猫の肉球でもスマホが反応する
警察には言えない。身代金は用意できない。
事態は最悪なのではなかろうか? シューヘイを助けるためにできる事はない……私がそう思った時だった。
「お邪魔しますよ。おや。なんか騒がしいね」
名門ドジョース監督のクリヤマだった。
クリヤマは来季の契約の件でシューヘイを訪ねてきたらしい。
これは幸運だ。
イラブを中心とした街の住人達がクリヤマに事情を説明した。
事情を説明した後にイラブはクリヤマに金を貸してくれと土下座し、住人達もそれに続いて土下座をした。
「クリヤマさん! お願いします!」
「シューヘイが誘拐? 二億。二億ねぇ。こんな時の為に俺は用意してあるから払えないことはないけどさ。シューヘイがドジョースに来てくれれば1年で元は取れるし。よし! 払おう」
「監督! ありがとうございます!」
ふぅ。どうやらお金の方はなんとかなる様だ。
とりあえずお金が無くてシューヘイが殺される最悪の展開は免れた。
しかしまだシューヘイと現金の交換が済むまで安心は出来ない。
私はなんて無力なんだろう。
シューヘイが心配なのに待っていることしか出来ないだなんて。
「ニャトソン。これを見ろよ」
ニャームズが私に見せてきたのはイラブがカウンターに置いていたスマートフォンだった。
このゴタゴタに紛れて盗んできたのか?
ニャームズの爪の一つにはスマートフォンが反応するステッカーが貼ってあるので、彼は着信履歴とやらを開いて見せた。
液晶には数字がずらりと並んでいる。
「どれが犯人かな? こちらからかけ直そうか?」
「や……やめろ」
犯人を刺激する様な真似をしてシューヘイが危ない目にあったらどうするのだ。
電話に出たらニャーニャー言われて怒る可能性もある。
「それは冗談として。犯人からの電話はまだかな。場所を指定してくれなきゃ払いようがない」
ペンペロ・ペペロペロ・ぺぺぺぺポン♪
ニャームズがスマホをカウンターに戻した瞬間に着信メロディが流れた。
イラブが目を大きく見開き、人差し指を鼻の頭に添えて『静かにしろ』というジェスチャーをした。
「もしもし? ああ。ああ。もちろん警察には連絡していない。シューヘイは? 本当に無事なんだな? シューヘイに傷一つ付けてみろ……うん。うん。うん。貴様っ! 分かったよ」
話が終わった様だ。 後半は何やら怒っていたようだったが大丈夫なのか? とりあえずシューヘイは無事らしいが。
「……クリヤマさん。犯人が身代金を三億に値上げしてきました。どうしましょう? 何とか交渉しましょうか……?」
「あぁら」
クリヤマは腕を組んで天井をしばらく見つめた。
そしてうんうんと強く頷き、イラブの肩を叩いた。
「男クリヤマ。ここまで来たら二億も三億も変わらねぇ。俺は払うと言ったら払うんだ。三億! 払わせて貰うよ」
何人かの住民が膝をついて泣き出した。
シューヘイを町の宝とする彼らにとってシューヘイを助けるために身代金を払うクリヤマが神にでも見えているのだろうか。
「馬鹿と天才は紙一重と言うが彼はどちらだろう? 馬鹿にしても天才にしても善人だとは思うのだが……」
ニャームズが珍しく戸惑っているように見えた。
確かにクリヤマは掴みどころのない男に思える。