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ソシナの店の名前はミキ

「……マイネームイズ・ニャトソン。アイムキャット。アイムユアファン。アイラブベリーベリーユー……」


「シューヘイの事がとにかく好きらしいぃ」


「うんうん。僕のファンかな? ありがとう」


 イッペイの通訳のおかげで私の気持ちはシューヘイに伝わっているようだ。

 

「しかしイッペイは凄いね。動物と人間の通訳だなんて」 


「いやいやぁ。シューヘイとはガキの頃から一緒だから何となくねぃ。それに内容は伝わってねぇよぉ。ワシは感情を伝えてるだけさぁ」


 それでも十分に凄い。動物が人間に感情を伝えるのは難しい。

 機嫌が悪い時に撫でられる時もあるし、機嫌が良い時に放って置かれる事もある。

 人間は動物の中で唯一言葉が通じない厄介な種族だ。

 理解する気もないのか機械でこちらの気持ちを知ろうとする。

 ただの『ニャー』を『大好きだニャー』などと翻訳されても困る。

 ニャームズは人の心を掴むのが天才的に上手いが、意思を伝えることの出来るイッペイの方がその辺は優秀かもしれないな。


「猫君。これをあげよう」 


「……これは!?」


 シューヘイのサイン入りペットボトルキャップだ。

 『S』か。読み方は分からないがカッコいい。

 私はペットボトルキャップを虫かごの中に大事に大事にしまった。

 後でニャームズに自慢しよう。


「シューヘイが『良かったら食事をしないか』だってよぅ」


「いやぁ! それは悪いよ!」


 とは言ったもののシューヘイと一緒にディナーだなんて今後一切チャンスはないだろう。

 しかしシューヘイには多くのファンがいるのにこんな抜け駆けみたいな真似いいのか? 一ファンというのを自覚して辞退して去るべきか? いやいや本当のファンだからこそシューヘイの誘いを断るなんて無礼な事じゃないか? ああどうしよう? バナナはおやつに入るのか……と私が考えている間にシューヘイはシャワーと着替えを済ませており。

 スタジアムから出た私はイッペイの背中に乗ったままタクシーに乗り、シューヘイの自宅の前まで来ていた。

 スターの自宅に押しかけてしまった。

 明日からあだ名がフジとかニッテレとかになったらどうしよう?


「じゃあ行こう」


 3階建てのビルの1階にある『小川ちいかわ』という元和食居酒屋がシューヘイの自宅だった。

 驚いたことにシューヘイは1人暮らしだ。

 元居酒屋だけあり、棚には酒のボトルが並び、カウンターもあったが、床に段差は無く、壁には手すりがある。


「適当に作るから待ってな」


 カウンターに立つシューヘイ。

 驚いたなぁ。火を使った料理まで出来るのか。

 いったいこの男は一人で何刀流こなすのか?

 私はテーブル席のソファーに座り、イッペイと談笑した。

 低脂肪乳ですっかり機嫌よく出来上がったイッペイは彼らの写真を見せてくれた。


「シューヘイが子どもの時の写真だよぉ。お互いでっかくなったよねぇ」


 子犬の時のイッペイとランドセルを前向きに背負うシューヘイと父親であろう男。

 母親は? いや。それは家庭の事情だ。

 想像するだけ野暮だ。

 シューヘイのランドセル姿。眼福ってやつではないか。うむ。


『ドンッ!』


「ほうっ!?」


 突然の窓ガラスが強く叩かれる音に私は驚いて後ろにスッテンコロリンしてしまった。

 窓の方を見ると歯茎をむき出しにした白いポメラニアンがいた。

 小型犬の方が気性が荒いことは割と知られているが、ここまで殺意むき出しの犬は久しぶりに見た。

 

「ソ……ソシナさん」


「うりぃあ! イッペイ! いつになったら払うんじゃい!」


「……いまお客さんが来ててねぃ」


 大型犬のラブラドールレトリバーが小型犬のポメラニアンに頭を下げている。

 

「知るけぃっ! お前の負け分。62ドリしっかり払わんかいっ!」


「……来週には……来週には」


 62ドリ!? ドングリ62個という意味だ。

 彼らの言うドングリはただのドングリではない。

『1センチ以上のトゲのない帽子(殻斗)』『僅かな凹凸もない滑らかな表面』『顔が映るほどピカピカ』『コマとして遊ぶのに最適な丸みを帯びた先端』を持った奇跡のドングリの事である。

 私は6年も生きているが、そんなドングリはニャームズのコレクションでしか見たことがない。

 つまり62ドリはほぼ『一生かかっても払えない』額だ。


「……待ってくだせぇ」


「今ここから見えるシューヘイに全部話してもいいんだぜ? 敬意を見せろ」


「敬意がないわけではないんでさぁ。それにシューヘイにはワシの言葉以外は通じないかとぉ……」


「てめぇ!」 


「落ち着いてください!」


「なんやねん猫! お前も利用されるで!」

 

 見てて気分の良いものではないので、間に入って話を聞いた。

 ソシナは隣町にある焼肉屋の飼い犬らしい。

 ソシナはかなり興奮していて何を言っているかほとんど分からなかったが最後は『この猫さんに免じて今日は帰る』と言い帰ってくれた。

 私は説得というものが苦手だが、話を聞くのは得意だ。

 20分だけたっぷりと反論せず否定せず

で話を聞いた。

 ソシナは誰かに話を聞いて欲しかったのだろう。

 最後は可愛いポメラニアンの顔に戻ってスキップで帰った。

  

「……助かりましたぁ」


「いやいや……しかし62ドリとは?」


「出来たよ!」


 借金の事情とソシナの『利用される』の意味を聞こうとしたがシューヘイの料理が完成したようだ。

  





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