イッペイはニャンブル依存症
「……」
ニャームズは憂鬱そうな顔で自らの狭い額に葉っぱを押しつけていた。
私とイッペイはそれを無言で見つめている。
「……ふむ」
次の葉っぱを額に持ってきてまた目を閉じるニャームズ。
イッペイにとっては奇妙な光景だろう。
一度私も聞いたことがあった。
『その行為に何か意味があるのか?』と。
ニャームズは「これは読書だ」と言った。
いくら猫の中で一番頭が良いニャームズとはいえ、脳に無限に知識は詰め込めない。
彼は葉っぱに記憶を移す。
葉っぱに移した記憶は無くなるが、その葉っぱを額に当てると記憶が蘇るという。
そしてニャームズはこれを『人間で言う所の読書に近い行為ではないか?』と
言った。
確かにこれは読書だ。
人間から見たらゴミにしか見えないだろうが、ニャームズがレジ袋に詰め込んだ葉っぱ達は彼の記憶であり知識なのだ。
彼は今、シューヘイの住む町。別名『シューヘイタウン』の地理や住人についての記憶を思い出していた。
シューヘイタウンには正式な名前があるが、今はシューヘイブームでシューヘイタウンと呼ばれる事が多い。
「なるほど。シューヘイタウンは実に退屈な街です。いや、褒めているのですよ。僕の記憶に残るような大きな事件は無いって事です。言い換えれば平和ですな」
「……へぃぃ」
「で? ギャンブルで借金が62ドリということで」
「はい」
イッペイが私達を訪ねてきたのは夜22時頃だった。
シューヘイは睡眠をとても大切にしており、10時間は寝るらしい。
イッペイはシューヘイが寝たのを確認しやって来たという。
「まさかあなたがあの世界一のニャー探偵とは……先日は失礼をしましたぁ」
「いいですいいです。さっ、お話を続けて」
ニャームズはお世辞の匂いを感じたようだ。
彼は心からの賛美にはデレデレになる程に、褒められるのに弱いが、お世話は大きらいというめんどくさいオスなのだ。
「……ワシはギャンブル。いや。ニャンブルの沼にいつのまにか肉球までどっぷり漬かっていたのです」
ギャンブル……いや。ニャンブル中毒か。
猫を対象としたギャンブル。噂には聞いていたが、まさかイッペイがそうとは。
ニャンブルの根底には『猫を小馬鹿にする差別意識』があるので多くの猫はニャンブルに良いイメージを持たない。
「はじめは『あの猫はオスかメスか?』ぐらいの可愛い賭けだったんですぅ。相手もソシナだけだったのにソシナ、アノ・チャン、ミヤサコ、ヒカル……いつの間にか合計62ドリも」
「賭けに美醜はないでしょう。つまりあなたの依頼は借金返済のプランを僕に練ってほしい。そして借金の取り立てを辞めさせたい。そうですね?」
「はいぃ」
ニャームズはあい変わらず憂鬱そうだが、ニャンブルについてどうこう思っているわけではないだろう。
彼もまた中毒者だった。
毎日毎日タマネギを齧っていた。
彼は現在進行系で中毒になっているイッペイに嫉妬しているのだ。
ニャームズはまた中毒者に戻りたがっている。まぁ私が何度でも止めるが。
私には彼の嫉妬が理解できているが、イッペイからしたら不機嫌にしか見えないのか不安そうだ。
もしここでニャームズに見放されたらもう頼れる動物はいない。
いたとしてもニャームズより優れたアドバイスはくれないだろう。
「まぁ。ニャームズ。私の好きな言葉にこんなものがある。『困った時はお互い様』。どうかその精神で彼に救いの肉球を差し伸べてくれないか?」
「君はいつも差し伸べるだけじゃないか。作業する肉球はいつも僕のものだ。世界的ニャー探偵の僕をここまでこき使うのは君ぐらいだよ。あーあ仕方がないね」
ニャームズは依頼を引き受けてくれた。
いつものお気に入りのソファーに座り、イッペイを招き入れた。
部屋の奥は彼のプライベートオフィスなのだ。
依頼を受けてくれると分かったイッペイは饒舌になった。
「シューヘイはエンガワスで大人気です。グッズ売り上げもナンバーワンでさぁ。来年の収益は大変なものになるでしょうなぁ。それにここだけの話。ドジョースからスカウトが来てまして。契約金は2千万はくだらないハズ。流石カバディー界のスターですなぁ。何とかシューヘイのお金を奴らにバラ撒く事でなんとかなりませんかぁ? こう。ソシナの焼肉屋が儲かることでソシナの餌がグレードアップするじゃないですかぁ? それで勘弁してもらえ……」
「イッペイさん」
これは本当に不機嫌になってしまったな。
ニャームズが怒ると空気が凍る。
冷房マックス。または屋根と床が一瞬で氷になったような冷たさ。
「シューヘイの収入があなたの借金に何の関係があるので? 肩代わりを考えるのは辞めましょう」
「……はいぃ」