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第17話:君は、何者だ?

二度目の魂狩り襲撃を退けてから、数日が過ぎた。

学園は、騎士団の厳重な警備下に置かれ、表面的には平穏を取り戻していた。だが、一度刻まれた恐怖と疑念は、水面下でじわじわと広がり、生徒たちの間に、これまでにない緊張感を生んでいた。

そして、その緊張の中心にいるのが、ゼノたち三人であることは、誰の目にも明らかだった。


特に、フィオラの変化は著しかった。

彼女は、以前のように尊大に振る舞うことをやめた。かといって、誰かに媚びるわけでもない。ただ、ひたすらに、静かに、そして鋭く、周囲を観察していた。その視線が、最も頻繁に注がれる先は、やはりゼノだった。


(あの男……)

フィオラは、訓練場で、独学の体術に励むゼノの姿を、遠巻きに見ていた。

共に戦った。命を預けた。そして、勝利した。

だが、その事実は、彼女の中の根本的な疑問を、何一つ解決してはくれなかった。

むしろ、疑問は、日に日に大きく、そして鋭くなっていく。

魂の歴史を持たないはずの彼が、なぜ、あの土壇場で的確な指揮ができたのか。

なぜ、魂狩りの精神攻撃が、彼にだけは通じないのか。

「来世がない」。その言葉だけでは、説明がつかない。

彼は、ただの『ブランク』ではない。何か、この世界の理から、根本的に逸脱した、別の存在なのではないか。


(わたくしは、彼を、まだ何も知らない)

共に戦うと決めた。自分の道は、彼らの隣にあると、そう感じた。

だが、正体も分からない相手と、本当の意味で背中を預け合うことなど、できるのだろうか。

違う。知らなければならない。

彼女の、論理的で、誇り高い魂が、その曖昧な状態を許さなかった。

フィオラは、意を決すると、ゼノたちが向かった図書館へと、迷いのない足取りで歩き出した。



図書館の、一番奥にある閲覧室。

ゼノとリィナは、机を挟んで、何やら古い文献を調べていた。魂狩りの正体について、何か手がかりがないかと探しているのだ。

その静かな空間に、フィオラは、一人で入ってきた。


「ゼノ」

彼女の声は、静かだが、有無を言わさぬ響きを持っていた。

ゼノが顔を上げる。リィナも、驚いたようにフィオラを見た。

「……何の用だ」

「話があります」

フィオラは、まっすぐにゼノの元へと歩み寄ると、彼の目の前に立った。

「貴族として、平民に何かを問うのではありません。あの日、あなたの隣で戦った、一人の仲間として、あなたに、真実を要求します」


彼女は、一度、深く息を吸った。そして、その美しい、しかし今は一切の揺らぎもない瞳で、ゼノを射抜いた。


「あなたは、一体、何者なのですか?」


その問いは、刃のように鋭く、閲覧室の静寂を切り裂いた。

それは、彼の存在そのものを問う、根源的な質問だった。

ゼノは、言葉に詰まった。

イライザ学園長から聞かされた、世界の真実。神々のゲーム。自分という存在の、本当の意味。

それを、どこまで話すべきか。話したとして、信じてもらえるのか。そして、彼女を、この世界の根幹に関わる、あまりにも危険な真実の渦中に、引きずり込んでしまって、本当にいいのか。


ゼノが逡巡していると、隣にいたリィナが、静かに口を開いた。

「フィオラさん」

彼女は、フィオラの目を、真っ直ぐに見つめ返した。

「その問いの答えは……とても、複雑で、そして重いものです。もしかしたら、あなたが今まで信じてきた、世界の全てを、壊してしまうかもしれない」

彼女は、ゼノを庇っているのではない。フィオラに、覚悟を問うていたのだ。

それでも、知りたいのか、と。


フィオラは、リィナの言葉に、一瞬だけ、視線を揺らがせた。

だが、すぐに、その迷いを振り払うように、強く頷いた。

「望むところですわ。偽りの平穏の上で、何も知らずに生きるくらいなら、わたくしは、過酷な真実と共に、戦う道を選びます」

その覚悟は、本物だった。



ゼノは、観念したように、息を吐いた。

そして、イライザから聞いた、神々の存在や、彼女の思惑といった、あまりにも巨大すぎる話は伏せた上で、自分自身の魂に関する、核心的な事実だけを、語ることに決めた。


「……俺の魂は、この世界の、どの魂とも違う」

ゼノは、静かに、言葉を選びながら話し始めた。

「お前たちの魂は、神々の作った『ディヴィナ・サイクル』の中で、何度も再利用リサイクルされている。だが、俺の魂は、そのサイクルの一部じゃない。今まで一度も、その輪廻の輪に、入ったことがないんだ」


