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第29話:見えざる敵レギオン

「――我が名は、レギオン」

封鎖されたサーバルームで、魂狩りの裏切り者はその名を告げた。

彼の体から禍々しい紫のオーラが立ち上る。それはゼノたちが学園で対峙した、あの魂魄攻撃の紛れもない気配だった。


「面白い余興だったぞ、規格外のオンリーワン・ソウル。だがゲームは終わりだ」

レギオンに協力していた二人の受験者が、その豹変ぶりに恐怖で後ずさる。

「レギス……お前、一体……!」

「ああ、そうだ。この体の元の持ち主はレギスというらしいな」

レギオンはまるで他人事のように言った。

「だがもう彼の意識は、魂の深い、深い海の底だ」


その不気味な言葉と同時に、彼は動いた。

ターゲットはゼノではない。まず邪魔なフィオラを排除するつもりだった。

その動きは今まで彼が見せていた平民のそれとは全くの別物。無駄がなく鋭く、そして人体の限界を無視したかのような無機質な動き。

フィオラは咄嗟に剣でそれを受けるが、そのあまりの重さに腕がしびれた。


「……っ、この動き……ただの学生ではない!」

フィオラの剣技は洗練されている。だが相手のそれは、まるで精巧な絡繰り人形のように痛みも恐怖も感じさせない、不気味な正確さがあった。


「フィオラさん、気をつけて!」

その時、リィナが悲鳴のような声を上げた。

彼女は目を見開き、レギオンの体を凝視している。

「彼の魂が……おかしい! あのレギスという少年の魂は確かにそこにある! けど、その魂にまるで影のように冷たくて得体のしれない別の何かが取り憑いている!」


その言葉に、ゼノもフィオラも戦慄した。

目の前の敵はレギス本人ではない。彼の体を乗っ取った別の何か。

まさしく『見えざる敵』。


「ハハハ! さすがは無限輪廻の果てに魂をすり減らした古き魂だ! 真実を見抜くか!」

レギオンは楽しそうに笑った。

「そうだ! この体は我々が活動するための仮初めの器に過ぎん! 我が名はレギオン。我々は一人にして大勢なのだからな!」

彼は両手を広げた。

「本来の目的はあの剣聖の小娘か、閃光の坊やの魂をいただくことだったが、お前たちイレギュラーのおかげで計画が狂ってしまった。だが、いいだろう。お前たち三人の魂をここで狩り、新たな器とさせてもらう!」


絶望的な真実。

敵を倒すことは、すなわちその器である罪のないレギスという学生を殺すことと同義。

フィオラの剣が鈍った。仲間を守るための彼女の剣は、仲間を傷つけるかもしれないという躊躇いによってその輝きを失いかけていた。



「……そういうことか」

その絶望的な状況の中で、ただ一人ゼノだけが冷静だった。

彼はこの最悪の状況を打開するための唯一の活路を見出していた。

それはこの三人にしかできない荒業。


「フィオラ! 殺すな! 動きを封じることだけに集中しろ!」

「……! ですが!」

「いいからやれ! 俺を信じろ!」

ゼノのその力強い言葉に、フィオラは一瞬ためらった後、強く頷いた。彼女はもはや一人で戦ってはいない。


「リィナ! 奴の魂に干渉しろ! だが狙うのは寄生しているレギオンじゃない! 本来の持ち主、レギスの魂に呼びかけるんだ!」

「……! 分かった、やってみる!」

リィナもまたゼノの意図を即座に理解した。

ゼノの作戦は単純明快。

敵が魂を乗っ取る寄生者パラサイトであるならば、内と外から同時に攻撃し、その宿主との接続を断ち切る。

それはもはや戦闘ではなく、魂の『外科手術』だった。


「――面白い!」

レギオンは彼らの狙いを察知し、その口元を歪めた。

「だが無駄なことだ! 人間の脆弱な魂が我々に抗えるものか!」

戦いが再開された。

フィオラは戦い方を完全に切り替えた。

斬るのではなく、打つ。突くのではなく、いなす。

彼女の卓越した剣技はレギオンの猛攻を受け流し、その自由を巧みに奪っていく。

それは相手を倒すことよりも遥かに高度な技術を要する戦い方だった。


そして、リィナ。

彼女は静かに目を閉じると、その全神経を魂の共鳴に集中させた。

彼女の体から穏やかで温かい光が溢れ出す。

その光はレギオンの禍々しいオーラとは対極の、魂を癒し励ます慈愛の光。

『――負けないで! あなたの体でしょう! 取り返して!』

彼女の魂の声が、レギオンの内側で眠っているレギスの魂へと直接届く。


「ぐ……ぬぅ……! 小賢しい真似を……!」

レギオンの動きが明らかに乱れた。

内側からの抵抗が、彼の完璧な身体制御を狂わせているのだ。

フィオラはその隙を逃さなかった。彼女はレギオンの体勢を崩すと、その両腕を剣で壁に縫い付けた。

「――今だ、ゼノ!」



全てのお膳立ては整った。

ゼノは身動きの取れないレギオンの前に立った。

「……貴様、何をする気だ」

レギオンが警戒に身をこわばらせる。

ゼノには魂を浄化する聖なる力も魔法もない。

彼にあるのはただ一つ。神々のシステムから逸脱した、唯一無二の規格外のオンリーワン・ソウル


ゼノは無言でレギオンの――レギスの額に手を置いた。

そしてただ強く念じた。自分の魂の本質を相手に叩きつけるように。

その瞬間。

レギオンの精神に直接流れ込んできたのは、攻撃的な魔力ではない。理解不能な異物。

輪廻も因果も、魂の歴史も何一つない、完全な『無』でありながら、同時に絶対的な『個』として存在する魂の在り方。

それは他の魂に寄生し、その情報を利用することでしか存在できないレギオンにとって、自らの存在意義を根底から否定されるような劇毒だった。

例えるなら、ウイルスが全く構造の異なるOSに侵入してしまったようなもの。


「ぎ……があああああああああああああああああっっっ!!!」

それは声ではない、魂そのものの断末魔だった。

レギオンの寄生していた魂が、レギスの体から弾き出される。

宿主を失った影のような魂は、この封鎖された空間の中で行き場を失い、やがて光の粒子となって霧散した。


レギオンが消滅したのと同時に、彼に操られていたレギスの体は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

彼は気を失っているだけで、命に別状はない。

その胸は穏やかに上下していた。


静寂が戻る。

ゼノ、フィオラ、リィナは互いに顔を見合わせた。

疲労はピークに達している。

だが、彼らは勝ったのだ。

ただ敵を倒すだけではない。一人の仲間を救い、そして見えざる敵の正体を暴いた。

それは彼らにとって、何よりも価値のある勝利だった。


ガシャアアンと重い音を立てて、サーバルームのブラスト・ドアが開かれた。

そこにはガウェインとクロエが、厳しい、しかしどこか誇らしげな顔で立っていた。

彼らはこの死闘の全てを見届けていたのだ。


「……てめえら」

ガウェインが口を開いた。

「――全員、合格だ」


ソウルガードの選抜試験は、今ここに終わりを告げた。

だが、三人は知っていた。

これは終わりではない。

『レギオン』という見えざる敵との本当の戦いの始まりに過ぎないのだと。

彼らの前にはまだ長く、そして過酷な道が続いていた。

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