人間はすぐに猫をパクる
「ヘイッ! ドッグシー!」
「おまたせしましたっ!」
「おやっ!?」
曲がり角から飛び出してきたのはミニチュアシュナウザーのケーブだった。
私とニャームズは犬の背から犬の背に飛び乗った。
うーん。懐かしいこの狭さと乗り心地の悪さと頼りなさ。
「ケーブ。どうして?」
「ニャームズさんからCOINでシューヘイと犯人を追えと命令されたのでね! 自慢の鼻で追跡しておりました!」
「ははぁ」
流石ベテランドーサツ。突然の依頼にも動揺せず仕事をこなす。
シューヘイシューヘイとパニックになっていた私とはエライ違いだな。
「犯人はシューヘイ氏を連れて。ある家に隠れておりました。そこに向かいます」
「決して吠えなかっただろうね?」
「ええ! 『犯人を刺激せず、バレない距離で観察しろ』。その命令は守りましたぞ!」
「素晴らしい!」
「えへへ」
ああ笑った顔も変わらないなぁ。
もともとおじさん顔のミニチュアシュナウザーのケーブの顔がくしゃくしゃに歪み目が細くなる。
おじさんというよりおじいさんだ。
「あぶないっ! 通り過ぎるところでした! ここです」
辿り着いたのはごく普通の一軒家だった。
明かりもついており、カーテン越しだが人影が見える。
しかし誘拐現場にしてはなんかこう。
緊張感が足りない?
「ここから二人は車に乗って件の電話ボックスに向かいました」
「……うーん」
ニャームズが肉球をアゴに添えて考え始めた。
こうなっている時の彼の頭の中は宇宙で、我々が口を出せることはない。
彼が宇宙から真理をもって帰ってくるまでジッと待つしかないのだ。
「僕が8割。クリヤマが5割気がついている。クリヤマの意見が聞きたいなぁ」
ニャームズが人間に意見を聞きたいだなんて珍しい! しかしクリヤマ? クリヤマが何に気がついているのだ?
「ケーブ。Nシステムはどうなっている?」
「当然作動していますとも!」
「Nシステムを!?」
Nシステム……『ネコシステム』。
猫一匹一匹が車のナンバーを覚えておくシステムである。
これにより、不審な車両の早期発見。
特定の車両の居場所特定に大いに貢献する画期的なシステムである。
どうやら日本の警察も同じ名前の同じ様なシステムがあるらしいが、本当に人間はすぐに猫をパクる。
でもいいよいいよ。猫は優しいから許してあげる。
「Nシステムはシューヘイタウンを囲む様に配置している。怪しい車両があったらすぐに分かる。では我々はシューヘイの家に戻ろう」
「もう戻るのか?」
「うん」
いや。私は危険な目に会いたくないからそれでもいいのだが、いつものニャームズらしくない。
てっきり「では多少危険な目に合うかもしれないが、あの家を調査しよう」ぐらい言うと思っていた。
ドッグシーに乗ってシューヘイの家に帰ると何やら空気がピリピリしている。
「クリヤマさん! どういう事です!」
クリヤマがイラブに怒鳴られている。
どんな状況だ? シューヘイのそばでお座りしているイッペイに事情を聞いてみた。
「イッペイ。何が起きたんだい?」
「ニャトソンさん。クリヤマが犯人に渡したのはどうやら『偽札』ってやつらしいです」
「偽札ぅ?」
語感から察するにニセモノのお金って事か?
「怒った犯人から電話がかかってきて……それでイラブが『もし犯人がその場で偽札に気がついてシューヘイを殺してたらどうするつもりだったんだ!』って」
「言いたいことは分かるが。あれは無いだろう。ひどいよ」
先ほどまでまるで神のようにクリヤマに頭を下げていた住人達が指を指してクリヤマを怒鳴りつけている。
「用意してあるからとは言ったけど本物とは言ってないよ。もっと言えば金とも言ってない」
「あんたねぇ!」
うーん。クリヤマは度胸があるな。
あれだけ怒鳴られてもヘラヘラしている。
「偽札かぁ。ニャームズ。これはクリヤマに一本取られたな」
「……? 何言ってるんだニャトソン。僕は偽札だと気がついていたよ。言ったろ? ツルツルして面白いよってね。あんなツルツルしたお札は可笑しいんだよ」
「……だから笑ってたのか」
ニャームズとクリヤマ。
変人と変猫同士仲良くなれそうだなと思った。