第31話:魂の揺りかご
ソウルガードとしての初任務。
それは王都の喧騒から遠く離れた場所で始まった。
静かな森の奥深く。
そこにその施設はあった。
『魂の揺りかご』。
魂の摩耗が末期に至った者たちが最後の時を過ごす終末ホスピス。
それが三人の潜入先だった。
彼らはソウルガードの制服を脱ぎ、身分を隠していた。
リィナは魂の摩耗に苦しむ貴族の令嬢。
ゼノとフィオラはその付き添い人。
クロエが用意した完璧な偽装だった。
施設の門をくぐり、三人は息をのんだ。
そこはあまりにも静かすぎた。
手入れの行き届いた庭。清潔な白亜の建物。
だが、そこに生命の活気はなかった。
まるで時間が止まっているかのよう。
空虚な静寂が辺りを支配していた。
「……空気が重い」
フィオラが顔をしかめて呟いた。
「魂が死を待っている場所だ。当然だろう」
ゼノは冷静に答える。
だが、彼の心もまたざわついていた。
死にたくないと必死に抗う自分。
その対極にあるこの場所。
死を受け入れ、ただ無に還るのを待つ人々。
その諦観の空気がゼノの生存本能を不快にさせた。
リィナは青い顔で俯いていた。
「……聞こえる」
彼女は小さく震える声で言った。
「たくさんの疲れた魂の声が。もう転生したくないって。早く終わりたいって。そう言ってる……」
ここは彼女が本来行き着くはずだった場所。
その事実は彼女の心を重く締め付けた。
*
施設長らしき初老の女性が三人を出迎えた。
その目は深い悲しみの色を宿している。
「ようこそ『魂の揺りかご』へ。わたくしはここの責任者のドクター・アグネスと申します」
彼女はリィナの魂の気配を一瞥すると、全てを察したように悲しげに微笑んだ。
「……お辛かったでしょう。ここでは、どうぞ安らかにお過ごしください」
その労りの言葉に嘘は感じられない。
だがその瞳の奥に、何か隠しきれない疲労と苦悩が滲んでいるのを、ゼノは見逃さなかった。
リィナが個室に案内される。
その道中、ゼノとフィオラは施設の内部を観察した。
談話室の椅子に座る老人たち。
窓の外をぼんやりと眺める中年女性。
その誰もが生ける屍のようだった。
魂の輝きはほとんど失われ、ただ肉体だけがそこにある。
彼らの魂歴は様々だ。
かつては偉大な騎士だった魂も、高名な学者だった魂も、ここでは等しく無に還るのを待つだけの存在。
魂の歴史の終着駅。
それがこの『魂の揺りかご』の真の姿だった。
「ひどい……場所ですわ」
フィオラは唇を噛みしめた。
魂の栄光を信じて生きてきた彼女にとって、この光景は自らの価値観を根底から否定されるようなものだった。
*
リィナが部屋に落ち着いた後。
ゼノとフィオラは訪問者を装い、別々に調査を開始した。
ゼノは施設の裏手へと向かった。
表向きの穏やかさとは裏腹に、施設の警備は異常なほど厳重だった。
高い塀。鋭い鉄線。そして要所に配置された監視用の魔法装置。
ここは終末ホスピスだ。
なぜこれほどの警備が必要なのか。
まるで何かを外から守るのではなく、中の何かを外に逃がさないための牢獄のようだ。
一方、フィオラはその貴族的な立ち居振る舞いを利用して、事務室のスタッフに接触していた。
「……このような素晴らしい施設を維持するのは大変でしょう。よろしければ、わたくしの家から寄付をと考えておりまして」
彼女の巧みな話術にスタッフは気を許した。
そしてフィオラは核心的な情報を手に入れる。
ここ数ヶ月で、魂が完全に消滅した患者が十数名に上っていること。
それは統計的に見て異常な数字であること。
だがその全てが、公式記録では自然な『魂の摩耗』の最終段階として処理されていること。
その夜。
三人はリィナの個室に集まっていた。
窓の外は完全な闇。
施設の夜は昼間以上に不気味な静寂に包まれている。
「……やはり、おかしい」
ゼノが調査結果を報告する。
「ここはホスピスじゃない。牢獄だ」
「ええ」とフィオラも頷いた。
「何かが隠されていますわ。不自然な数の魂の消滅。それを隠蔽しようとする施設の動き。間違いなく魂狩りが関わっています」
だが、証拠がない。
一体、敵はどこに潜んでいるのか。
そして、何をしているのか。
その時だった。
リィナがはっと息をのんだ。
彼女は部屋のドアを見つめて震えている。
「……いる」
「何がだ?」
「あの気配……レギオンと同じ、冷たくて魂を喰らう影の気配……。今、この施設の中にいるわ」
三人の間に緊張が走る。
敵は気づいていない。
自分たちがソウルガードだということを。
だがそれは同時に、彼らが完全に孤立していることを意味していた。
ここは敵の巣。
そして自分たちは、その巣の真っただ中にいる。
静かな終焉の場所。
その仮面の下で蠢く悪意。
ゼノは外套の下に隠した短剣の柄を握りしめた。
フィオラは静かに立ち上がり、いつでも剣を抜ける体勢を取った。
リィナは目を閉じ、その魂魄共鳴で見えざる敵の位置を探る。
ソウルガードとしての初任務。
それはいきなり絶体絶命の状況から始まった。
静寂が破られる。
本当の戦いが始まろうとしていた。




