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イラブヒデキはハンシンにいた

「へいっ! ドッグシー!」


 アパートを出てすぐにドッグシーを呼んだ。

 ドッグシーは犬のタクシーである。

 5年間ほど私達の愛犬は動物のケーサツ。ドーサツのミニチュア・シュナウザーのケーブだったのだが、ケーブは小型犬であり、老犬でもあったので、最近はもっぱら若いドッグシーを使っている。

 新しいドッグシーはブルドッグであり、背中も広く揺れも少なく乗りやすいのだが、私は今でもケーブのあの小さい背中にニャームズと無理やり二匹で乗った事を思い出す。

 揺れは激しく落犬する事もあったが、彼は最高のドッグシーだった。

 思い出とは勝手に美しくなる。


「嫌な空気が近づいてきた」


 ニャームズは顔をしかめている。

 そうか、彼はシューヘイタウンに来るのは初めてか。

 

「私はみんな仲良しのいい街に思えるよ?」


「そうかい。僕もそう思えればよかったのだがね。いや。そう思っていたんだ。シューヘイの試合を観に行ったあの日まで」


 シューヘイの家に着くと私でも感じる違和感があった。

 人は集まっているが、何かが変だ。


「ジャッジ! イッペイ!」


 ニャームズはジャッジに声をかけ。私は部屋の隅で震えているイッペイの肩に肉球を置いた。


「……ニャームズよ。お前の言った事は当たっていた」


 よく観察するとジャッジも少し震えている。

 強面の彼でも怯えるのだからイッペイはもっと怖いだろう。


「……あああ……あああ。ニャームズさん。ニャトソンさん。シューヘイが! シューヘイが!」 


「ちょっと待ってくれイッペイ。警察はどうした?」 


 私の感じた違和感の正体はこれか。

 そうだ。人が誘拐されたというのに街の住人ばかりで警察がいないのだ。

 ケーサツよりドーサツが先に駆けつけるとは何事だ。


「ニャームズさん。全てお話します」



 イッペイの証言はこうだ。


 シューヘイ。イッペイ。ウーバーイーヌの仕事を伝えに来たジャッジが夕方の街をランニングしていた。

 後ろから猛スピードでイッペイを追い越し、前に立ちふさがる様に止まる黒い車。

 車から現れたのは黒装束の大柄の男。

 肌も真っ黒で、黒いサングラスとマスクをしていたそうだ。

 

「◯◯◯!」


 男は早口の“イングリッシュ“を話し、シューヘイの首に腕を回し、シューヘイを車に引きずり込んだ。


「……俺は何もできなかったが。イッペイはすごかった」


 イッペイは犯人の腕に思い切り噛みついた。

 生地に邪魔されたが、確かに肉の感触がしたという。


「……すごいなぁ。イッペイは」


「……いやぁ。へへ」


 私も感心した。私がもし飼い主であるフジンが誘拐される現場にいたら……。

 まぁ震えて動けないだろうな。


「警察がいないのはどうしてだろう」


「ニャームズさん。犯人は町長さんに脅迫電話をかけてきました。町長さんは目の見えないシューヘイの信頼できるお金周りのマネージャーです」


 イッペイが肉球を指したのはモジャモジャ頭で恰幅の良い体格の縦縞のTシャツを来た『イラブヒデキ』であった。


「犯人めっ! シューヘイ君とイッペイ君はわが町の宝だぞ! 許せん!」


 イラブは相当苛立っている。

 

「犯人はシューヘイの命が惜しければシューヘイの両親と警察に連絡するなと電話でイラブを脅してきました」


 ふむ。だから警察がいないのか。

 なんとも頭の切れる犯人だ。


「犯人の要求は現金二億。バッグに詰めて指定の公衆電話に置くようにと……」


 現金二億か。人間にとってそれはどれほどの価値になるのだろう? キャットタワーやプラチナ猫缶を買えるのだろうか。

 確かなのは何億だろうと人の命には代えられないということだ。


「……二億なんてどう用意すれば」


「世の中には税金ってもんがある。パッと現金で二億なんて用意できるか。来年まで待ってくれればなぁ……」


 住人とイラブ達の話を聞いているとどうやら二億用意するのはかなり難しいらしい。

 こんな事をしている間にシューヘイが犯人にイジメられているかもしれない。

 居ても立ってもいられなくなった私はニャームズにこう言った。


「私の宝物である乾燥させたマスカットの皮を売ったらなんとか身代金の足しにぐらいはならないか?」


と。


「うん。君の自己犠牲の精神にはいつも驚かされるが、もう少しだけ様子を見ないか?」


 ニャームズは至って冷静で、最近良く見せる憂鬱の顔に戻って酒棚を物色していた。


「見ろよ。マッカランに山崎の箱付きボトルがある。この店はずいぶん品揃えが良いね」


 クールだなぁ。


「ああっ! シューヘイ! シューヘイ!」


「静かにしろっ! イッペイ!」


 ホットだなぁ。






 



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