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第50話:撤退する魂狩り

地下神殿が完全に崩落した。

その地響きは、遠く離れた砂漠にまで届いていた。

魂狩りの科学者ギデオンは、生き残った数名の部下と共に、その光景を忌々しげに見つめていた。

彼の顔は怒りと屈辱に歪んでいる。


「……ありえん」

彼は吐き捨てた。

「我が完璧な計算が。我が緻密な計画が。たった二人の小僧と小娘に打ち破られただと……?」

彼の目的は神器の確保だけではなかった。

あの古代の封印術式。

神々の叡智の結晶。

その貴重な研究サンプルが今、永遠に失われてしまった。

そして何よりも、彼の科学者としてのプライドを傷つけたのは、あの『ブランク』の戦い方だった。

力でも魔法でもない。

ただのハッタリと奇策。

そんな非論理的なものに、自分は敗北した。

その事実がギデオンを苛んだ。


「ギデオン様。今後の指示を」

部下の一人が恐る恐る尋ねた。

「……決まっている」

ギデオンは冷たく言い放った。

「撤退する。そしてこの屈辱的な失敗の全てを、ありのままカイン様に報告するのだ」

その言葉に、部下たちは恐怖に顔を引きつらせた。

魂狩りの指導者、カイン。

彼の前で失敗を報告すること。それは死を意味していたからだ。



魂狩りの隠れ家は、次元の狭間に作られた異空間にあった。

『解放区』と呼ばれる彼らの理想郷。

その中央にある聖堂で、ギデオンは一人の男の前に膝まずいていた。

玉座に座るその男は、神々しいほどの美しさを持っていた。

白銀の長髪。

穏やかな表情。

だがその瞳の奥には、世界の全てを見通すかのような深い知性と、そして全てを無に還そうとする底知れない虚無が宿っていた。

彼こそが魂狩りの指導者、カイン。

その隣にはいつものように、感情のない人形のような少女エヴァが寄り添っている。


「――というわけです。神器の欠片は規格外のオンリーワン・ソウルに奪われ、我が部隊は壊滅的な打撃を受けました。全ての責任は、この私にあります。いかなる処罰もお受けいたします」

ギデオンは覚悟を決め、全てを報告した。

聖堂に重い沈黙が落ちる。

やがてカインは、ゆっくりと口を開いた。

その声は意外なほど穏やかだった。

「……罰だと? なぜかね、ギデオン」

「……は?」

「私は君を罰するつもりなど毛頭ない。むしろ感謝しているのだよ」

カインは微笑んだ。

その神のような笑みに、ギデオンはただ困惑するしかなかった。


「これは失敗ではない」

カインは言った。

「これは我々の計画を次の段階へ進めるための、素晴らしいデータだ」

彼はギデオンが記録した戦闘データを興味深そうに眺めている。

「規格外の魂が神器と共鳴する。剣聖の末裔が過去の魂を捨て、個として戦う。実に興味深い。神々の作ったゲーム盤が、ようやく面白いバグを生み出し始めたようだ」

カインの思考は常に常人の理解を超えている。

彼は目先の勝利や敗北には興味がない。

彼が見ているのは、ただ自らが掲げる壮大な理想。

『全魂魄解放計画』の成就だけだ。


「神器は確かに強力な道具だ。だが我々の目的を達成するための手段の一つに過ぎん」

彼はギデオンに言った。

「あのゼノという少年。彼は誰よりも一度きりの生の重さを知っているはずだ。ならばいずれ、我々の理想を理解する時が来るやもしれん。今は泳がせておけばいい」

カインの言葉はまるで預言のようだった。



「さて、ギデオン」

カインは話題を変えた。

「君の本来の任務。ヴァレリーが『魂の揺りかご』から集めた膨大な魂のエネルギー。その解析はどこまで進んだ?」

「はっ。最終段階に入っております。エネルギーを純粋な『反魂魄粒子』へと変換する装置は、間もなく完成いたします」

その言葉に、カインは満足そうに頷いた。

彼は玉座から立ち上がると、聖堂の壁にかけられた巨大な世界地図の前へと歩いた。


「……小さな小競り合いは、もう終わりだ」

彼の声が静かな聖堂に響き渡る。

「神器の欠片を巡る戦いは、あの少年たちに任せておけばいい。彼らが集めれば集めるほど、神々の目はそちらに向く。それは我々にとって好都合だ」

カインは地図の一点を指さした。

それは大陸の中心。全てのディヴィナ・サイクルの情報が集まる聖域。

『中央神殿』だった。

「我々は我々の計画を進める。次の標的はここだ」


彼のその一言が、魂狩りの新たな方針を決定づけた。

神器争奪戦という局地的な戦闘から、世界そのものを揺るがす大規模なテロリズムへ。

「ヴァレリーとレギオンにも伝えよ。準備を始めろ、と」

「……はっ!」

ギデオンは深々と頭を下げた。

彼の心にはもはや敗北の屈辱はない。

主君が示す新たな計画への、狂信的な興奮だけがあった。


魂狩りは撤退した。

だが、それは敗走ではない。

より大きな絶望をこの世界にもたらすための、戦略的撤退。

ゼノとフィオラが砂漠で傷を癒している、その裏側で。

世界の歯車は彼らの知らぬ間に、また一つ、大きく軋みを上げていた。

本当の嵐はまだ来ていない。

それは今、大陸の中心で静かに、そして着実にその破壊のエネルギーを蓄え始めていた。

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