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第21話:それぞれの王都

ソウルガード選抜試験、前日。

アストリア王国の王都アストルは、三人の若者たちに全く異なる顔を見せていた。

彼らは同じ街にいながら、それぞれが全く違う「王都」を生きていた。


ゼノにとっての王都は巨大な闘技場であり、生き抜くための戦場だった。

彼は貴族たちが闊歩する中央通りを避け、迷路のように入り組んだ下町の路地を一人歩いていた。そこはむせ返るような生活の匂いと人々の汗、そして魂が放つありのままの欲望が渦巻いている場所。

彼はソウルガードが用意した立派な訓練場には行かなかった。代わりに裏通りにある寂れた武具屋の店先で、店主の老人と一枚の銅貨を巡って粘り強い交渉をしていた。


「おいおい兄ちゃん、こいつはただの砥石じゃねえぜ。黒鉄鉱山でしか採れねえ業物わざものの砥石だ。これを銅貨一枚ってのはあんまりだ」

「だが、見てくれこのヒビを。これじゃあすぐに使い物にならなくなる。賭けだよ、あんたにとっても俺にとっても」


ゼノは冷静に、しかし巧みに交渉を進める。

結局、彼は砥石と古いが丈夫な革手袋、そして止血効果のある薬草を驚くほどの安値で手に入れた。

彼が求めているのは前世の銘が入った伝説の武具ではない。今、この一度きりの生で自分の命を繋ぐための、最も実用的な「道具」。


買い物を終えた彼は、ふとある場所で足を止めた。

下町の片隅にある小さな孤児院。

そこから聞こえてくる子供たちのはしゃぎ声は、彼に忘れることのできない恩師の言葉を思い出させた。

『お前だけの命を、誰よりも輝かせて生きなさい』


(見ていてくれ、マスター。俺は俺のやり方で、この理不尽な世界と戦ってみせる)


ゼノは誰にも見られることなく、そっと孤児院の食料保管庫の前に今日市場で買ったばかりのパンと果物の入った袋を置くと、音もなくその場を立ち去った。

彼の戦いは常に地に足の着いた現実の中にあった。


フィオラにとっての王都は美しく、そして息の詰まるような金色の鳥籠だった。

アストリア家の壮麗な屋敷に戻った彼女を待っていたのは、父ゲオルグ公爵からの氷のように冷たい叱責と事実上の軟禁命令だった。


「……お聞きなさい、フィオラ」

静まり返った客間で、彼女の婚約者サイラス・フォン・ヴァレンシュタインが優雅に紅茶を飲みながら諭すように言った。

「公爵閣下も君を心配してこうしておられるのだ。ソウルガードなどというならず者の集団の試験に、アストリア家の姫君が自ら参加するなどあってはならないこと。君の魂はもっと気高い場所で輝くべきなのだから」


彼の言葉はどこまでも甘く、しかしその瞳の奥には彼女を自分の意のままに操ろうとする冷酷な支配欲が渦巻いていた。

彼はフィオラに、家の名誉と伝統の象徴としてただ美しく従順な人形でいることを求めている。


「……わたくしの輝く場所は、わたくし自身が決めますわ」

フィオラは静かに、しかしきっぱりと言い返した。

その毅然とした態度に、サイラスは面白そうに片方の眉を上げた。

「反抗期というやつかな。それも若さの特権だろう。だが覚えておくといい。君は決してアストリア家の呪縛からは逃れられない」


その夜。

フィオラは自分の部屋で決意を固めていた。

父が、サイラスが敷いたレールの上を歩むつもりはもう毛頭ない。

たとえ勘当されようとも、全てを失おうとも。

彼女は自分の意志で自分の戦う場所を選ぶ。


彼女は豪奢なドレスを脱ぎ捨て、闇に溶け込むような黒い、平民の娘が着るような簡素な衣服に着替えた。そして愛剣『ソウル・レガシー』だけを手に、夜の闇に紛れて巨大な屋敷の裏口から音もなく抜け出した。

それは彼女が金色の鳥籠から自らの意志で飛び立った初めての瞬間だった。


リィナにとっての王都は、きらきらと輝く宝石箱だった。

ゼノが自分の準備に集中していることを知っていた彼女は、その日一人で王都の散策に出ていた。

以前の彼女なら考えられないことだった。

無数の魂が発する喜び、悲しみ、怒り、その全てが彼女の摩耗した魂には耐え難い苦痛でしかなかったからだ。

だが、今は違う。

ゼノという「今」を生きる魂に触れたことで、彼女の世界は色を取り戻した。


彼女はパン屋で焼きたての甘いパンを買い、噴水の縁に座ってそれをゆっくりと味わった。

甘いと感じる。美味しいと感じる。

その当たり前の感覚が、何百年ぶりかに彼女の心へ温かい幸福感をもたらしていた。


彼女の《魂魄共鳴》は今も街行く人々の魂の声を拾い続けている。

恋人と楽しそうに語らう若い騎士の弾むような魂。

商売の成功を神に感謝する商人の誇らしい魂。

生まれたばかりの我が子を愛おしそうに見つめる母親の慈愛に満ちた魂。

それはもはや不快な雑音ではなかった。

一つ一つがかけがえのない「今」を生きる魂たちが奏でる、美しい音楽のように彼女には聞こえていた。


(……この、きらきらした世界を)

リィナはパンの最後の一口を名残惜しそうに飲み込んだ。

(ゼノと一緒に、守りたい)


彼女の心に新しく、そして力強い戦う理由が芽生えた瞬間だった。

彼女にとっての王都は、ただ静かに消えゆくのを待つ場所ではなく、最後の生を精一杯謳歌するための宝箱へと変わっていた。


その夜。

三人はそれぞれの場所で同じ月を見上げていた。


下町の安宿の一室で。

ゼノは手入れの行き届いた名もなき剣を静かに見つめている。彼の心は嵐の前の海のように静まり返っていた。


巨大な屋敷の屋根の上で。

フィオラは眼下に広がる王都の夜景を見下ろしていた。彼女は家も過去も全てを捨てて今ここにいる。その瞳には覚悟の光が宿っていた。


噴水公園のベンチの上で。

リィナは月の光を浴びながら、そっと明日のために祈っていた。自分のためではない。愛しい仲間たちの無事を。


戦場、鳥籠、宝石箱。

三者三様の王都での一日は終わった。

それぞれの道は明日、選抜試験という一つの場所で再び交差する。

彼らの本当の力が、そして本当の覚悟が試される時がすぐそこまで迫っていた。

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