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第4話:落ちこぼれの卒業試験

前世発表会で、ゼノが良くも悪くも学園中の注目を集めてから数週間が過ぎた。

彼を見る目は、以前の純粋な侮蔑や憐憫から、困惑と、ほんの少しの畏怖が混じった複雑なものへと変わっていた。だが、それは決して彼が認められたことを意味しない。むしろ、理解不能な異物として、さらに周囲から浮き上がっただけだった。


そんな中、学園に新たな嵐を告げる通達が出された。

三年生にとっては卒業後の進路を、一・二年生にとっては来年度のクラス分けや専門課程への道を決定づける、学園最大の実技試験――『暫定資格試験』の開催である。


大講堂に集められた全校生徒を前に、学園長イライザ・マーロウが静かに告げた。

「今年の試験内容は、三人一組スリーマンセルでのチーム対抗戦。学園が管理する『擬似ダンジョン』の最深部に置かれた『資格の証』を、最も早く手にしたチームを勝者とします。道中には、我々が配置した魔法生物やトラップが諸君を待ち受けているでしょう」


その言葉に、会場がどよめいた。

「チーム戦だと?」

「よし、俺たちで組もうぜ! 前世で『三銃士』だった俺たちの魂なら、連携は完璧だ!」


生徒たちは、早速自分と魂の相性が良い者や、家柄の近い者と目配せを始める。チーム編成は、生徒の自主性に任されるのだ。

それは、ゼノにとって、またしても絶望的な状況を意味していた。


(……また、これか)

前世発表会と同じ、あるいはそれ以上の孤独感。

魂の繋がりを重視するこの学園で、誰が『ブランク』とチームを組みたいと思うだろうか。彼の存在は、チームの足を引っ張る重りにしかならない。

フィオラのような実力者は、言うまでもなく引く手あまただ。彼女の周りには、すでに同じ上級貴族の生徒たちが集まり、最強のチームを結成しようとしている。リィナは、その特異なステータスと謎めいた雰囲気から、やはり遠巻きにされている。


ゼノは、誰に声をかけるでもなく、静かにその場を離れようとした。一人で挑むという選択肢もあるのかもしれないが、三人一組が基本のこの試験では、自殺行為に等しい。


「おい、お前!」

その背中に、不躾な声がかけられた。

振り返ると、そこにいたのは平民出身の特待生、レオ・ハインツだった。魂歴は5回と低いが、それを補って余りある努力で、貴族たちに食らいついている少年だ 。その目には、ゼノに対する苛立ちと対抗心が剥き出しになっていた。


「お前、チームはどうするつもりだ? まさか、この試験を諦めるつもりじゃないだろうな」

「……君には関係ないだろう」

「関係なくない! 俺は……俺は、お前が気に食わないんだ!」

レオは拳を握りしめ、叫んだ。

「お前みたいに、最初から何もないと諦めてるような奴が、特待生でいることが許せない! 俺は魂歴が低い分、人の三倍は努力してきた! なのに、お前は……! 前世発表会でのアレも、ただの奇術の類だろう!」


それは、彼の劣等感の裏返しだった 。魂歴の低さを努力で補おうとする彼にとって、努力の跡が見えないゼノの存在は、自らのアイデンティティを揺るがす不愉快な矛盾なのだ。



ゼノは何も答えなかった。彼に何を言っても、今は無意味だと分かっていたからだ。


「……だったら、私たちで組む?」


不意に、二人の間に鈴の鳴るような声が割り込んだ。リィナだった。

彼女はいつの間にかゼノの隣に立ち、小首を傾げていた。

「私も、誰も組んでくれないみたいだから。はぐれ者同士、ちょうどいいんじゃないかしら」

悪びれる様子もなく、彼女はそう提案する。


ゼノは驚いて彼女を見た。確かに、彼女もまた孤独な存在だ。だが、彼女と組むのは危険な賭けだった。規格外の魔力は魅力だが、最低ランクの魂魄強度は、あまりにもアンバランスすぎる。

しかし、選択肢がないのも事実だった。


「……分かった。二人で登録しよう」

ゼノが頷いた、その時だった。

「待て!」

先ほどのレオが、悔しそうな顔で戻ってきたのだ。彼は、いくつかの貴族チームに声をかけたが、平民で魂歴が低いという理由で、ことごとく断られた後だった。


「……くそっ! 俺も混ぜろ!」

彼は、地面に唾を吐き捨てるように言った。

「貴族どもに、俺たちみたいな『落ちこぼれ』でもやれるってことを見せてやる! だが勘違いするなよ、ブランク! 俺はお前を認めたわけじゃない。ただ、一人で不合格になるよりはマシだってだけだ! 足を引っ張ったら、その時は本気で殴るからな!」


