表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/67

第15話:この一瞬に全てを懸ける

イライザ学園長との対面を経て、ゼノの中で、何かが決定的に変わった。

彼はもはや、ただの孤独な生存者ではない。神々のゲーム盤の上で、唯一、盤面を引っ掻き回せる『バグ』としての自覚。そして、リィナや、変わり始めたフィオラといった、守るべき存在。

彼の日常の鍛錬には、以前とは比べ物にならないほどの熱と、明確な目的意識が宿っていた。


だが、彼らが覚悟を決めるのを、世界は待ってはくれなかった。


その日の午後、学園を、再びあの不吉な警報が引き裂いた。

しかし、今度の襲撃は、前回とは全く様相が異なっていた。

無差別なパニックを引き起こすのではなく、まるで外科手術のように、正確に、そして静かに、脅威は学園の中枢へと侵入していた。

黒いローブを纏った数人の魂狩りが、一切の抵抗を無力化しながら、一直線に、ゼノのいる学生寮へと向かっていたのだ。


「――見つけたぞ、世界の『バグ』。我々と共に来てもらおう」

寮の廊下で、ゼノは、前回とは比較にならないほどの圧を放つ、魂狩りのエリート部隊と対峙していた。リーダー格の男は、その顔を禍々しい仮面で隠しているが、その実力は、前回の部隊とは比較にならないことが、肌で感じ取れた。


「ゼノ!」

駆けつけてきたリィナと、異変を察知したフィオラが、彼の隣に並び立つ。

「こいつらの狙いは俺だ。お前たちは、逃げろ!」

ゼノは叫ぶが、二人は首を横に振った。

「あなたの戦いは、わたくしの戦いでもあると、あの日決めたはずよ」とフィオラが言う。

「もう、ゼノを一人にはしない」とリィナが呟く。


三人の間に、言葉はなくとも、確かな覚悟の連携が生まれていた。

「……愚かな。ならば、三人まとめて、魂の塵にしてくれる!」

仮面のリーダーが号令を発し、魂狩りたちが一斉に襲いかかってくる。

「こっちだ!」

ゼノは、意図的に、開けた場所ではない、入り組んだ地形の場所へと走り出した。彼の頭脳こそが、最大の武器となる戦場を選ぶために。

彼が目指したのは、学園の象徴でもある、巨大な時計塔の内部だった。



無数の歯車と、複雑に絡み合った機構。

巨大な時計の内部は、まさしく、鉄でできた迷宮だった。ゼノは、この立体的な地形を利用して、どうにか追撃をかわしていたが、それも時間の問題だった。

やがて、最上階の鐘楼で、三人は、仮面のリーダーによって完全に追い詰められた。


「終わりだ、イレギュラーども」

仮面の男は、ゆっくりと歩み寄ってくる。その体からは、魂への干渉だけでなく、純粋な、高密度の魔力が溢れ出ていた。彼は、魂狩りの中でも、近接戦闘に特化した「処刑人」なのだ。


(勝てない……)

ゼノは、冷静に戦力差を分析し、即座に結論を弾き出す。

フィオラの剣技は強力だが、相手はそれを上回る手練れ。リィナの根源魔法は絶大だが、発動までに時間がかかりすぎる上、一発撃てば彼女の魂が持たない。そして、自分の攻撃など、この男には通じないだろう。

