第14話:規格外の魂(オンリーワン・ソウル)
魂狩りの襲撃が残した爪痕は、徐々に癒え始めていた。
生徒たちの間では、あの日の恐怖はすでに遠い記憶となり、代わりに、ゼノ、フィオラ、そしてリィナという三人の異端な生徒たちへの、尽きない噂話へと変わっていた。
ゼノは、そうした周囲の変化を意に介さず、ただ黙々と、自らに課した日課をこなしていた。朝のランニング、放課後の肉体鍛錬、そして図書館での独学。ソウルガードへの道を漠然と意識し始めてから、彼の生活は、より一層、ストイックなものになっていた。
そんなある日の午後、彼の下に、一通の召喚状が届いた。
差出人は、学園長イライザ・マーロウ。
それは、他の生徒が決して受け取ることのない、彼女の私室である学園長室への、正式な呼び出しだった。
(……来たか)
ゼノは、静かに息を吐いた。
この学園に、自分の意思とは無関係に編入させられた時から、いつかこの日が来ることは分かっていた。自分をこの場所に置いた、黒幕との対面の時が。
学園の最上階にある学園長室は、ゼノが想像していたような、権威的な部屋ではなかった。
壁一面が巨大な本棚で埋め尽くされ、天井には、まるでプラネタリウムのように、精巧な星図がゆっくりと回転している。部屋の中央には、大きな執務机と、客をもてなすための小さなテーブルセットがあるだけ。それは、まるで、俗世から切り離された、一人の観測者のための書斎のようだった。
「よく来てくれたね、ゼノ君。まあ、座りなさい」
イライザは、穏やかな笑みを浮かべて、ゼノに紅茶を差し出した。その所作は、どこまでも優雅で、数日前に学園がテロリストに襲われたことなど、まるで意に介していないかのようだ。
「……何の、ご用件でしょうか」
ゼノは、用心深く、単刀直入に尋ねた。
イライザは、カップを口に運び、香りを一度楽しんでから、静かに言った。
「君は、『魂』とは、何だと思うかね?」
あまりに根源的で、哲学的な問いだった。
「……生命の、根源エネルギー。経験によって輝きを増す、ただの物体。俺は、そう認識しています」
「ふむ。実利的な、君らしい答えだ」
イライザは、くすりと笑う。
「だがね、ゼノ君。それは、この世界の、ほんの一側面に過ぎない。この世界『テラ・アニマ』は、遥か高次元に存在する超生命体――我々が『神』と呼ぶ、『天上の観測者』が創り出した、壮大な実験場なのだよ」
その言葉に、ゼノの背筋が凍った。
「神々にとって、我々人間は、盤上で何度も動かせるお気に入りの駒であり、育成ゲームのキャラクターでもある 。彼らは、魂というエネルギーが、輪廻転生を繰り返す中で、どのように進化し、どのような面白いドラマ(悲劇や喜劇)を生み出すかを、ただ退屈しのぎに観測しているに過ぎない 」
『ディヴィナ・サイクル』は、魂を救済するためのシステムなどではない。神々が、効率よく駒をリサイクルするための、ただの『自動循環システム』なのだと、彼女は言った 。
*
「そして、その壮大なゲーム盤の中に、一つだけ、システムの想定外の駒が紛れ込んだ」
イライザは、その探るような瞳で、ゼノを真っ直ぐに見つめた。
「……それが、俺だと?」
「その通り」
彼女は、静かに、ゼノの魂の秘密を解き明かし始めた。
「この世界のほとんどの魂は、いわば、使い古されたデータを上書きし、再利用しているだけの存在だ。だが、君の魂は違う。一度も、神々のサイクルに組み込まれたことのない、完全なオリジナル。それが、君の正体だ」
ゼノは、息をのんだ。自分が何者なのか、その答えが、今、示されようとしていた。
「システムは、君のような、規格外の魂を認識できない。だから、君の魂歴は『ブランク』と表示される。だが、それは君の魂が『空っぽ』だという意味ではない。むしろ、逆だ。君の魂は、誰の記憶にも汚されていない、唯一無二の、完成された魂なのだよ」
彼女は、その存在を、こう呼んだ。
――『規格外の魂』、と。
