第9話:魂狩り(ソウルハッカー)
ゼノが魂狩りの一人を打ち破ったことで、戦場の空気は一変した。
他の魂狩りたちは、一斉にその行動を止め、警戒を露わにゼノを凝視する。彼らの間に、言葉ではない、思念のようなもので意思疎通が交わされているのをゼノは感じ取った。
やがて、集団の中でもひときわ落ち着いた、リーダー格と思しきローブの男が、ゼノを指さした。
「……ターゲットを変更する。雑魚の魂は後回しだ。あの『ブランク』を最優先で確保せよ。彼の魂は、我々の理想を証明する、貴重なサンプルとなる」
その声は、魔力を通さずとも、ゼノの耳まではっきりと届いた。
(俺が、ターゲット……!)
最悪の事態だった。免疫があるからと、調子に乗って前に出すぎた。魂狩りにとって、神々のシステム『ディヴィナ・サイクル』 に登録されていない彼の魂は、研究対象としてこの上ない価値を持つのだろう。
「リィナ、今のうちに逃げろ!」
ゼノは背後のリィナに叫ぶ。だが、彼女は首を横に振った。
「嫌……ゼノを一人には、できない」
彼女の瞳には、恐怖よりも、ゼノを案じる強い意志が宿っていた。その覚悟に、ゼノは舌打ちする。こうなれば、二人で生き延びる道を探すしかない。
二人の魂狩りが、左右から同時にゼノへと襲いかかった。
もはや、魂への精神攻撃は使ってこない。ゼノに効かないと悟った彼らは、魔力で形成した黒い刃を手に、純粋な物理攻撃へと切り替えていた。
ゼノはリィナを庇いながら、必死にその刃を捌く。だが、相手は二人。防戦一方に追い込まれていった。
*
その頃、広場の反対側では、フィオラもまた死闘を繰り広げていた。
「これ以上、好きにはさせませんわ!」
《魔力剣》 の輝きが、夜の闇を切り裂く。彼女は、数人の下級生を背後にかばいながら、二人の魂狩りを相手に一歩も引かない戦いを続けていた。
彼女の剣技は、まさしく『剣聖』の名にふさわしい。一人一人の戦闘能力では、明らかにフィオラが上回っていた。
だが、敵の戦い方は、彼女が今まで経験してきた騎士同士の決闘とは、全く異なっていた。
魂狩りは、絶えずフィオラの魂に、微弱な、しかし不快な精神攻撃を浴びせ続けてくる。致命傷にはならない。だが、集中力を削ぎ、魔力の消耗を誘う、じわじわと首を絞めるような戦法だった。
フィオラは、自身の魂の力でそれを防ぎながら戦ってはいるが、その消耗は激しかった。
(くっ……! なんという、卑劣な……!)
焦りが、彼女の剣筋をわずかに鈍らせる。
その時、彼女の視界の端に、信じがたい光景が映った。
あの『ブランク』が、魂狩りたちの目的が自分だと知りながら、恐怖に竦むどころか、果敢に敵と渡り合っている。傷だらけになりながらも、その瞳の光は、少しも揺らいでいない。そして、彼はただの一度として、背後にいるリィナから離れようとしなかった。
(なぜ……)
フィオラの心に、再びあの疑問が湧き上がる。
(なぜ、あなただけが、そんな風に戦えるの……?)
自分は、『剣聖の魂』という大義のために戦っている。家名と、国民を守るという貴族の責務のために。
だが、彼は? 何の後ろ盾もない彼が、命を懸けて戦う理由は、一体何だ?
ただ、隣にいる少女を守るため、だけ?
