女達の手の平で、男達は踊っていればいい。
「アドニス様っ。わたくし、貴方様にプレゼントをお渡ししたくて、お屋敷によらせて頂きましたのよ」
あああ、うっとうしい。うっとうしい女だ。
エルディーナ・シャレントス公爵令嬢は婚約者の令嬢である。
黒髪で目が茶色の、冴えない令嬢だ。
歳は互いに17歳。
王都にある王立学園に通っていて、今日は休日であり、アドニスはのんびりと部屋で本を読んでいた。
アドニス・ミフェル公爵令息。
アドニスは次男である。シャレントス公爵家は娘がエルディーナしかいないので、いずれ婿入りする予定であった。
自分の容姿には自信のあるアドニス。
黒髪碧眼で、背が高く整った顔のアドニスは、王立学園でも令嬢達にモテる。
そして、アドニスの婚約者であるエルディーナはとても嫉妬深くて、アドニスが令嬢達と仲良くするのが気に入らないようで。
「わたくしという婚約者がありながら、他の令嬢達と仲良くしないで下さいませ」
口うるさく注意してくる。
本当にうっとうしい。
休みの日も王都にあるミフェル公爵家に押し掛けて来て、何かとアドニスに会いたがるのだ。
こんなしつこい女が自分の婚約者だなんて。
アドニスはイラついた。
だから、プレゼントを持ってきたエルディーナに向かって言ったのだ。
「しつこい女は大嫌いだ。休みのたびに押し掛けてくるな。私はゆっくりしたいのだ。お前を連れて街に出かけたくないし、お前の話なんて聞きたくない。お前が婚約者でなければ叩きだしている所だ。今すぐ帰ってくれ」
プレゼントの箱を投げつけた。
エルディーナは目を見開いて、涙をポロポロ流し、
「解りましたわ。わたくし、帰る事と致します」
アドニスは、出ていくエルディーナの背を唖然として見送った。
ちょっと言い過ぎたかもしれない。少し後悔はしたが、エルディーナの事をすっかり忘れて、読んでいた本の続きを読むアドニスだった。
翌日、王立学園に登校し、少しは謝った方がよいのではないか?と、エルディーナに声をかける。
「すまなかった。昨日は言い過ぎた」
「いえ、いいのです。マリア様にご相談致しましたら、わたくしの方が悪いと言われましたわ。ですからお気になさらず」
そう言って背を向けて行ってしまった。
いつもと違ってそっけない。いつもなんだかんだ言って傍にいたがったのに。
そもそもマリア様って誰だ?聞いたことがないぞ。
気になったので、いつも侍らせている令嬢達に聞いてみた。
「マリア様って素敵な方よねぇ」
「本当に。令嬢の中の令嬢。そういう感じで」
「って、マリアってどこの誰だ?」
マリアなんて女知らない。
「男爵令嬢なんですけれども、マリア・ハレス男爵令嬢。マナーとかなっていないんですけどね。恋愛相談なんて乗ってくれて、とても的確で」
「そうそう、可愛い方なんですよ」
ふと、中庭を見てみれば、エルディーナが、桃色の髪の女生徒と話をしている。
「マリア様。貴方のお陰でわたくし悩みがなくなりましたわ」
「それはよかったですっ。私に様はいらないです。私は男爵令嬢なのですから。エルディーナ様」
他の女生徒達もマリアと呼ばれた女性の傍を囲うように、
「マリア様。わたくしの恋愛相談も」
「わたくしもわたくしも」
それから数日のうちに、婚約者のいる他の貴族令息達からも、
「最近、婚約者が冷たくなった」
「俺も俺も。皆、マリアという女に夢中みたいで」
「色々と貢いでいるらしいぜ」
「本当かよ」
アドニスはマリアの元へ行こうとするエルディーナに声をかけて。
「マリアと言う女は怪しい。近づかないほうがいい」
「わたくしの事は気にしないで。わたくしはとても心安らかなのです。マリア様の傍で楽しくお話している方が今は幸せで。だから、かまわないで下さいませんか?」
「君は私の事を愛しているのではなかったのか?あれだけ嫉妬をして、休みの度に家まで押しかけて」
「愛しておりましたわ。でも、ご迷惑だったのですね。今のわたくしはマリア様さえいればいい。貴方にご迷惑はかけませんわ」
これは何かマズいと思った。
だから、アドニスは従兄に当たるユリド王太子殿下に相談した。
ユリド王太子殿下は、
「何か魅了を使っているかもしれないな。ああいう悪女は男に魅了を使って、貢がせるものだが、女か……。そういえば、私の婚約者も……」
