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第54話:水晶の迷宮とこだまする歌

水晶の洞窟へと足を踏み入れた瞬間ゼノとフィオラは世界から切り離された。

背後の入り口は光を失い、ただの水晶の壁と同化してしまった。

そして彼らの耳を、そして魂を、あの神秘的な歌が満たした。

外で聞いていたか細い聖歌ではない。

まるで山そのものが生命を持って歌っているかのような荘厳で圧倒的な音の奔流。


「……っ!」

フィオラが思わず頭を押さえた。

その歌声はただの音ではなかった。

聞く者の精神に直接干渉する強力な魔法だった。

懐かしい記憶を呼び覚まし心を安らぎへと誘う。

それは戦う者の闘争心を奪い去る甘い毒。


だがゼノは平気だった。

彼の規格外の魂はこの精神干渉さえも完全に遮断する。

「フィオラしっかりしろ! 精神を集中させろ!」

ゼノの声でフィオラははっと我に返った。

彼女は自らの魂に剣聖の覚悟を宿し歌声の誘惑を振り払う。

「……申し訳ありません。少し油断しましたわ」


二人が改めて周囲を見渡すとそこはまさしく迷宮だった。

壁も床も天井も全てが巨大な水晶でできている。

その水晶が互いの光を乱反射させ無数の虚像を作り出し方向感覚を麻痺させる。

ここは光と音で編まれた幻想の牢獄。


「……魂狩りの足跡だ」

ゼノは床に残された僅かな痕跡を見つけた。

奴らもこの迷宮に苦しめられているはずだ。

だが確実に先へ進んでいる。

二人はその足跡を頼りに慎重に奥へと進み始めた。



迷宮の内部は様々な罠が仕掛けられていた。

特定の音程に反応して無数の水晶の槍を放つ音響トラップ。

見る角度によって通路が現れたり消えたりする光の幻惑。

それらは古代の高度な魔法文明が作り出した芸術的なまでの殺人装置だった。


だが二人はその罠を見事な連携で突破していく。

ゼノがその鋭い観察眼で罠の構造を見抜き、フィオラがその卓越した剣技で罠を破壊あるいは無力化する。

彼らの間にはもはや言葉は必要なかった。

互いの呼吸、視線、その全てで意思疎通が可能だった。


道中彼らは魂狩りが残した戦闘の痕跡をいくつも発見した。

砕け散った水晶のゴーレムの残骸。

そして迷宮の罠にかかり命を落としたであろう魂狩りの亡骸もあった。

この迷宮は彼らにとっても決して楽な道ではないのだ。

その事実は二人にわずかな希望とそしてより強い警戒心を与えた。


やがて二人はひときわ巨大な空洞へとたどり着いた。

そこはドーム状の空間になっており歌声が最も強く反響する場所だった。

そしてその中央で魂狩りの一団が足を止められていた。


彼らは数体の巨大な水晶のゴーレムと戦っていた。

そのゴーレムは物理的な攻撃だけではない。

胸のコアからこの山の歌声を凝縮したかのような強力な衝撃波を放ってくる。

魂狩りたちはその精神攻撃と物理攻撃の複合技に苦戦を強いられていた。

彼らを率いていたのはゼノもフィオラも知らない新たな幹部だった。

その男は必死に詠唱を続け自分たちの周囲に音を遮断する結界を張ろうとしていた。


「……好機ですわ!」

フィオラが剣を構える。

敵が疲弊しそして目の前の敵に集中している今。

これ以上ない奇襲の機会。

だがゼノはそれを制した。

「待て。奴らを叩くのは後だ」

「……なぜですの?」

「あのゴーレム、音に反応している」

ゼノの目は冷静に戦況を分析していた。

ゴーレムたちは戦闘の音や魂狩りの詠唱が響く場所に集まってくる。

そして歌声が最も強く反響するこの場所でその力は最大になっている。


ゼノはフィオラに囁いた。

「……静かにここを抜けるぞ」

それはあまりにも消極的な作戦。

だが今は魂狩りと戦うことよりも先へ進むことが最優先だった。



ゼノの指示通り二人は音を殺し気配を消し、巨大な空洞の壁際を慎重に進んでいった。

魂狩りとゴーレムの激しい戦闘が彼らの絶好の隠れ蓑となった。

そして彼らはついに空洞の反対側にある巨大な扉の前にたどり着いた。

その扉は一枚の巨大な歌う水晶でできていた。

全ての歌声はこの扉の奥から漏れ出してきている。


「……ここが山の心臓部」

フィオラが息をのむ。

その時だった。

彼らの潜入に魂狩りの幹部が気づいた。

「……! 追え! あの二人を逃がすな!」

だがその声に反応したのは部下たちだけではなかった。

彼の叫び声という巨大な音にゴーレムたちが一斉に彼へと向き直った。

「……しまった!」

魂狩りたちは自らが発した音によってゴーレムたちの集中攻撃を浴びることになった。


ゼノとフィオラはその隙を見逃さなかった。

彼らは水晶の扉の前へと走り寄る。

だが扉は固く閉ざされている。

どうすれば開くのか。

ゼノが扉に手を触れたその瞬間、彼が持つ神器の欠片が、そして銀のロケットが、扉の歌声と共鳴し眩い光を放ち始めた。


扉が歌っている。

開くための鍵となる音階を。

それはこの世界の誰も知らない古代の旋律。

だがゼノにはそれが理解できた。

神器を通して彼の魂に直接そのメロディが流れ込んでくる。


「……フィオラ、耳を塞げ」

ゼノはそう言うと自らも歌い始めた。

それは言葉ではない。

ただ扉が奏でる音階を自らの声で再現しただけ。

彼の声と扉の歌声が完全に重なり合った時、扉の表面に刻まれた紋様が光を放ち、ゆっくりとその扉が開き始めた。


背後では魂狩りたちの怒号が響いている。

彼らがゴーレムを破壊しこちらへたどり着くのも時間の問題だろう。

二人は顔を見合わせた。

そして意を決して開かれた扉の奥、光に満ちたその空間へと身を投じた。

山の心臓部で二人を待つものとは一体何なのか。

物語はいよいよその核心へと迫ろうとしていた。

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