第30話:ソウルガードへようこそ
最終試験の激闘から一夜が明けた。
生き残った二十名弱の受験者たちは、ソウルガード本部の練兵場に再び集められていた。
彼らの顔には疲労の色が濃い。だがそれ以上に、厳しい試練を乗り越えたという自信がみなぎっていた。
もう以前のような派閥や階級の空気はない。誰もが等しく過酷な戦場を共有した「戦友」だった。
やがて、ガウェイン隊長が壇上に立った。
その顔にいつものような、からかうような笑みはない。
静かで厳しい指揮官の顔つきだった。
彼は何も言わずに、一人一人の顔をゆっくりと見渡した。
その視線に射抜かれ、若者たちはごくりと息をのむ。
「……おめでとう、ヒヨコども」
ガウェインは静かに、しかし腹の底から響くような声で言った。
「貴様らは生き残った。ただそれだけだ。だが、今のてめえらにとってはそれが何よりの勲章だ」
彼は部下に合図を送った。
部下たちが、銀の盆に乗せたソウルガードの正式な隊員の証である記章を運んでくる。
ガウェインは一人一人にその記章を手渡していく。
その手つきは粗野だが、どこか優しかった。
「いいか。これはただの飾りじゃねえ。貴様らが命を懸けて民を守るという誓いの証だ。そして俺たちが命を懸けて貴様らを守るという約束の証でもある」
彼の言葉に、若者たちは胸を熱くした。
ゼノもその記章を受け取った。
ずしりと重い。
それは金属の重さだけではない。
これから自分が背負っていく、多くの命の重さだった。
「式典は以上だ」
ガウェインは言った。
「歓迎の言葉も特にねえ。ただ一つだけ言っておく。――ソウルガードへようこそ。そして今日からここが貴様らの新しい家だ。さあ、とっとと自分の寝床を見つけて少しは休め。本当の地獄は明日からだぜ」
そのぶっきらぼうな歓迎の言葉に、新人隊員たちの顔に初めて笑みがこぼれた。
彼らの長く、そして過酷だった選抜試験は、今確かに終わりを告げたのだ。
*
ソウルガードの隊員宿舎は、学園の豪華な寮とは比べ物にならないほど簡素で実用的だった。
だがそこには、無駄な装飾を排した機能美と、仲間と寝食を共にする温かみがあった。
ゼノ、フィオラ、リィナの部屋は偶然にも隣同士だった。
三人はそれぞれ新しい制服に着替えると、顔を見合わせた。
「……あまり似合いませんわね。わたくしには」
フィオラが少し照れくさそうに言った。
「そんなことない。綺麗だよ、フィオラ」
リィナが素直に微笑む。
その穏やかな光景は、まるで普通の学生のようだった。
だが、彼らが身に纏っているのは学生服ではない。
いつ命を落とすか分からない戦場に赴くための戦闘服だ。
その現実が彼らの新たな日常だった。
コンコンとドアがノックされた。
「ゼノ、いるか?」
声の主はユリウスだった。
彼は部屋に入ってくるとゼノの前に立ち、そして深々と頭を下げた。
「……すまなかった。俺はお前のことを何も知らず、ただ家名と魂歴だけで侮辱した。許してくれとは言わん。だが、俺はお前をライバルとして認める。いつか必ずお前を超えてみせる」
その潔い謝罪に、ゼノはただ静かに頷いた。
「……ああ。俺もお前には負けるつもりはない」
二人の拳が固く握り交わされる。
そこにかつてのような敵意はなかった。ただ互いを高め合う好敵手としての熱い誓いだけがあった。
*
その夜。
三人がそれぞれの部屋で休もうとしていた、その時だった。
クロエが音もなく彼らの前に現れた。
「少し付き合ってもらおうか。君たちには話しておかなければならないことがある」
彼女に導かれるまま三人が連れてこられたのは、本部施設の地下深くにある極秘の作戦指令室だった。
そこにはガウェインが厳しい顔で待っていた。
「……まず、これを見てくれ」
ガウェインが机の上のファイルを開いた。
そこには、最終試験で彼らが確保した『レギス』という学生の診断報告書があった。
「クロエの分析通り、ヤツの魂には寄生型の魂魄体が取り憑いていた。お前たちのおかげで今は分離、保護されている。レギス本人は数週間の療養で回復するだろう。憑依されていた間の記憶は一切ない」
その言葉に、三人は安堵の息を漏らした。
「だがな」
ガウェインの声が低くなる。
「問題はその寄生体、『レギオン』だ。クロエの解析によれば、あれは単独の存在ではない。何かの巨大なネットワークの一部、いわば端末のようなものらしい」
「つまり、本体は別にいる、と?」
ゼノの問いにクロエが頷いた。
「そうだ。そして我々はその本体に繋がる手がかりを掴んだ」
彼女はスクリーンに一枚の地図を映し出した。
「『レギオン』の魂の残滓から特殊なエネルギー波長を検出した。そしてこの波長は、ここ数ヶ月王都近郊で発生している『原因不明の魂消滅事件』の現場で検出されたものと完全に一致したんだ」
その事件が起きている場所。
それは魂の摩耗が激しい者たちが最期の時を過ごす療養施設。
『魂の揺りかご』と呼ばれる場所だった。
「表向きの歓迎式は終わりだ」
ガウェインが三人に向き直った。
その目はもはや彼らをヒヨコ扱いするものではない。
一人の信頼できる部下として見ている目だった。
「貴様らの本当の初任務を与える。俺直属の特別編成チームとして、この『魂の揺りかご』に潜入し、魂消滅事件の真相と魂狩りとの関連を調査せよ」
それはあまりにも重く、そして危険な任務だった。
だが三人の瞳に迷いはなかった。
ゼノは頷いた。
「了解しました、隊長」
ガウェインはその答えを聞くと、満足そうに笑った。
「いい返事だ。……さて、堅苦しい話はここまでだ」
彼は改めて三人の前に立った。
「式典は終わった。本当の仕事が始まる。だからもう一度だけ言っておくぜ」
彼のその力強い声が、指令室に響き渡る。
「――ようこそ、ソウルガードへ」
三人の新たな戦いは、もうすでに始まっていた。
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