ユリド王太子の婚約者は、カレリーナ・アトス公爵令嬢。彼女もマリアという女に夢中で、色々と貢いでいるらしい。
アドニスは、エルディーナに頭を下げて謝罪することにした。
帰ろうとするエルディーナを呼び止めて、
「もう、マリアと言う女に夢中になるのはやめてくれ。君の婚約者は私だ。今まで通り、屋敷に押し掛けて来てくれてもいい。嫉妬してくれてもいい。だから、お願いだ。今までの君に戻ってくれ」
「いえ、その確かに今までのわたくしはやり過ぎましたわ。マリア様に諫められましたの。ですから、わたくしはマリア様の教えを請い続けたいと思っておりますのよ。ああ、偉大なるマリア様っーー」
ショックだった。あまりにもショックでショックで。
結局、ユリド王太子が騎士団を動かして、マリアという女を拘束し、取り調べを行った。
強力な魅了を使って、女子生徒を誑かし、金銭を貢がせていたとの事。
マリアは取り調べで、
「いいじゃない。貢がれても喜ばない婚約者や男どもよりも、私だったら喜んで、その貢物を使ってあげるんだから。それに私の魅了のお陰で、心が軽くなったって人が沢山いるわ。この王国の男どもは威張っていて、ちっとも女性を尊重しない。そんな女性達の心を私は助けてあげたのよ。それの何が悪いの?」
そう供述していると、ユリド王太子から教えて貰って、アドニスはショックを受けた。
ユリド王太子は、
「確かに私も、カレリーナに対して、威張っていたかもしれん」
アドニスも、
「私だって浮気をしていて、うっとうしいと、エルディーナに言って冷たい態度をっ……」
大いに反省することにした。
マリアは学園を退学になり、修道院行きになった。
相談に乗って貰っていた女性達が、寛大な処置をと嘆願書を国王陛下に提出したとの事。
それが認められたのだ。
その修道院には何故か悩みを持つ女性達が、相談に訪れるようになり、マリアはその人達の相談に乗ってあげているという。
魅了の力は封印したはずなのに、女性達は涙を流して、マリア信者が増えているそうだ。
ユリド王太子は、大いに反省をし、カレリーナに対して、横柄な態度を取らないようになったそうだ。
アドニスもエルディーナに謝った。
「今まですまなかった。これからは君を尊重し、大切にする。二度と、浮気はしない」
エルディーナはにっこり笑って、
「わたくしと貴方は政略ですもの。かまいませんわ。ああ、マリア様は市井に降りて、信者を増やしているとの事。わたくし支援して差し上げ無くては」
「君は魅了によって洗脳されていたはずだ」
「それでも、婚約者を大事にしない人を思って、心苦しく過ごすよりも、マリア様はわたくしに安らぎを与えて下さいましたわ。貴方とは結婚致します。でも、わたくしの一番はマリア様ですわーー」
あああ、許しては貰えないのか?
アドニスはがっくりと膝をついた。
「これからはもっともっと君を大切にする。尊重するから。どうか許して欲しいっ」
地に頭をつけて土下座をするアドニスであった。
とある修道院で、フードを頭からすっぽり被って、女性達が建物の中に入って行く。
美しき金の髪のその令嬢はカレリーナ・アトス公爵令嬢だ。
エルディーナ・シャレントス公爵令嬢も傍にいて、他の高位貴族令嬢達と共に、テーブルを囲って、美味しいお菓子を食べ、紅茶を飲んで。
マリアも美味しそうにお菓子を食べている。
「カレリーナ様。私、上手くやりましたか?」
マリアが目をキラキラさせて、カレリーナに聞けば、カレリーナは微笑んで、
「お前はよくやったわ。本当にこの王国の男どもは最低。少しはおとなしくなるでしょう」
エルディーナは労わるように、
「それにしても、マリアだけに苦労を押し付けて」
マリアは首を振って、
「私、こうして人々の悩みを聞く仕事って大好きなんです。特に女性達はいまだ苦しんでいる人が多くて。私、これからも女性達の為に一生懸命働きますね」
カレリーナもエルディーナも満足げに頷いた。
全ては女達の手の平で、男達は踊っていればいい。
未来の王妃様がこのように強かで安心だと。
その場にいる令嬢達は皆、そう思った。
貴族令嬢達は、皆で談笑しながら、お茶会を楽しむのであった。