第45話:盟約の儀
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サイラスという巨大な追手から逃れた。
ゼノとフィオラは、アストリア王国の法も秩序も届かない無法地帯へと足を踏み入れていた。
国境沿いにあるその街は、様々な人種と魂が入り乱れる混沌の坩堝だった。
傭兵、賞金稼ぎ、そして過去から逃げてきた者たち。
ここでは魂の歴史など何の意味もなさない。
信じられるのは己の腕と金だけ。
その剥き出しの生存競争の空気が、ゼノの肌にはむしろ馴染んだ。
二人は街の一番奥まった場所にある安宿に身を隠した。
追手の気配はない。
ようやく手に入れた束の間の休息。
だが二人の心は決して休まってはいなかった。
魂狩りとサイラス。
二つの巨大な敵の影が、常に彼らの心に重くのしかかる。
その夜。
ランプの頼りない光の下で、二人は向かい合っていた。
テーブルの上には、あの黒曜石の神器の欠片が置かれている。
それは静かに、しかし確かに強大な力を放っていた。
「……これから、どうしますの?」
フィオラが静かに尋ねた。
「このまま闇雲に逃げ続けても、いずれ追い詰められる。わたくしたちは何か確固たる道標が必要です」
その言葉にゼノも頷いた。
「ああ。だがその前に、一つだけ決めておかなければならないことがある」
彼はフィオラを真っ直ぐに見た。
「俺たちは、何だ?」
「……え?」
「俺たちはもうソウルガードの隊員ではない。ただの逃亡者だ。お前はアストリア家の令嬢でもない。俺は学園の生徒ではない。ならば今の俺たちは、一体何者なんだ?」
その問いは彼らの存在の根幹を問うていた。
家も身分も過去も全てを失った。
今の彼らを繋ぎ止めているのは、リィナを救うという共通の目的だけ。
だが、それだけではあまりにも脆い。
この過酷な旅を続けるためには、もっと強く、そして確かな絆が必要だった。
フィオラはゼノの言わんとすることを理解した。
彼女は静かに立ち上がると、自らの剣を抜いた。
そしてその切っ先を下にし、ゼノの前に差し出す。
それは騎士が主君に忠誠を誓う、古の儀式の形だった。
「……わたくしはもう誰の騎士でもありません。ですが」
彼女の声は震えていなかった。
そこには鋼のような決意が宿っていた。
「もしあなたとわたくしが、同じ道を歩む対等な仲間であるというのなら。ここに新たな誓いを立てたい」
ゼノも立ち上がった。
彼は剣を持たない。
ただその手をフィオラの剣の柄に重ねた。
それは二人だけの儀式。
誰に見せるでもない。
ただ己の魂に誓う、盟約の儀。
「俺は誓う」
ゼノが言った。
「俺のこのたった一つの命に懸けて。お前の自由を守り抜く。そして必ずリィナを助け出す。この道の果てに何が待っていようとも、決して見捨てないと」
「わたくしも誓います」
フィオラが続けた。
「わたくしのこの剣と、今やわたくし自身のものとなったこの魂に懸けて。あなたの刃となり盾となることを。あなたが Fむ道を共に切り拓き、全ての敵を打ち払うことを」
二人の手が固く握り締められる。
その瞬間、テーブルの上の神器の欠片が、まるで彼らの誓いに応えるかのように、ひときわ強い光を放った。
新しい絆が生まれた。
それは血でも家名でも魂の歴史でもない。
ただ互いの意志と覚悟だけで結ばれた、世界で最も尊い盟約だった。
*
盟約が結ばれたその時。
二人は気づいた。
神器の欠片とゼノの胸元にある銀のロケットが共鳴していることに。
「……これは」
ゼノはロケットを手に取った。
それは今、何をすべきかを示しているようだった。
「……やってみる」
ゼノは覚悟を決めた。
彼は神器の欠片を左手に、ロケットを右手に握りしめる。
そして目を閉じ、精神を集中させた。
二人の盟約によってより強固になった彼の意志。
リィナを救う。
世界の真実を暴く。
その強い想いを、彼の規格外の魂のエネルギーと共にロケットへと注ぎ込んだ。
それは彼にしかできない儀式。
規格外の魂が世界の秘密の欠片へとアクセスするための、唯一の方法だった。
ゼノの体が淡い光に包まれる。
そして彼の意識は、深く暗い奔流の中へと引きずり込まれていった。
――見えた。
無数のイメージが脳裏を駆け巡る。
巨大な地下空間。
天まで届くかのような、巨大な石柱の列。
そしてその最深部にある、一枚岩で作られた巨大な封印の扉。
その扉からは強大な力が溢れ出していると同時に、深い深い悲しみの感情が伝わってくる。
扉の前には見覚えのある影。
魂狩りの一団がすでにそこに到着し、その封印を解こうと何か儀式を行っている。
「……っ!」
ゼノの意識が現実へと引き戻された。
彼は激しく肩で息をしている。
「……ゼノ! 大丈夫ですの!?」
フィオラが彼の体を支える。
「……ああ。見えたんだ。次の場所が」
ゼノは今見た幻視をフィオラに伝えた。
「地下神殿……。そこに次の神器の欠片がある。だが魂狩りもすでにそこにいる」
猶予はない。
敵は自分たちよりも先に進んでいる。
だが二人の心に焦りはなかった。
確固たる絆を得た彼らは、もう揺るがない。
「……行きますわよ」
フィオラが言った。
その瞳には新たな闘志の炎が燃えている。
「ええ。行きましょう」
ゼノが頷く。
「わたくしたたちの戦いの場所へ」
盟約の儀は終わった。
それは二人に絶対的な信頼と、そして次なる道標を与えてくれた。
混沌の街の片隅で生まれた小さな同盟。
だがそれはやがて、世界の運命を大きく動かす歯車となっていく。
二人は夜明けを待たず、再び旅支度を始めた。
決戦の地、地下神殿を目指して。




