うんちはうんち
「答えはここにある」
ニャームズは私が布を被せて隠していたネコトイレを肉球で指した。
トイレには先ほど私がした……
「そこにあるのはうんちだ」
「そう。うんちだ」
彼は私のことをうんちだと言いたいのだろうか? デブだのマヌケだの猫界のカビパラだの色々なアダ名を付けられた事はあるが、うんちはあんまりだ。
いくらのんびり屋の私でも3日は受け入れ難いあだ名だ。
「このうんちは臭いね?」
「うんちだからな」
「臭いってのがおかしいんだ。我らがフジンは猫の健康を考えた食事を提供してくれている。じゃあなぜ君のうんちは臭いのか?」
「ハッキリ言えよ。私のアダ名は今日からうんちなのか?」
傷つくのは早ければ早いほど良い。
その分治りも早い。
私は今日からあだ名がうんちになる覚悟を決めた。
「君はよそでエサを貰っているね?」
「おぅっ!?」
予想していない答えだ。
「君にうんちが臭くなるエサを与えているのが君の新しい友人かい?」
「……ううむ」
「ここ数日の君のウンチング・ハイは異常だった」
ウンチング・ハイ。猫が自分のうんちを嗅いで何故かハイテンションになってしまう症状だ。
うんちが臭ければ臭いほどハイになってしまう。
先ほどのカバディー発作もウンチング・ハイから来ている。
うんちは猫にとって一種のドラッグなのかも知れない。
ニャームズは私と出会った時、「これは脳の薬だ」と言い、猫にとっては劇薬であるタマネギを好んで齧っていた。
私は友情をもってそれを辞めさせた。
あれから5年は経つが、タマネギの後遺症なのか彼はタバコのおもちゃを吸う。
彼が一生懸命ドラッグの後遺症に耐えているのに私だけうんちでハイになっていいのだろうか? 何だかすごく申し訳なくなって来たぞ。
「じゃあ君もうんちを嗅いでハイになってもいいよ」
私は前足で猫トイレを押してニャームズにうんちを近づけた。
「うんちが臭くなるって事は動物性のタンパク質食品。肉だろうね」
ニャームズは私のことを無視し、推理を続けながら前足で猫トイレを押し返してきた。
遠慮することないのに。
こういうスマートな所がメスにモテるんだろう。
「君は毎日シューヘイを観にスタジアムに行く。スタジアムの食べ物なんてファストフードばかりだろう。同じエンガワスのファンからファストフードを貰っている……衣を剥がしたチキンかフランクフルト……違うかい?」
「いや。参ったよ。全くその通りだ」
ウンチング・ハイだけでここまで分かるとは。
「ファストフードばかり食べていると怒りっぽくなるのはデータが全てを物語っている。太っているという推理もそこから来ているんだ」
「君の推理はまるで魔法だ」
「君は何度それを言うのだろう? 飽きずに何回も言う。君と友達でいる内は諦めなくてはいけないね。では僕も何度でも言おう『推理とは知る事と観察する事』だ」
ニャームズの推理はいつもそうだった。
聞いてさえみれば「ああ何だそんな事か」と思うことばかりだ。
「そんな怒りっぽい氏だが、君に毎度エサをくれるなら猫好きなのは間違いない。理解できたかい?」
「うむ」
私は怒りっぽくて肥満気味のノモ・ヒデオの顔を思い浮かべた。
一度ノモが「俺も昔は結構なドジョーリーガー(カバディープレイヤー)だったんだ」と教えてくれた事を思い出す。
トルネードタッチなる必殺技で次々と相手をタッチして素早く陣地に戻る……今のヒデオの体型では想像も出来ないが、フランクフルトを分けてくれる彼はいい人間だ。
本当の事なのだろう。
「さてニャトソン。カバディー好きの君にクイズだ」
「受けて立とう」
今の私はカバディー・マニアだ。
自信しか無い。
カバディーは実は意味の無いコトバで、意味がないからこそ余計な事を考えず連呼出来るって事か?
それともディフェンスの時は基本二人一組でどちらかがパートナーの手首を握り、囲い込む様にプレッシャーをかける事か? あえて自分の陣地一歩手前で止まり、敵が捕まえに来た所をタッチして戻る事か? いつも自信満々のニャームズに知識で一泡吹かせる時が来たようだ。何でも来いっ! 全問正解してギブアップと言わせてやる。
「カバディーの『始まり』とは?」
「ギブアップ」
「その昔。インドでカバから畑を守る為に命がけでカバを囲んで追い返す人達がいてね。彼らの事をカバディーと呼んだ事が始まりと言われている」
「へぇ〜」
深い。カバディーは勇者のスポーツと言うことか。
確かにコートに立つシューヘイは勇者その者だ。