こうして、誰もが予想しなかったであろう、奇妙なチームが誕生した。

前世を持たない『ブランク』のゼノ。

無限輪廻の果てに魂が摩耗した、謎の少女リィナ。

そして、魂歴の低さを努力で補おうとする『努力の凡人』レオ 。


それは、まさしく『落ちこぼれ』の寄せ集めだった。



試験当日。

ゼノたちが転移ゲートを抜けた先は、薄暗く湿った空気が漂う、広大な地下遺跡だった。カビの匂いと、どこからか聞こえる不気味な滴の音が、不安を煽る。


「よし、行くぞ! 目指すは最深部だ!」

レオが、気合十分に駆け出そうとする。

「待て」

ゼノが、その腕を掴んで制した。

「何か策でもあるのか? ただ闇雲に突っ込んでも、トラップの餌食になるだけだ」

「策なんて、進みながら考えりゃいいんだよ! 敵が出てきたら、俺が斬る!」


聞く耳を持たないレオに、ゼノはため息をついた。

「リィナ、君はどう思う?」

「……この遺跡、空気が澱んでる。たくさんの魂が、ここで消えたのかもしれない。慎重に進むべきだと思うわ」

リィナの言葉に、レオは「女々しいことを」と呟いたが、それ以上は何も言わなかった。


「まずは俺が先行する。レオは俺の三歩後ろを。リィナはさらにその後ろから、魔力で周囲の気配を探ってくれ。何かあれば、すぐに知らせる」

ゼノの的確な指示に、レオは不満そうにしながらも従った。

ゼノは、前世のスキルなど持たない。だが、彼には孤児院時代から培ってきた、危険を察知する鋭い感覚と、生き抜くための冷静な判断力があった。


案の定、進み始めて数分もしないうちに、ゼノは足を止めた。

「どうしたんだよ、ブランク。ビビったのか?」

「……黙って足元を見てみろ」

レオが訝しげに視線を落とすと、彼のつま先のすぐ先に、床の色と巧妙に同化された感圧式のプレートが設置されているのが見えた。気づかずに踏み込めば、天井から毒矢の雨が降ってくる古典的なトラップだ。


レオの顔から、サッと血の気が引いた。

「……なんで、分かったんだ?」

「君と違って、俺は前を見て歩いていたからだ」

ゼノは冷たく言うと、トラップを慎重に迂回する。

「いいか、レオ。君のその猪突猛進な勇気は、時としてただの無謀になる。ここでは、一番の敵は魔物じゃない。自分の油断だ」


その言葉に、レオは何も言い返せなかった。

その後も、ゼノは次々と隠されたトラップを見抜き、魔法生物の気配を的確に察知していった。彼の《瞬間集中モーメント・フォーカス》は、戦闘での極限回避だけでなく、こうした静かな索敵においても、常人離れした観察眼をもたらす。


「――来るぞ。三時の方角、二体!」

ゼノの警告と同時に、通路の角から、ゴーレムが二体、重い足音を響かせて現れた。


「うおおっ、俺がやる!」

レオが剣を構えて突進する。だが、ゴーレムの硬い装甲に、彼の剣は弾き返されてしまった。

「くそっ、硬え!」


「ただ斬るだけじゃダメだ! 関節を狙え! リィナ、援護を!」

ゼノの指示が飛ぶ。

リィナは静かに頷くと、杖を構えた。

「縛めの古き理よ――《アーツ・バインド》」

彼女が紡いだのは、通常の魔法体系とは異なる、世界の理に直接干渉する《根源魔法アーツ》 だった。ゴーレムの足元から伸びた魔力の蔦が、その動きを完全に封じ込める。


「今だ、レオ!」

動きを止められたゴーレムの膝の関節に、レオが渾身の一撃を叩き込む。鈍い破壊音と共に、一体のゴーレムが膝をついた。

もう一体が、リィナに向かって腕を振り上げる。

「させない!」

その前に、ゼノが滑り込んだ。ゴーレムの拳を最小限の動きでいなし、懐に潜り込むと、動力源である胸のコアに、訓練用の剣を突き立てた。


ぎこちないながらも、初めての連携だった。

三人は、互いの顔を見合わせる。そこには、先ほどまでの不信感とは違う、確かな手応えが生まれていた。



その頃、モニタールームでは、教官たちが固唾をのんで試験の様子を見守っていた。

スクリーンに映し出された、ゼノたちのチームの予想外の善戦に、多くの教官が驚きの声を上げる。


「信じられん……あの『落ちこぼれ』チームが、フィオラ嬢のチームに次ぐペースだと?」

「あの『ブランク』……戦闘スキルはないはずだが、状況判断と指揮能力が異常に高い。まるで歴戦の傭兵のようだ」


戦術教官のアーサー・グッドマンは、腕を組み、感心したように唸った。

「魂歴や家柄なんぞ、クソの役にも立たん実戦では、ああいう奴が生き残る。あいつは本物だ」


その隣で、学園長イライザ・マーロウは、ただ静かに微笑んでいた。

(やはり、君は面白い。ゼノ。停滞した世界をかき回す、予測不能な『変数』……。私の目に、狂いはなかったようですね)



いくつもの困難を乗り越え、ゼノたちのチームは、ついに最深部へと続く最後の扉の前にたどり着いた。

だが、その扉を守っていたのは、今までとは比較にならないほどの強大な魔力を放つ、一体の『ミスリル・ガーディアン』だった。


「こいつは……やべえ……!」

レオが、その威圧感に後ずさる。リィナも、血の気の引いた顔で杖を握りしめていた。

勝てない。

誰もがそう思った。


だが、ゼノだけは、そのガーディアンの巨大な体を冷静に観察していた。

(……勝機は、ある)

彼は、二人のチームメイトを振り返った。

その目には、もう侮蔑も不信もない。同じ困難を乗り越えてきた仲間として、かすかな、しかし確かな信頼の色が宿っていた。

それだけで、十分だった。


「……策がある。だが、少し無茶をする。俺を信じて、ついてきてくれるか?」

ゼノの問いに、リィナは静かに、そしてレオは一瞬の逡巡の後、力強く頷いた。


「ああ、いいだろう! お前の指図も、今日で聞き納めだ!」

「……うん。ゼノの言う通りにする」


これはもう、ただの試験ではなかった。

魂の過去ではなく、「今」を生きる自分たちの力を証明するための戦い。

ゼノは不敵に笑うと、ガーディアンに向き直った。


「よし、行こう。俺たちの価値は、俺たちが決める」


落ちこぼれたちの反撃が、今、始まろうとしていた。

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