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ドクター・ジンマのミステリーカルテ Neo

蛙畸形 ~ドクター・ジンマのミステリーカルテ NEO~

作者: 一飼 安美

 ある日、村の若者が蛙を殺しました。若者によくある激情をぶつけただけならといちいち叱りつける者もおらず、そのときは誰も気にかけませんでした。しかしそれから、すぐのことです。若者の腹には、巨大な腫瘍が現れました。目と口を開いた、蛙のような。村の医師は珍しい形だと思っただけでしたが、頻発したとなれば見て見ぬ振りはできない。若者にできたものと同じ腫瘍が、まるで感染拡大するように村の者たちに広がった。膝に、胸に、尻に。蛙のような腫瘍が、人によっては複数が現れた。かつて栄えた炭鉱跡をわずかな観光資源とするこの村は、奇病の発生を公にはできない。頭を抱えた私の話を聞いてくれる者は、彼しかいませんでした。


「ガスでも出てるんじゃねえの?」


 ……ジンマを名乗った男は、真剣に考えている風でもありませんでした。炭鉱跡の町であれば、ガス中毒の対策は打たれている。そんな幻覚を全員で見るわけがない、と私は言いましたが、わかっている、とジンマは受け流しました。幻覚や幻聴の症状ではないのはあたりがつく、知識はある、と彼はうそぶきます。わずかですが医学をかじったというジンマは、どこでこの奇病を知ったのかと思えば、マンガで読んだよ、と心許ないことを言います。私も多少いらだっていたので、つい声を荒げました。するとジンマは、一から教えてやろうか、と何かを知っている様子でした。


 人間の胎児が人の姿をしていないことは知っているだろう。たった一つの細胞から発生した生物は、その進化の歴史をなぞるように再現して、人の姿を得る。半年もすれば人とわかる姿になるが、その前は違う。細胞は胚となり、消化管、循環器、神経と分化。シッポの生えた両生類のような姿を一度通り、赤ん坊になる。生物の進化とは、延長した体組織が環境の中で存続したものだ、とジンマは語りました。生物は単純な器官から、種の姿になる。その間に、一度両生類を通る。それは蛙に例えられるものだ、そう言っていました。しかし我々は、胎児ではない。つい最近まで日常生活を送っていた一般人の体が、なぜ蛙になるのか。ジンマは、聞いていなかったのか、と繰り返しました。


 生命の体は、延長する。延長するからにはあっち側とこっち側が存在する。胎児であればそれが一方通行、母胎と切り離されれば「もう片方」ができる。こちらに延長することがあれば、生命の進化は傷跡から繰り返す。傷跡からもう一度、進化。両生類を通る。どこに発現するかは、その人物の既往歴に左右され、一概にこことは言えないのだそうです。進化の末に何になるかは知らないが、限られはする……まあ、ごろ寝してテレビ見て、マンガ読んで菓子食って……それで治るんじゃねえの?ジンマは席を立って酒場を去ろうとしました。私は思わず呼び止めましたが、これ以上語る気はないと言います。一から話すとは言ったが、十まで聞かせるとは言っていない。だからここまでだ。……しかしジンマは、少し考えた後もう一つだけ言い残しました。この症例において、一つだけ絶対にやってはいけないことがある。それさえしなければ、これは大した病気ではない。その禁じ手というのが。


「神頼みだ」


 ……治るわけないだろ?そんな当たり前のことを言って、ジンマは去りました。村を襲った病気はしばらくして収束し、発生しかけた霊感詐欺にはほとんど誰もかかりませんでした。私の周りでは。

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