第18話:残された謎
二度の襲撃という嵐が過ぎ去り、王立転生学園には見せかけの平穏が戻っていた。
だが、一度知ってしまった恐怖と暴かれた世界の歪みは、生徒たちの心に消えることのない影を落としていた。そして、その影の中心にいるのが、ゼノ、フィオラ、リィナの三人であることは、もはや、学園の誰もが認めるところだった。
そんなある日、学園内に新たな異分子が現れた。
ソウルガードの制服の上に、真っ白な白衣を羽織った、理知的な雰囲気の若い女性。彼女は、魂狩りとの戦闘があった場所を奇妙な機械を使って入念に調査して回っていた。その鋭い瞳は、まるで、目に見えない何かを見通しているかのようだった。
「あの人は?」
リィナの問いに、近くにいた生徒が、畏敬と好奇の入り混じった声で答えた。
「ソウルガードの研究開発部門に所属する、クロエ・ラング様だよ。魂魄の波長を分析させたら、右に出る者はいないっていう、天才解析官らしい」
魂狩りが用いた、未知の魂魄攻撃。その正体を突き止めるために、王都から最高の専門家が派遣されてきたのだ。
ゼノは、そのクロエという女性の姿を遠巻きに眺めていた。
彼女の持つ、水晶と歯車が組み合わさったような不思議な機械が空間に残された微弱な魂の粒子を集めているのが見えた。
あの戦いは、まだ終わっていない。
自分たちが知らないところで、新たな戦いがすでに始まっている。
ゼノは、それを、肌で感じていた。
*
数日後、ゼノ、フィオラ、リィナの三人はグッドマン教官によって、学園の一室へと呼び出された。
そこは、臨時の研究室として、すっかり様変わりしていた。壁には、難解な術式が描かれたボードが掛けられ、机の上ではいくつもの水晶が様々な色の光を放って静かに唸っている。
魔法と科学が融合したかのような不思議な空間。
その中央で白衣の天才解析官、クロエ・ラングは待っていた。
「君たちが、例の三人だね。話はグッドマン教官から聞いているよ」
クロエは値踏みするように、三人を順番に見た。その視線は、フィオラの『剣聖の魂』の輝きに一瞬感心し、リィナの魂が放つ永い時の重さと摩耗に眉をひそめ、そして、ゼノの前で興味深そうに、ぴたりと止まった。
「……なるほど。これは、面白い」
「私の仕事は魂狩りが残した『残留思念』を分析し、彼らの術の正体と真の目的を探ること。そのためには、あの戦場の中心にいた君たちの協力が必要なんだ」
彼女は、まず、フィオラとリィナから話を聞いた。
二人が魂狩りの精神攻撃を受けた時の、魂の感覚、魔力の流れ、その全てを詳細に聞き出し、記録していく。
そして、最後に、彼女はゼノに向き直った。
「さて……君だ。ゼノ君。君の魂は、私のこれまでの知識、その全てを覆す」
彼女は、手に持った観測機械を、ゼノにかざした。機械の水晶が、光を放つ。
だが、次の瞬間、機械は異常を示す甲高い警告音を発し、火花を散らした。
「……! やはり、そうか」
クロエは、壊れた機械を見て、落胆するどころか、興奮にその瞳を輝かせた。
「信じられない……。魂の波長が、全く観測できない。まるで、完全な真空状態を測定しようとしているようだ。君の《魂魄固定》は、物理法則のように絶対的なんだね」
彼女の言葉に、ゼノは、改めて自分の特異性を、客観的な事実として突きつけられた気がした。
*
「さて、本題に入ろう」
クロエは、メインスクリーンに複雑な波形グラフを映し出した。
「戦闘現場に残された魂狩りの術の残留思念を解析した結果、驚くべきことが分かった」
彼女は、グラフの一点を指さす。
「彼らの《魂魄汚染》は、単なる精神攻撃じゃない。それと同時に、対象の魂の情報を高速で読み取るスキャン機能が付随していた」
「スキャン……ですって?」
フィオラが、驚きの声を上げる。
「そう。まるで、図書館で目当ての本を探すように。彼らは、生徒たちの魂を片っ端からスキャンしていたんだ。彼らの目的は、無差別な破壊活動じゃない。もっと、明確な……」
クロエは、そこで一度、言葉を切った。
「彼らは、『魂のデータマイニング』をしていたんだよ」
その言葉は、三人に新たな衝撃を与えた。
テロリストだと思っていた魂狩りは、実は高度な知性を持った情報収集部隊だったのだ。
「彼らは、何か、特定の情報を探していた。特定の魂が持つスキル。あるいは、特定の魂にだけ受け継がれる、古い記憶。例えば、伝説の英雄の魂にだけ刻まれた、神代の兵器のありか……とかね」
クロエは、ため息をついた。
「だが、奇妙なことに最初の襲撃で、彼らは目当てのものを見つけられなかったようだ。スキャンは、全て空振りに終わっている。だからこそ、二度目の襲撃で情報源として価値のある、君――『規格外』のゼノ君を直接確保しに来たんだろう」
「……」
「ここからが、本題だ」
クロエは厳しい顔で三人を見つめた。
「彼らが一体何を探していたのか。それが、今、我々に『残された謎』だ。そして、その答えはもしかしたら、この学園の誰かの魂の中にまだ眠っているのかもしれない」
その言葉は、新たな恐怖の種を蒔いた。
敵は、去ったのではない。目的を達成するまでまた必ずこの場所に戻ってくる。
そして、次のターゲットはゼノではない、別の誰かかもしれないのだ。
リィナは、自分の身を思わず抱きしめた。彼女の魂には、それこそ、神代の記憶すら含まれているかもしれない。
フィオラは唇を噛んだ。自分の『剣聖の魂』にも、何か狙われるだけの価値がある情報が、眠っているのではないか。
ゼノは、拳を握りしめた。自分のせいで、仲間が危険に晒される。その可能性が何よりも彼を苛んだ。
*
調査が終わり、三人は、重い足取りで研究室を後にした。
勝利の余韻は、完全に消え去り、代わりに、より深く、そして、より不気味な、未知の脅威が彼らの心を支配していた。
「魂のデータマイニング……。一体何を企んでいるのですか、あの者たちは」
フィオラの呟きに、誰も答えることはできなかった。
帰り際、クロエがゼノだけを呼び止めた。
「ゼノ君。君は、本当に興味深いサンプルだよ」
彼女は、悪戯っぽく笑う。
「君が、本気で自分の正体を知り、奴らと戦うつもりなら、また私を訪ねておいで。ソウルガードの研究室には君の知らない世界の秘密がまだたくさん眠っている。君という『規格外』を、この天才解析官が直々に分析してあげるよ」
それは、専門家としての純粋な知的好奇心から来る誘いだった。
クロエと別れ、ゼノは夕暮れの廊下を歩く。
隣には心配そうにリィナが寄り添っている。少し離れた後ろをフィオラが考え事をしながらついてくる。
三人の間にもはや、以前のような壁はない。
だが、共有したのは勝利の喜びではなくより巨大な謎だった。
魂狩りの真の目的とは、何か。
彼らが探している、魂の情報とは、何か。
そして、その「何か」は、一体、誰が持っているのか。
残された謎は、まるで、底なしの沼のように、彼らの目の前に、広がっていた。
彼らの『初めての勝利』は、同時に、本当の戦いの、始まりを告げる、ゴングに過ぎなかったのだ。
物語は、まだ、序章を終えたばかり。
本当の絶望も、本当の希望も、全てはこの先に待っている。
読みにくかったため修正いたしました。