その、あまりに個人的で、純粋な理由が、フィオラには眩しすぎた。
その思考の隙を、敵は見逃さなかった。
「――終わりだ、剣聖の娘!」
魂狩りの一人が、フィオラの防御をすり抜け、その懐へと飛び込んできた。
しまった、と思った時には、すでに遅かった。
*
「お前は、我々と同類のはずだ!」
ゼノと斬り結びながら、魂狩りのリーダーが語りかけてくる。その声は、奇妙なほど理性的だった。
「『ブランク』……神々のサイクルから外れた、自由な魂。なぜ、家畜の側に付く? 我々と共に、この偽りの輪廻を破壊し、全ての魂に『真の安息(死)』を与えるという、崇高な理想のために戦うべきだ!」
彼らは、狂信者の集団だった。
神々の気まぐれな娯楽のために、永遠に続く苦しみの輪廻を強いられる魂を「解放」することこそが、彼らの正義なのだ。
「ふざけるな!」
ゼノは、敵の刃を弾きながら叫び返した。
「お前たちがやっているのは、解放じゃない! ただの押し付けだ! 生きたいと願う者の命も、来世を信じる者の希望も、全て踏みにじる、独善的な暴力でしかない!」
彼は、リィナを振り返る。彼女は、静かに消える運命を受け入れようとしていた。だが、ゼノと出会い、「生きたい」と願った。
彼は、フィオラを思い出す。彼女は、家の呪縛に苦しみながらも、自分の責務を果たそうと戦っている。
「俺は、俺のたった一度の人生を、自分の意志で生き抜きたい! そして、彼女たちが選んだ生き方を、お前たちのような奴らに、勝手に終わらせさせはしない!」
それが、ゼノの答えだった。
一度きりの命だからこそ、その価値が分かる。選択の自由が、何よりも尊いことを、彼は知っていた。
「……愚かな。ならば、力ずくでその特異な魂、回収させてもらうまで!」
リーダーの号令で、魂狩りたちが一斉にゼノへと襲いかかる。
多勢に無勢。ゼノは、リィナを庇いながら後退するが、すぐに壁際に追い詰められた。
万事休す。
彼が、奥歯を噛みしめた、その時。
閃光が、走った。
「――わたくしの学園で、これ以上の狼藉は許しませんわ!」
青白い魔力の刃が、ゼノに襲いかかろうとしていた魂狩りの一人を、横から薙ぎ払った。
そこに立っていたのは、息を切らせながらも、その瞳に不屈の闘志を宿した、フィオラ・フォン・アストリアだった。彼女は、自らの危機を、間一髪で駆けつけた教官に任せ、ゼノの救援に駆け付けたのだ。
「フィオラ……!」
「勘違いしないでちょうだい」
フィオラは、ゼノと背中合わせになるように立つと、冷たく言い放った。
「あなたが何者であろうと、知ったことではありません。ですが、王国の敵が目の前で好き勝手しているのを、見過ごすことはできない。そして……」
彼女は、一瞬だけ言葉を区切った。
「……この学園の生徒が、わたくしの目の前で倒れることは、アストリア家の名誉が許さない。ただ、それだけですわ」
それは、彼女なりの、精一杯の言い訳だった。
だが、背中から伝わる確かな体温が、彼女の本当の想いを、ゼノに伝えていた。
『ブランク』でも、何でもない。ただ、共に戦う「仲間」として、彼女はここに来たのだ。
「……助かる」
ゼノは、短く礼を言った。
ここに、学園で最も相容れないはずの、二人の異端児による、奇跡の共闘が成立した。
魂の歴史を持たない、絶対的な防御者。
そして、剣聖の魂を受け継ぐ、絶対的な攻撃者。
「な、なんだ、あの二人は……!?」
魂狩りたちが、その異様な組み合わせに動揺する。
「行くわよ、ブランク!」
「ああ!」
フィオラの剣が、道を切り拓く。ゼノは、彼女への精神攻撃をその身で完全に無効化しながら、的確な援護で隙を潰す。今まで、あれほど苦戦していた魂狩りたちを、二人は圧倒し始めた。
「……ちっ!」
魂狩りのリーダーは、戦況が完全に覆ったことを悟った。遠くから、王都の警備騎士団のサイレンも聞こえ始めている。
「目的の一つは果たした。撤退する!」
リーダーがそう叫ぶと、魂狩りたちは一斉に黒い煙玉を地面に叩きつけた。強力な閃光と煙が、あたり一面を包み込む。
煙が晴れた時、そこにはもう、魂狩りの姿はなかった。
彼らは、一体何を盗んでいったのか。誰かを攫った形跡はない。だが、言いようのない喪失感が、その場に残されていた。
鳴り響いていた警報が、ようやく止んだ。
後に残されたのは、破壊された中庭と、呆然と立ち尽くす生徒たち。
そして、互いの剣を下げ、複雑な表情で見つめ合う、ゼノとフィオラの姿だった。
平穏は破られた。
だが、交わることのなかった二つの視線は、この日、初めて、同じ敵を前に、確かに重なり合ったのだった。