彼は、イライザが使った言葉を、自分なりに解釈して伝えた。

「例えるなら、俺は、この世界に、たった一人だけ、偶然生まれてしまった、システムの想定外。……『規格外のオンリーワン・ソウル』なんだ」


フィオラは、息をのんだ。その概念は、彼女が学んできた、魂魄理論の、どの教科書にも載っていない。

「だから、俺の魂歴は『ブランク』になる。システムが、俺という存在を、認識できないからだ。そして、魂狩りの術が効かないのも、それが理由だ。《魂魄固定ソウル・アンカー》は、俺が、システムの埒外にいることの、ただの証明に過ぎない」


規格外の魂。

その言葉が、全てのパズルピースを、一つにはめ込んだ。

なぜ、魂歴がないのか。

なぜ、精神攻撃が効かないのか。

なぜ、彼だけが、あれほどまでに「今」に執着するのか。

全てが、腑に落ちた。


それは、常識が覆される、衝撃的な真実。

だが、フィオラは、不思議と、それを受け入れることができた。

なぜなら、それが、目の前の「ゼノ」という存在を、最も的確に説明する、唯一の答えだと、直感的に理解したからだ。


「……そう、でしたの」

彼女は、震える声で呟いた。

今まで、彼を『ブランク』、空っぽの存在だと、見下してきた自分自身が、ひどく恥ずかしかった。

彼は、空っぽなどではなかった。

むしろ、逆だ。

誰の記憶にも穢されていない、この世界で、たった一つの、完全な魂。

その事実に、フィオラは、畏怖に近い感情を覚えていた。



重い沈黙が、三人の間に落ちた。

その沈黙を破ったのは、やはり、フィオラだった。彼女は、自らの心の動揺を、持ち前の理性で押さえつけると、新たな、そして、より重要な結論に辿り着いていた。


「……そういうことでしたのね。あなたが、『規格外』であると、魂狩りも気づいている。だから、彼らは、あなたを執拗に狙う」

「……ああ、おそらくは」

「だとしたら、これは、もう、学園だけの問題ではありませんわ。この世界の、魂のあり方そのものを揺るがす、大きな戦いの始まり……。そして、その中心に、あなたたちがいる」


フィオラの瞳に、再び、強い光が戻っていた。

それは、以前の、家名に裏打ちされたプライドの光ではない。

真実を知り、自らの進むべき道を、自らの意志で見出した、覚悟の光だった。


彼女は、ゼノとリィナの前に、改めて、向き直った。

そして、その背筋を、凛と伸ばす。


「わたくしは、アストリア家の、そして『剣聖の魂』の呪縛から、自由になると決めました。自分の足で立ち、自分の剣を振るうと。ですが、その道が、どこに続いているのかは、まだ分かりません」

彼女は、一度、言葉を切った。

「ですが、今、一つだけ、確かなことがあります。わたくしの道は……どうやら、あなたたちの隣にあるようですわ」


彼女は、ゼノに向かって、宣言した。

「あなたを、一人で魂狩りと戦わせはしません。わたくしも、共に戦います。これは、貴族の責務ではありません。わたくし、フィオラ・フォン・アストリア個人の、決定です」


その言葉に、嘘も、見栄もなかった。

「君は、何者だ?」という問いから始まったこの対話は、今、新たな、そして、より強固な、三人の誓いへと、結実したのだ。


ゼノは、何も言わずに、ただ、フィオラの手を見つめた。彼女が、そっと差し出してきた、その手を。

彼は、その手を、強く、握り返した。

もう、彼らは、ただのクラスメイトではない。

世界の秘密を共有し、共に、過酷な運命に抗うことを決めた、『共犯者』だった。

この日、この瞬間、アニマ・ブランクの物語は、孤独な少年少女たちの抵抗から、三人の仲間による、世界への反逆の物語へと、その第一歩を、確かに踏み出した。

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