ぬん。ねこのこ
試合は前半はエンガワスがリードしていたが、後半そうそうでヤンキースが追いつき、苦しい展開になってきた。
ノモヒデオはビールの入っていた紙コップを握りつぶして私は肉球を強く握りヤジを飛ばす。
「バカヤロー! シューヘイをいきなり出すからだ! マスコミウケを狙うな! カバディーは個人競技じゃねーんだよ!」
「ニャーだ! ニャーだ!」
ノモの言う事は分かる。
シューヘイの『Ultra Instinct』。
ニャームズの言う『身勝手の極意』は一人で攻める時は強いが、みんなで守る時はかなり力が軽減される。
目が見えないシューヘイにとって自陣には人が少ない方がいい。
味方がシューヘイの動きについてこれていないどころかシューヘイと衝突する事もあった。
それでも身勝手の極意の力は素晴らしく、ほぼシューヘイ一人の力で攻めて守っていたが、後半になってスタミナが無くなってきたシューヘイが捕まることも増えた。
それとは対照的にヤンキースの選手たちの動きは素晴らしい。
ワン・フォー・オールの精神だ。
誰がどうしたいかが分かっている。
ハッキリ言ってしまうが、エンガワスはシューヘイのワンマンチームだ。
……これは今日も負けが濃厚か
「……驚いたよ。人間が身勝手の極意を使えるとは。まぁあれは兆しってとこだが」
ノモと私の絶叫を横にニャームズはずっとシューヘイを褒め称えていた。
このオスがここまで人間を褒めるのは珍しい。
『試合……しゅーりょー!』
残酷にもホイッスルが鳴った。
3点差でエンガワスの負け。
勝てる試合だっただけに悔しい。
ホームグラウンドでの敗北に地元ファン達もガッカリしている。
フィールドにはゴミが投げ入れられた。
「バッキャロー! 金返せ!」
ノモが紙コップを投げたので、私も近くをトコトコ歩いていたアリを肉球に乗せてそれをグラウンドに投げ入れようとした。
「そうだ! 金返せ!」
アリはしっかりと肉球にしがみついて離れなかったのでそのまま地面にそっと逃がした。
投げようとしてごめん。
よく考えたら私は1円も払っていない。
そこまで怒ることは無いし、別に怒ってもいない。
私はシューヘイを見に来ただけなので、なんなら満足している。
怒っている人間ごっこがしたかっただけだ。
「俺が現役だったらなぁ……」
「ほぅ? 現役だったらどうなんだ?」
「ああん? かかかかか監督!?」
ノモに話しかけて来たのは穏やかそうな老人だった。
縦にも横にもデカいノモが萎縮して小さく見える。
ノモの知り合いだろうか? いや。私も彼には見覚えがある。
このブルーのジャケットはまさか。
「お久しぶりです! クリヤマ監督!」
「ん」
クリヤマ監督!? 現在ニャ・リーグでトップに君臨する名門。土壌街『ドジョース』の監督だ!
「今日は驚きの連続だ。彼もまた身勝手の極意の使い手だ」
ニャームズは私に猫耳打ちをした。
確かに名門チームの監督なのに全くオーラも気配も感じなかった。
クリヤマ監督はよっこらせとノモの隣に座り、ノモは背筋を伸ばしピンっとクリヤマの前に立っている。
こんな姿勢の良いノモは初めて見た。
「お前ならもっとシューヘイの邪魔になってただろうよ。現役の時のお前は『トルネード野郎』で有名だったもんな。攻めも守りもトルネードだった。敵も味方もふっ飛ばして……ふふ」
ノモの顔は真っ赤だ。酒で酔って赤いわけではなさそうだな。
本当にノモはカバディーの元プロだったのか。
しかも名門ドジョースの。
あそこまでカバディーに詳しく熱いのも合点がいった。
「……いいよなぁ。シューヘイ」
クリヤマ監督の視線の先にはベンチでエンガワスの監督に怒鳴られているシューヘイの姿。
スポーツドリンクのボトルを強く握りしめている。
シューヘイがいなければボロ負けだったろうに、あれだけ怒鳴られたらそれは腹が立つだろう。
「ウチに欲しいよなぁ」
凄い事を聞いてしまったぞ。
ドジョースがシューヘイを欲しがっている!? ドジョースでならシューヘイも100パーセントの力で戰えるだろう。
万年Bクラスのエンガワスではたどり着けないWKC(WORLD・kabaddy・CLASSIC)出場も夢じゃない!
これはオフシーズンの交渉戦も目が離せない……。
「クソっ!」
シューヘイがグラウンドに叩きつけたペットボトルが宙を舞い、フラフラとこちらに飛んでくる。
私はそれをボーっと見ていたが、避けなければと思った。
いくらのんびり屋の私でもこれは避けられる。
「かしこまれ! ニャトソン!」
「はいっ!?」
突然ニャームズに命令されたので反射的に従ってしまった。
猫背を真っ直ぐにしてピーンと立つ。
「ぬん」
私の頭にボトルが『ポコン』と当たった。
ねこぽこペトボトペトたんたん