「君のユニークスキル《魂魄固定》は、その特性の現れだ 。神々のシステムに登録されていない魂は、システムを介した魂への干渉を、一切受け付けない 。魂狩りの術が君に効かなかったのは、そのためだ。彼らの術は、ディヴィナ・サイクルというOSの上でしか作動しない、ただのアプリケーションソフトのようなものだからね」
全てが、繋がった。
自分の呪いだと思っていた特異体質。その理由が、今、理論的に説明された。
それは、安堵と同時に、自分が、ただの「システムエラー」に過ぎないのだという、一種の虚無感をゼノにもたらした。
「なぜ……」
ゼノは、絞り出すように尋ねた。
「なぜ、あなたは、そこまで知っている? なぜ、そんな俺を、わざわざこの学園に?」
「私は、この学園の長だからね。神々のゲーム盤の、一人の管理者のようなものさ」
イライザは、悪戯っぽく笑う。
「そして、君をここに呼んだ理由……それは、この世界が、少し『退屈』になってきたからだよ」
*
「神々のゲームは、もう何千年も続いている。魂は摩耗し、世界は停滞し始めている。魂狩りのような、システムへの反逆者が現れたのも、その停滞の証だ」
イライザは、紅茶のカップを置くと、その表情から笑みを消した。
「この世界には、変化が必要なのだよ。膠着した盤面を、根底からひっくり返すような、予測不能な『変数』がね」
「……それが、俺だと?」
「そうだ。私は、君という『バグ』が、この完璧に見える神々のシステムに、どのような面白いエラーを引き起こすのか、見てみたかった。そして、先日の襲撃事件は、私の仮説が正しかったことを、見事に証明してくれた」
彼女の言葉に、ゼノは戦慄した。
この女は、あの惨事を、生徒たちの犠牲を、ただの「実験」としか見ていない。その思考は、まさしく、彼女が語る『神々』そのものではないか。
「君は、この世界の秩序の破壊者になるかもしれない。あるいは、救世主になるのかもしれない。それは、誰にも分からない。だが、君が、この停滞した世界を動かす、唯一の鍵であることだけは、間違いない」
彼女は、ゼノに、選択を迫った。
「戦術教官のグッドマンが、君をソウルガードに推薦した。あれは、私の差し金だ。あの部隊ならば、君の特異な能力を、最大限に活かすことができるだろう。魂狩りとの戦いも、いずれ避けられなくなるはずだ」
「……」
「もちろん、全てを拒否し、今まで通り、息を潜めて生きる道もある。だが、君はもう、ただの『ブランク』ではない。魂狩りも、そしていずれは神々も、君という『規格外』の存在に気づくだろう。平穏は、もはやどこにもないと考えた方がいい」
イライザは、席を立ち、窓の外に広がる学園を見下ろした。
「どうするね、ゼノ君? 君の、そのたった一度きりの、唯一無二の人生を、君は、どう使う?」
その問いは、もはや、一人の生徒に向けられたものではなかった。
世界の運命を左右する可能性を秘めた、「プレイヤー」への問いかけだった。
ゼノは、何も答えず、席を立った。
そして、一礼すると、静かに学園長室を後にする。
彼の胸の内には、恐怖、怒り、そして、今まで感じたことのない、巨大な使命感が渦巻いていた。
自分は、ただ生き延びたいと願う、孤独な少年ではなかった。
神々のゲーム盤に投げ込まれた、イレギュラーな駒。世界の理を、書き換える可能性を秘めた、危険なバグ。
扉が閉まる直前、イライザが、独り言のように呟くのが聞こえた。
「期待しているよ、世界の『バグ』。せいぜい、面白いドラマを、見せておくれ」
学園長室から出たゼノは、長い廊下を歩きながら、固く拳を握りしめた。
利用されていることへの怒り。運命を弄ばれることへの反発。
だが、それ以上に、彼の心を占めていたのは、一つの確かな決意だった。
(やってやる)
神々のゲームだというのなら、その盤面ごと、ひっくり返してやる。
俺の、たった一度の人生を使って。
そして、俺が望む結末を、俺自身の手で掴み取ってやる。
規格外の魂は、今、初めて、その存在理由を与えられた。
それは、世界のバグとして、世界の全てに、抗うという、過酷な運命の始まりだった。




