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第53話:歌う山と氷の番人

中立都市リベルタスを後にして二人の本当の旅が始まった。

彼らが目指すのは北の果て。

万年雪に覆われた極寒の山脈。

そこに眠るという伝説『星に歌う山の心臓』。

それが次の神器の欠片へと至る唯一の手がかりだった。


旅は想像を絶するほど過酷を極めた。

緑豊かな大地はすぐに姿を消し、代わりにどこまでも続く白い雪原が広がった。

吹雪が二人の体温を容赦なく奪い深い雪がその歩みを阻む。

夜は氷点下を遥かに下回る極寒の世界。


だが二人の心は折れなかった。

ゼノはその卓越した生存術でこの死の世界を生き抜いた。

彼は罠を仕掛けて食料を確保し薬草を見つけては傷薬を作った。

フィオラはその強靭な精神力で寒さと疲労に耐え抜いた。

彼女は魔力を込めた剣で氷を砕き道を切り拓いた。


辛い時には言葉を交わした。

リィナのこと。

これからのこと。

そしていつか訪れるであろう平穏な日々のこと。

その何気ない会話が互いの心を温めた。

彼らはもはやただの仲間ではない。

この世界の誰よりも深く互いを理解し支え合う唯一無二の存在となっていた。


旅が始まってから十日が過ぎた頃、変化が訪れた。

風の中に微かに音が混じるようになったのだ。

それはまるで天上の聖歌隊が歌っているかのような高くそして澄み切った音色。

「……これは」

フィオラが息をのむ。

ゼノの胸元で銀のロケットがその音に共鳴するように温かい光を放ち始めた。

伝説は真実だったのだ。


そして彼らはついにそれを見つけた。

遥か前方にそびえ立つ一本の巨大な山。

他の岩と雪でできた山々とは明らかに違う。

その山はまるで巨大な水晶の塊のようだった。

太陽の光を乱反射させ虹色の輝きを放っている。

そしてあの神秘的な歌声は間違いなくこの水晶の山から発せられていた。

星に歌う山。

そのあまりにも幻想的な光景に二人はしばし言葉を失った。



水晶の山に近づくにつれて歌声は大きくなり、空気中の魔力はさらに濃密になっていく。

だが同時にゼノは肌が粟立つような強烈な敵意を感じていた。

「……来るぞ」

彼が警告を発したのとほぼ同時だった。

山の麓の雪原が盛り上がり、その中から複数の白い影が飛び出してきた。


それは狼の形をしていた。

だがその体は肉ではなく、この山の水晶と同じ物質でできていた。

その透き通った体は雪景色に完全に溶け込みその存在を捉えることは極めて困難。

氷の牙を持つ山の番人『クリスタル・ウルフ』の群れだった。


「……数が多いですわ!」

フィオラが剣を構える。

狼たちは音もなく二人を包囲しその距離を詰めてくる。

ゼノは背後のフィオラと背中合わせになった。

「俺が引きつける。お前は確実に仕留めろ」

「承知!」


ゼノは深く息を吸いそして一気に駆け出した。

彼は狼の群れの中に自ら飛び込んでいく。

狼たちの鋭い氷の爪が彼に襲いかかる。

だがゼノはその全てを紙一重でかわし続けた。

彼の目的は攻撃ではない。

ただ敵の注意を自分一人に引きつけ、そしてフィオラが攻撃するための完璧な布陣を作り出すこと。


「――今だ!」

ゼノが叫ぶ。

その一瞬の隙をフィオラは逃さなかった。

彼女の剣が舞う。

それはもはやアストリア家の華麗な剣舞ではない。

ただ敵を屠るためだけに最適化された無駄のない一撃。

彼女の剣が閃くたびにクリスタル・ウルフの硬い体がガラスのように砕け散っていった。


だが狼たちは無限に湧いてくる。

このままではジリ貧だ。

その時、群れの奥からひときわ巨大な一体が姿を現した。

群れのボス『アルファ・ウルフ』。

その狙いはフィオラではなくゼノだった。

アルファ・ウルフはフィオラの攻撃をその巨体で受け止めながら、強引にゼノへと突進してくる。


「……させるか!」

ゼノは覚悟を決めた。

彼は背中に背負っていた不完全な神器を構えた。

まだ完全に制御できない危険な力。

だが今この仲間を守るためには使うしかない。

彼は神器に自らの魂を注ぎ込んだ。

だがそれは以前のような暴走ではない。

リベルタスでの修練の成果。

彼は力の奔流を無理やりねじ伏せるのではなく、その流れを読み最小限の力で望む結果を引き出す。


槍の穂先に小さな太陽のような凝縮された熱の塊が生まれる。

それは神器の持つ星の力の一端。

ゼノはその小さな太陽をアルファ・ウルフの心臓部へと正確に撃ち出した。

閃光。

そして轟音。

アルファ・ウルフの水晶の体はその中心から一瞬で蒸発し消滅した。

ボスを失った他の狼たちは潮が引くように雪の中へと姿を消していった。



激しい戦いが終わった。

ゼノは神器を使った反動でその場に膝をついた。

だが意識は保っている。

彼は確実にこの不完全な力を自分のものにしつつあった。


番人を退けた二人を祝福するかのように、水晶の山の歌声がひときわ大きくなった。

そして山の中腹にある巨大な水晶の壁がその透明度を増し、その奥にある洞窟の入り口を示し始めた。

道が開かれたのだ。


だが二人がその洞窟へと向かおうとした時、ゼノは雪の上に残された真新しい足跡に気づいた。

それは自分たちのものではない。

そしてクリスタル・ウルフのものでもない。

人間の足跡。

複数人分のそれは自分たちよりも先に山の中へと入っていったことを示していた。

「……魂狩り」

フィオラが呟く。

やはり奴らもここにたどり着いていたのだ。


二人は顔を見合わせた。

休んでいる時間はない。

戦いはまだ終わっていない。

彼らは互いの傷を確認すると決意を新たに水晶の洞窟へと足を踏み出した。

歌声が導くその先。

山の心臓部で彼らを待つものは果たして希望かそれとも。

新たな戦いの幕が上がろうとしていた。

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