第27話:最終試験:信頼と裏切り
キメラとの死闘から一夜。
生き残った五十名ほどの受験者たちは、ソウルガード本部の巨大な作戦指令室に集められていた。
彼らの顔には前日の疲労と、そして最終試験への緊張が色濃く浮かんでいる。
「――よく生き残った、カスども!」
壇上に立ったガウェイン隊長が、そのにやけ面で言った。
「貴様らの根性は認めてやる。だが、ソウルガードに必要なのはただの戦闘能力だけではない。我々が最も重視するのは、仲間と連携し困難な任務を遂行する能力、そして何よりも仲間を裏切らないという絶対的な『信頼』だ」
彼の隣に立つクロエが、試験の概要を説明し始めた。
「これより最終試験を開始します。内容は、擬似市街地における敵拠点への潜入、及び情報奪取を目的とした模擬任務です」
スクリーンに立体的な街の地図が映し出される。
「あなたたちにはチームを組んで任務にあたってもらいます。ただし、そのチームはこちらで指定させてもらいました」
その言葉に、受験者たちの間にどよめきが走った。
発表されたチーム分けは、彼らの予想を完全に裏切るものだった。
今まで行動を共にしていた仲の良い者同士は、意図的に引き離されている。
フィオラはなんと、ライバルであるはずのユリウスと同じチームに。
ティナはリィナと共に後方支援チームへと組み込まれた。
そしてゼノは、『不倒の盾』オリヴァー・クロンカイトと数名の真面目そうな平民出身の受験者たちとチームを組むことになった。
それはクロエとガウェインが仕組んだ巧妙な罠だった。
慣れない仲間との連携。
極限状況下で生まれる不和と疑念。
その中で誰が本性を現すのか。
そして誰が『裏切り者』なのか。
ゼノは自分に課せられた秘密の任務の重さを改めて実感していた。
*
最終試験が開始された。
転移ゲートを抜けた先は、まるで本物の戦場跡のようにリアルな廃墟の市街地だった。
「――作戦を開始する!」
チームリーダーに任命されたオリヴァーが、その実直な声で号令をかけた。
「我々の任務は中央広場にある敵拠点の制圧だ。騎士道の教えに則り、正々堂々正面から突入する!」
彼のあまりにも融通の利かない作戦に、ゼノは頭を抱えたくなった。
「待て。それは罠だ。敵は我々がそう動くことを読んで待ち構えているはずだ」
「黙れ、ゼノ君! 君のunorthodoxなやり方はここでは通用しない! 我々は正義の盾! 姑息な手段は使わん!」
オリヴァーはゼノの意見を一蹴した。彼の魂に刻まれた『聖騎士』の正義感は、時としてその視野を狭める。
(……やれやれだ)
ゼノは仕方なく彼の指示に従いながらも、その意識の大半を他のチームの観察に割いていた。
魂の波長を読むことはできない。だが、人の動き、癖、視線、その些細な情報から本質を見抜くことには長けている。
――ユリウスとフィオラのチームはやはり衝突していた。
「だから! ここはわたくしの策に従うべきだと言っているのです!」
「うるさい! 俺の光速の剣の前には、どんな敵も塵だ! 小細工は不要!」
二人の言い争いは本物か? それともどちらかが意図的にチームの和を乱そうとしているのか?
――ティナとリィナの後方支援チームは、奇妙な幸運に助けられ順調に進んでいるように見えた。
だが、その幸運はあまりに出来すぎていないか? もしかしたらティナの無邪気さは全て演技で……。
ゼノの心に疑念の種が次々と蒔かれていく。
誰もが怪しく見える。
誰もが『裏切り者』の可能性を秘めている。
これがクロエの狙いか。
この疑心暗鬼の中で冷静さを保ち、真実を見抜くことこそがこの試験の本質。
*
やがて各チームが中央広場へと近づくにつれ、事態は動き始めた。
ゼノたちの進路上に、本来いるはずのない強力な警備ゴーレムの部隊が出現したのだ。
「な、なんだと!? 報告にはなかったぞ!」
オリヴァーが動揺する。
これは試験官が用意したアクシデントではない。
明らかに誰かが内部からこの試験を妨害している。
ゼノはそのゴーレムとの戦闘の最中、全神経を集中させて他のチームの動きを観察した。
そして、遠くのビルの屋上から別のチームを援護していた一人の地味な平民出身の受験者が、誰にも気づかれないように指先で複雑なサインを送っているのを見てしまった。
それは、このゴーレム部隊の出現を知らせる合図。
彼が裏切り者か?
ゼノの脳が高速で回転する。
違う。彼の目的は試験の妨害ではない。
この混乱を利用して特定のターゲットを孤立させ、そのデータを収集すること。
魂狩りの『データマイニング』はまだ終わっていなかったのだ。
そしてそのターゲットは、おそらく――。
「――フィオラ!」
ゼノは叫んだ。
裏切り者の真の狙いはフィオラとユリウスのチーム。
『剣聖の魂』と『閃光の騎士』の魂。その二つの高位の魂の戦闘データを、この混乱の中で収集することこそが彼らの目的だったのだ。
*
ゼノは決断を迫られた。
ここで裏切り者の存在を告発するか?
いや、それでは証拠が不十分だ。それに、敵の目的の全貌を掴むことができない。
ならば――。
この敵の土俵の上で、逆にこちらが踊ってやる。
「オリヴァー! ここは任せた!」
「な、何をする気だ、ゼノ君!」
ゼノはオリヴァーの制止を振り切り、単独でチームを離脱した。
そして通信機を使うと、匿名の回線を使ってフィオラのチームへと警告を送った。
『――罠だ。敵の狙いは、お前たちだ。西のB7地区に誘い込まれている。すぐにそこから離脱しろ』
そのあまりに的確な情報にフィオラは一瞬戸惑ったが、すぐにその声の主が誰であるかを悟った。
「……ユリウス! 聞こえましたわね! ここは退きます!」
「ちっ、なぜ俺が匿名の通信などに……! だが、このままではジリ貧か!」
ユリウスも不本意ながらフィオラの判断に従った。
二人のチームが見事に敵の包囲網から離脱していくのを見届けて、ゼノはほくそ笑んだ。
遠くのビルの上で、あの裏切り者の受験者が忌々しげに舌打ちをするのが見えた。
(……ビンゴ、か)
敵の正体は掴んだ。
だが、任務はまだ終わっていない。
ゼノは本来の任務目標である敵拠点のビルを見据えた。
表向きの試験もクリアしなければならない。
そして水面下で進む裏切り者との心理戦にも勝利しなければならない。
ソウルガードの最終試験。
それはもはや誰がヒーローかを決める舞台ではなかった。
誰が最後まで仲間を信じ抜き、そして敵を欺き通せるかという、壮絶な諜報戦の始まりだったのだ。
ゼノは一人、廃墟の街を駆け抜ける。
彼の本当の資質が、今まさに試されようとしていた。




