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第26話:選抜試験、開始

キメラが塵となって消え去った。

水浸しの闘技場に訪れた束の間の静寂。

生き残った受験者たちは、ある者は安堵に座り込み、ある者は自らの勝利に拳を突き上げる。

だが、そのほとんどの視線はもはやエリートであるユリウスやフィオラではなく、闘技場の隅でずぶ濡れになりながらきょとんとしている一人の新生ニューボーンの少女ティナと、その混乱の中心で的確な指示を飛ばした一人の『ブランク』の少年ゼノに向けられていた。


「――ガッハッハッハッ! 見事、見事! 最高に面白い戦いだったぜ!」

闘技場にガウェイン隊長の満足げな声が響き渡った。

彼は壇上から降りてくると、まずユリウスの前に立った。

「おい、そこのピカピカの騎士様よ」

「……っ」

ユリウスは屈辱に顔を歪めた。

「てめえの力は本物だ。それは認めてやる。だがな、プライドだけで飯が食えるか? 状況を読めねえ頭でっかちの力なんざ、ただの派手な自爆技だ。そのことを、その高貴な魂によく刻んでおけ」

厳しいが的確なその指摘に、ユリウスは何も言い返せなかった。彼の騎士としての誇りは、今日この場所で一度完全に打ち砕かれたのだ。


次にガウェインはゼノたちの前に立った。

彼はティナの頭をわしわしと撫で回した。

「お嬢ちゃん! お前のあの無茶苦茶な一撃! 最高だったぜ! エリートどもが束になってもできなかったことを、お前はたった一人でやってのけた! その根性、気に入った!」

「え? え? わ、わたし、何も……」

ティナは自分が何をしたのか分からずに、目を白黒させている。

そしてガウェインはゼノの肩を叩いた。

「ブランク。てめえのあの胆力と指揮能力、大したもんだ。気に入ったぜ」

その単純明快な賞賛は、ゼノにとってどんな言葉よりも心地よかった。


ガウェインは再び全員を見渡した。

その顔から笑みが消える。

「さて、てめえら。第二次試験はこれで終了だ。怪我人、そして途中で心を折られて『来世で頑張ります』と泣き言を抜かした根性なしは、ここで脱落だ」

その言葉で受験者の数はさらに半分近くまで減っていた。

「だがな、勘違いするなよ。今までの戦いはただの前座。いわば入場券を手に入れるための予選に過ぎん」

彼はニヤリと笑った。

「――ソウルガードの本当の『選抜試験』は、ここから開始だ!」



ガウェインのその宣言に、生き残った受験者たちは息をのんだ。

彼らが次に連れてこられたのは、闘技場のような戦場ではない。ソウルガード本部の一角に設けられた、いくつもの研究室のような部屋だった。

そこで彼らを待っていたのは、天才解析官クロエ・ラングだった。


「これより、第三次最終試験を行う」

ガウェインが説明する。

「担当はそこのインテリ女史、クロエだ。内容は『魂魄資質鑑定』。ソウルガードに必要なのは、ただ戦うだけの筋肉バカじゃない。極限状況下でも冷静さを失わない精神力、そして何より仲間を裏切らない魂の安定性。それらを見させてもらう」


その言葉に受験者たちは戸惑いを隠せない。

まさか最後の試験が戦闘ではなく面接と分析だとは、誰も予想していなかった。

受験者たちは一人ずつクロエの研究室へと呼ばれていった。

ユリウスはどこか吹っ切れない表情で部屋へと入っていった。

フィオラは迷いのない決意の顔で。

ティナは相変わらず元気よく挨拶をしながら。


そして、ゼノの番がやってきた。

部屋の中は無数の機械と術式で埋め尽くされていた。

「さあ、そこに座ってくれたまえ、ゼノ君」

クロエは白衣を翻し、ゼノの向かいに座った。

彼女の機械はやはりゼノの魂を測定しようとしてエラーを起こしている。

だが、彼女の本当の目的は別の所にあった。


「……先の学園での二度目の襲撃事件。その残留思念を解析していて、一つ奇妙なことが分かったんだ」

クロエは前置きもなく本題を切り出した。

「一度目の襲撃と二度目の襲撃では、敵が用いた魂魄攻撃の波長が微妙に異なっていた。二度目のそれは、より精密で、そして悪質な機能が追加されていた」

「……どういうことだ?」

「彼らはただ攻撃していたわけじゃない。一部の魂歴の高い生徒に対して、ごく微弱な『追跡子トレーサー』を付与していたんだ。まるで家畜に焼き印を押すようにね」


その言葉にゼノは背筋が寒くなるのを感じた。

「そして、さらに恐ろしいことが分かった」

クロエはその鋭い目を細めた。

「その『追跡子』とよく似た波長を、この選抜試験の受験者の中から検出した」

「……!?」

「つまりこの中にいるんだよ。魂狩りにすでに『マーキング』された生徒がね。あるいは……」

彼女は最悪の可能性を口にした。

「……自ら魂狩りに協力している『裏切り者』が」


選抜試験。

それは表向きの名目。

その裏で進んでいたのは、この未来のソウルガード候補生たちの中に紛れ込んだ敵を炙り出すための『魔女狩り』。

それがこの最終試験の真の目的だったのだ。

ゼノは今までの試験の全てがこの瞬間のために仕組まれていたことを理解した。



「……なぜ、その話を俺に?」

「決まっているだろう?」

クロエは笑った。

「君の《魂魄固定ソウル・アンカー》は絶対だ。魂を介したあらゆる干渉を受け付けない。それはつまり、君だけが敵の魂魄攻撃を恐れることなく、その『裏切り者』に近づけるということだ。君は最高の囮であり、最高の観測者なんだよ」

彼女はゼノに極秘の任務を依頼した。

「明日、この最終試験の総仕上げとして、生き残った全員で最後の模擬任務にあたってもらう。その中で君には他の受験者たちを観察してほしい。誰が不審な動きをするか。誰が『裏切り者』なのか。……君のその目で見極めてほしい」


それはもはや一介の受験者への依頼ではない。

ソウルガードの一員としての極秘任務シークレット・ミッションだった。


研究室を出たゼノは、廊下で他の受験者たちとすれ違った。

誇りを取り戻そうと焦るユリウス。

正義を信じて疑わないオリヴァー。

誰にでも屈託なく笑いかけるティナ。

そして自らの道を見定めようとするフィオラ。

この中の誰かが、敵……?


疑念の種は、確かに彼の心に蒔かれた。

ガウェインの言う本当の『選抜試験』は、まさに今始まったのだ。

それは力と技を競う試験ではない。

信頼と裏切りが渦巻く、心を試す試験。

ゼノは固く拳を握りしめた。

この見えざる敵との戦いに勝利することこそが、自分がソウルガードに入るための本当の資格証明になるだろう。

彼の孤独な戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。

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