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プリーズ・ノーギャンブル・ミズハラ

『シューヘイ! カムバーック!』


『アイラブ・シューヘイ!』


『シューヘイ! オートグラフプリーズ!』


『ミズハラサーン! ノーギャンブル!』


 試合が終わり、スタジアムからシューヘイが去ってもシューヘイファンの熱はまだ冷めないのかバックヤードにまで歓声が届いている。

 シューヘイファンは正直者でマナーを守るジェントルな人達ばかりなのだが、熱が凄い。

 この季節に彼らは暑すぎる。


「よぉ。悪かったねぇ。背中に乗りねぃ」


 イッペイが背中に乗せてくれた。


「こりゃあどうも」


「シューヘイがあんたらに謝りたいとさぁ」


 ペットボトルが頭に当たったぐらいで謝りたいとはシューヘイはなんていい奴なのだ。

 なんと私とニャームズはシューヘイのいるロッカールームへ招かれた。

 憧れのシューヘイとの対面が近づき乙女の様にワクワクドキドキしている私に対してニャームズは左目を薄目に、左の牙をチョロリと出しお手本のような『苦虫を噛み潰したような顔』をしていた。


「ニャームズ。なんだその顔は? こうなる事は計算済みだったのだろう?」


「……そうだったんだが。心が苦しくなって来たんだ」


 他のファンに抜け駆けしているようで悪いとかか? ニャームズはそんな繊細な猫だったか? 先ほどまで身勝手の極意だなんだと騒いでいたのになんだこのテンションの高低差は? 私とニャームズの温度差がありすぎてイッペイが風邪を引かないか心配だ。


「君はシューヘイが好きか?」


「もちろんさ」


「シューヘイはどんな人だと思う?」


「歴史に残る最高のスポーツマンだと思うね。それを今から確かめられる。とてもドキドキするよ」


「君がそう思うなら僕もそう思うよ。シューヘイは素晴らしい」


 ニャームズは何が言いたいのだろう?

 タバコのおもちゃを取り出して口に咥え遠い目をしだした。

 喫煙者には辛い時代だとニャームズは嘆く。

 彼は煙を愛するオスだが、人が多い場所や室内では先端が赤くチカチカ光るだけのタバコを吸った。

 煙がないのが不服なのか表情はますます歪む。

 どれだけ歪んでも私よりはハンサムなのだが。


「これこれぃ。タバコはやめてぃ」


 イッペイに注意され渋々タバコをしまった。


「……この辺に喫煙ニャーはあるかい?」


「無いよぅ」


 喫煙ニャー。猫スポットである。

 猫が好きな時に集まり、好きな事をして好きなだけいられる場所。

 猫スポットとか猫聖地とか猫ランドとか猫や人によって呼び方が違う。

 私はタバコは吸わないが、近年喫煙ニャーは減少の一方だ。

 猫と話をし、猫と遊べる場所。

 人間たちはもっとそういう場所を大切にしてほしい。

 いつまでも。あると思うな。猫の場所。


「……困ったなぁ」


 ……本当にこのオスは。

 私はとうとうロッカールームの前にたどり着き、心臓が頭に移動してきたように緊張している。

 脳がドクンドクンと鳴り、身体中に熱い血液が流れる。


「シューヘイ。入るよぉ」


 イッペイが頭で扉を叩くとエンガワスの選手の一人が扉を開けてくれた。

 おお。彼はコタロウ。あっちにはユウト。

 エンガワスの『トラウト』コンビ。

 そしてロッカールームの一番奥でベンチに腰掛けているのが…… 


「シューヘイ!」


「連れてきてくれたか?」


 サングラスをかけた大男が立ち上がる。

 公表193センチ。デカイ。

 

「君たち。さっきはペットボトルを当ててしまって悪かったね」


「お……お気になさらず」


「気にしないでくれってさぁ」


 イッペイがシューヘイの横に立ってワフワフと鳴くとシューヘイはうんうんと頷いた。


「そうか。許してくれるのか」


 驚いた。人間に犬語が分かるわけではないだろうが私の気持ちは伝わった。

 シューヘイとイッペイの絆はすごいなぁ。

 イッペイは盲導犬でありながらシューヘイにとって動物と人間の通訳でもあるわけだ。


「イッペイさん。シューヘイには今日の試合。感動したと伝えてくれ」


「おい。ニャームズ。もう帰るのか?」


「さっき置いてきたCOINの返信が気になるんだ。多くの事件を抱えてるしね」


 それを言われて少し胸が痛くなった。

 ニャームズは私とは比べ物にならないほど多忙なのだ。

 動物たちはおろか人間にも頼られる世界一のニャー探偵だ。

 昨日の今日でカバディー観戦に誘ったのは強引だったかもしれない。


「嘘が辛くなってきた。嘘っては一度つくと増えることはあっても減ることはない。どこかで断ち切らなくてはいけないんだよ。今している仕事はその嘘を断ち切る仕事だ」


「……嘘を断ち切る? 君は何か嘘をついているのか?」


「……似たようなものかな。ニャトソン。君は良いなぁ。嘘をついてもすぐバレるから結果的に嘘をつけない。さて。世界的な事件と向き合おう」

 

 ニャームズは去っていった。

 ニャームズの抱えてる世界的で嘘を断ち切る仕事とは何だろう?


「あんらぁ。不思議なオスだねぃ」 


 イッペイはキョトンとしている。

 私はもう慣れているがやっぱりニャームズは掴みどころのない性格をしている。

 あと『嘘をついてもすぐバレる』は少し馬鹿にされた気がするぞ。


 



 

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