正攻法では、絶対に勝てない。

勝機は、ただ一つ。

たった一度きりの、完璧な一瞬を、この三人の力で、意図的に創り出すこと。


「……二人とも、聞いてくれ」

ゼノは、背後のフィオラとリィナに、囁き声で、あまりにも無謀な作戦を伝えた。

それは、一人が囮になり、一人が足場を崩し、その生まれたコンマ数秒の隙に、全てを懸けるという、綱渡りのような奇策。

失敗すれば、全員が死ぬ。

だが、成功すれば、あるいは――。


フィオラは、一瞬、その作戦の無謀さに目を見開いたが、すぐに、覚悟を決めた顔で頷いた。

「……面白い。あなたの奇策、乗ってあげますわ」

リィナも、こくりと頷く。その瞳に、迷いはなかった。


「さあ、おしゃべりは終わりか?」

仮面の男が、黒い刃を構える。

ゼノは、彼に向き直り、不敵に笑った。

「ああ。――始めようか」



「――はあああああっ!」

口火を切ったのは、フィオラだった。

彼女は、自らの魔力と魂の全てを、一振りの剣に注ぎ込んだ。

魔力剣マナ・ブレード》が、今までで最も青く、そして激しい輝きを放つ。

「奥義――『天狼星シリウス・ストライク』!」

それは、アストリア家に伝わる、最大最強の一撃。光の槍と化した斬撃が、仮面の男の頭部めがけて、一直線に突き進む。


「ほう、見事な一撃。だが――」

仮面の男は、その神速の一撃を、嘲笑うかのように、余裕をもって受け流そうと、その身を翻した。

その、瞬間。


「――《アーツ・バインド》!」

リィナの、祈るような声が響く。

だが、彼女が狙ったのは、仮面の男ではない。彼が、回避するために踏み込もうとした、その足元の床だった!

魔力の蔦が、床の鉄板を砕き、彼の足場を、ほんの一瞬だけ、ぐらりと揺らがせた。

それは、攻撃ではない。ただ、完璧な回避の体勢を、コンマ数秒だけ、乱すための布石。


仮面の男は、フィオラの剣を捌きながらも、足元の異変に、その体勢を、ほんのわずかに、崩した。

常人ならば、気づくことすらできない、一瞬の隙。


だが、ゼノは、その瞬間を、待っていた。


瞬間集中モーメント・フォーカス》!!!


ゼノの世界から、音と色が消える。

時間の流れが、極限まで引き延ばされ、彼の思考だけが、神の領域へと加速する。

フィオラの剣が、仮面の男の頬を掠める。

リィナの魔法が、彼の足元で砕け散る。

そして、体勢を崩した敵の、ガードが、ほんの数センチ、下がっているのが、はっきりと見えた。


(――ここだ!!)


ゼノの体が、弾かれたように飛び出した。

狙うのは、心臓でも、首でもない。そんな場所を貫く力は、今の彼にはない。

ただ、一点。

敵が、黒い刃を握る、その右腕!


彼の、たった一度の人生の全て。

死への恐怖も、生への渇望も。

守りたいと願う、少女への想いも。

好敵手と認めた、令嬢への信頼も。

その、全ての感情を、何の変哲もない訓練用の剣の、その切っ先に乗せて。


この一瞬に、全てを懸ける!


ザクリ、という鈍い音が、時間の止まった世界に響いた。

ゼノの剣は、寸分たがわず、仮面の男の右腕の関節に、深く、深く突き刺さっていた。


次の瞬間、世界の時間が、再び、正常に流れ出す。


「ぐ……ああああああああああああああああッッッ!!!」


時計塔の鐘楼に響き渡ったのは、勝利の鐘の音ではなく、仮面の男の、絶叫だった。

彼の右腕は、関節から無残に砕かれ、黒い刃が、カラン、と音を立てて床に落ちた。

致命傷ではない。だが、戦闘能力は、完全に奪った。


「き、貴様らあああああ……!!」

仮面の男は、使えなくなった右腕を押さえ、憎悪に満ちた目で三人を見つめる。

ゼノは、その場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。全神経をすり減らす、極限の集中の代償は、あまりにも大きい。

フィオラも、リィナも、それぞれの大技を放ったことで、立っているのがやっとの状態だった。


三人は、満身創痍だった。

だが、その瞳には、確かな勝利の光が宿っている。

彼らは、この絶望的な戦いを、乗り越えたのだ。


仮面の男は、駆けつけてくる警備騎士団の足音を聞きつけると、忌々しげに舌打ちした。

「……覚えていろ、規格外のオンリーワン・ソウル。次こそは、必ず、お前の魂を、狩ってくれる……!」

彼は、そう言い残すと、姿をくらました。


後に残されたのは、夜景を臨む、静かになった鐘楼と。

互いの体を支え合うようにして、そこに立つ、三人の少年少女の姿だけだった。

『ブランク』と、『剣聖』と、『無限輪廻の少女』。

交わるはずのなかった三つの魂が、初めて、一つの意志の下に、不可能を可能にした、奇跡の夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