも静かに頷いた。
*
数日後。
二人はドクター・アグネスが管理する隠れ家のような診療所にたどり着いた。
アグネスは二人を静かに迎え入れた。
そして一番奥の日当たりの良い部屋へと案内する。
そこにリィナはいた。
静かにベッドの上で眠っていた。
その寝顔は安らかでまるで幸せな夢でも見ているかのようだ。
アグネスの献身的な看護のおかげでその肉体は健康そのものだった。
だが彼女の魂は今も空っぽのままだった。
ゼノはベッドの脇に静かに座った。
そして眠るリィナの冷たい手を握りしめる。
この温もりがある。
この確かな存在がある。
だがその魂は遠いどこかへ行ってしまった。
彼の胸が張り裂けそうに痛んだ。
守ると誓った。
だが自分は彼女に全てを背負わせてしまった。
その罪悪感が彼の心を蝕む。
「……ゼノ」
フィオラが彼の肩にそっと手を置いた。
「自分を責めてはいけませんわ。彼女は自らの意志で戦った。そしてわたくしたちを救ってくれた。今度はわたくしたちが彼女を救う番です」
その言葉にゼノは救われた。
そうだ。
下を向いている暇はない。
やるべきことは決まっているのだから。
*
その夜。
三人はアグネスの書斎で作戦を練っていた。
「中央神殿……」
アグネスは古い文献を開きながら言った。
「そこはただの建物ではありません。神々が作ったディヴィナ・サイクルを管理するための巨大な装置そのもの。大陸中の魂の情報がそこに集められそして選別され再誕していく世界の心臓部です」
彼女の説明は衝撃的だった。
神殿はそれ自体が魂を感知するセンサーなのだという。
「……特にゼノさんのようなシステムに未登録の魂は、門をくぐった瞬間に異物として検知され自動的に浄化あるいは削除される可能性が高い」
それはガーディアンの宣告が真実であることを裏付けていた。
正面からの突入は自殺行為に等しい。
「……何か方法はないのか」
ゼノが尋ねる。
「一つだけ古文書に記された言い伝えがあります」
アグネスは言った。
「神殿には神々自身が作った正規のルートとは別に、古代の神々が敗北する前に作られたという古い道が隠されていると。……ですがその入り口も場所も今となっては誰も知りません」
「リィナなら……」
フィオラが言った。
「彼女の魂には古代の記憶が眠っている。彼女ならその古道を知っているかも……」
だがそのリィナは今意識がない。
万策尽きたかと思われたその時。
ゼノは自分の胸元で微かな光を放つ銀のロケットに触れた。
ノアが残した道標。
それは古代のエネルギーに共鳴する。
「……いや」
ゼノは言った。
「道標ならここにある」
そして彼はもう一つの切り札、神殺しの神器をテーブルの上に置いた。
「こいつは神々のシステムを破壊するための武器だ。ならば神々の作った神殿の防御システムを欺き無力化する力もあるはずだ」
彼の仮説。
それは希望的観測に近い。
だが今の彼らにとって唯一信じることのできる光だった。
*
出発の朝が来た。
これまでのどの旅立ちとも違う重くそして静かな朝だった。
ゼノは眠るリィナの枕元に立った。
彼はノアが残した銀のロケットをそっと彼女の手に握らせた。
「……お守りだ。必ず迎えに来る」
その約束は彼の魂の誓いだった。
フィオラもリィナに別れを告げる。
「……待っていてくださいましリィナ。わたくしたちがあなたの手を取り必ずここへ連れ戻しますから」
二人はアグネスに深々と頭を下げた。
「……どうかご無事で」
アグネスの目には涙が浮かんでいた。
診療所を後にした二人は一度だけ振り返った。
そしてもう迷わなかった。
彼らは東を目指す。
大陸の中心。
全ての魂が集う場所。
そして全ての元凶が待つ場所。
中央神殿へと続く長い長い道を。
それは自分たちの処刑台へと向かう道かもしれない。
だが二人の足取りに絶望はなかった。
あるのは仲間を救うという揺るぎない決意。
そして偽りの神々に一矢報いるという静かな闘志。
世界のバグと呼ばれた少年と家の呪縛から解き放たれた少女。
二人の最後の戦いの舞台へと続く道が今目の前に開かれていた。




