第35話:魂の輝きを懸けて
閃光が世界を白く染め上げた。
ゼノは咄嗟にリィナのか細い体を強く抱きしめる。
衝撃と轟音。
全てが崩れ落ちていく音。
そして闇。
どれくらいの時間が経ったのか。
ゼノが意識を取り戻した時そこは地獄のようだった。
地下実験室は完全に崩壊している。
天井から土砂が絶え間なく降り注ぎ、むき出しになった配管から火花が散っていた。
「……ぐっ」
体を起こそうとして激痛が走る。
だがそんなことはどうでもよかった。
彼は腕の中にいるはずの少女を見た。
「……リィナ?」
彼女はそこにいた。
穏やかな顔で眠るように目を閉じている。
外傷はない。
だがゼノは絶望的な事実に気づいてしまった。
重さを感じないのだ。
彼女の体から魂の重みが完全に消え失せている。
まるでただの抜け殻を抱いているかのようだった。
「ゼノ! 無事ですの!?」
瓦礫の向こうからフィオラの声がした。
彼女はボロボロになりながらも剣を杖代わりにして立ち上がった。
どうやら爆発の瞬間、彼女が無意識に展開した魔力障壁が三人への直撃を防いだらしい。
「早くここから脱出しますわよ! 生き埋めになります!」
フィオラが叫ぶ。
ゼノはリィナの体を抱え上げた。
そのあまりの軽さに彼の心が悲鳴を上げる。
三人は同じく生き延びていたドクター・アグネスを助け起こし、崩壊する地下施設から命からがら脱出した。
*
森の中の小さな洞窟。
それが彼らの一時的な避難場所となった。
ゼノはリィナの体をそっと横たえた。
彼女は呼吸もしている。脈もある。
肉体は生きているのだ。
だがその瞳が開かれることはなかった。
「……どういうことなの」
フィオラが蒼白な顔でリィナを見つめる。
「彼女の魂は消滅したのではありませんわ。ですがその輝きが完全に消え失せている。まるで燃え尽きてしまったランプのよう……」
「……俺のせいだ」
ゼノの口から絞り出すような声が漏れた。
「俺がもっと強ければ。俺が彼女を止められていれば……!」
後悔と自責の念が彼の心を容赦なく苛む。
リィナは自分を救うために命を懸けた。
そして自分は彼女を守れなかった。
「……いいえ」
その重い沈黙を破ったのはドクター・アグネスだった。
彼女は罪悪感に打ちひしがれながらも、三人を助けてくれた恩を返そうと必死に記憶を辿っていた。
「これはあなたのせいではありません。ですが、もしかしたら希望はまだ残されているやもしれません」
「……何?」
「伝説のような話です。わたくしも半信半疑なのですが……」
アグネスは語り始めた。
この『魂の揺りかご』の本当の創設者の話を。
その男の名はノア。
『方舟の守り手』と呼ばれる孤高の魂魄工学の研究者。
彼は魂の摩耗をただ見守るだけの今のやり方に疑問を抱いていた。
そして魂の根源。その始まりの場所。
『魂の箱舟』の存在を信じ、その研究のために数年前にこの施設を去ったのだという。
「ノア様は言っていました。たとえ燃え尽きた魂であろうとも、その根源である『箱舟』に辿り着くことができれば、再びその魂に火を灯すことができるやもしれぬ、と」
「そのノアという男はどこにいるんだ!」
ゼノが食い気味に尋ねた。
「……分かりません。ですが」
アグネスは懐から一つの小さな銀のロケットを取り出した。
その表面には見たこともない複雑な紋様が刻まれている。
「ノア様が去り際にわたくしにこれを。万が一の時のために、と。これが彼の『箱舟』へ至るための鍵だとおっしゃっていました」
*
ゼノはその銀のロケットを受け取った。
ひんやりとした金属の感触。
だが彼の手の中でそれは燃えるように熱い最後の希望のように感じられた。
彼は眠り続けるリィナの顔を見つめた。
その穏やかな寝顔。
彼女は自らの魂の輝きを全て懸けて他の魂たちを救った。
そしてゼノに生きる理由を与えてくれた。
今度は俺の番だ。
ゼノの心の中で絶望の闇を振り払うように新たな決意の炎が灯った。
もう後悔はしない。
嘆いている時間はない。
やるべきことはただ一つ。
この世界のどこかにいるノアという男を探し出す。
魂の根源『箱舟』の謎を解き明かす。
そしてどんな手段を使ってでもリィナの魂をこの腕に取り戻す。
それは世界の理にさえ逆らうようなあまりにも無謀な挑戦。
だが今のゼノにはそれ以外の道は見えなかった。
彼の戦いはもはや魂狩りとの戦いだけではない。
仲間を救うため運命そのものに抗う壮大な旅へと変わろうとしていた。
フィオラがそっとゼノの肩に手を置いた。
その眼差しが語っていた。
わたくしも共に行きますわ、と。
彼女もまたこの無謀な旅に付き合う覚悟を決めていた。
ゼノはリィナの冷たい手を握りしめた。
そして静かに誓った。
「……必ず戻ってくる。だから待ってろリィナ」
魂の輝きを懸けて少女が守った希望。
その小さな光を今度は少年がその全てを懸けて守り抜く番だった。
物語は新たな目的を得てさらにその先へと動き出す。
二人の長い旅が始まろうとしていた。




