婚約指輪が消失した理由
かなり久しぶりの新作です。
指が腫れている。
この指には先程まで指輪が嵌っていたのですが、突然に消失してしまい、残った指がこんなことに……
これは婚約者であり、公爵のヴァイ様からいただいた大切な指輪なので、彼に合わせる顔がない……
「……はぁ……どうしましょう」
その後、指輪のことはすぐに家族に知られ、指輪が消失するということの意味を知った。
これは特殊な婚約指輪で、渡した側……つまり、婚約者が相手と結婚する意思を明確になくした場合に消失してしまうのだそう……全く知らなかった。
私はそういうことに興味がない人間だったのだ。
「仕方なく新しい婚約者を探すことになったけど……都合よくそんな人がいるわけないしねぇ……」
悲嘆にくれながら、街に繰り出してトボトボと歩いていると、視線のだいぶ先に婚約者がいた。
なんで……? 偶然……
……なわけないよね。家の場所ぐらい彼も把握しているだろうし、待ち伏せしていたんだよ。
家の方向まで引き返そうとしたところで、鋭い視線が背中に刺さったような気がした。
急いでトタトタ……いや、ドタドタと貴族令嬢らしからぬ走り方で逃げようとした。
怖かったしね。
でも……逃げることは出来なかった。
「……捕まえたぞ……インス……!」
「きゃああああああ!!」
「……っ……街中でそんな大声を出すな!」
「私を捕まえて何をするつもりですかーっ!?」
「何もしないわ! いや、言いたいことはあるが……それだけだ! お前に危害を加える気はない!」
ヴァイ様は私の服の裾を掴みながら、言ってきた。
ああ、なんか怖い顔してるし……言うことが予測できてしまう……わかります……婚約破棄なのでしょう?
婚約破棄なんて言葉聞きたくないぃぃぃ。
「インス……私はお前と婚約破……」
「やめて! やめてください! ウザいと思うかもしれませんが、その先は聞きたくないのです……」
「……どうしても、言わないといけないことだ」
「え、いや……でも……」
ヴァイ様は明らかに私の腫れた指を見ている。
言うことなど……決まりきっているでしょ……?
目を伏せていると、彼が目前にやってきて……私の腫れた指にそっと手を触れてきた。
何をするのかと思っていたら……何か唱えている。
「えっ……」
その詠唱が終わった直後に私の腫れた指がみるみるうちに元の大きさの肌色の指に戻った。
すごい……回復の魔術かな……!
それにしても、何故にこのようなことを……これから、婚約破棄をする相手に対して、少々優しすぎではないかと思う。うっかり、また惚れます。
どういうことかと困惑しながら、私が首を横に傾けようとしたところでヴァイ様はワナワナと震える。
あっ、やはり、怒ってらっしゃる……?
「……」
「……あの、えっと……どういうこと、でしょうか?」
「……ちゃんと、説明させてくれるのか?」
「はい……っ。すみません、先程までは発言を途中で邪魔してしまって。説明を……していただけると嬉しいです」
「わかった。本当だな?」
私はコクコクと首肯すると、ヴァイ様の顔を直視する。さすがに、ここで視線を逸らすのはね……
今更感があるかもしれないけど……
婚約破棄という酷いことを言うつもりだから、最後に優しさを見せてくれたとかそんな感じなのかな……?
だったら、嫌だけど……ちゃんと聞きます。
「……っ」
「怖がりすぎだろう。俺はショックを受けているぞ? あのな、目の前にそんなふうに指が腫れた婚約者がいたら、治そうとするのはそんなにおかしなことか?」
「お、おかしなことではないです……」
「だろう?」
「で、でも……公爵様は私と婚約破棄を……したいのでしょう? これから、婚約破棄を言い渡そうとしている相手に対して、なんでなのかなぁ……って」
私が怖がりながらもそう言うと、ヴァイ様は頭を抱えてしまった。
そして、どういう意図があるのかはわからないけど、私の指に念の為ということで、包帯を巻きながら……呆れた様子の表情で言ってくる。
「俺はお前と婚約破棄をしたいとは思っていない」
「へ?」
「指輪が間違ってお前と会ったこともない弟の手に渡ってしまってな。その時に壊れたようで、婚約破棄の意図もなく、お前への愛がなくなったわけでもないのに、指輪がそんなことになってしまったんだよ」
「え、ということは……」
私がそう言うと、ヴァイ様は私の唇に蓋をするように指を置いた後にこう言ってきた。
「……何度も言わせるな。俺はお前と婚約破棄をしたいなどとは微塵も思っていない」
「……っ」
「お前には多少……いや、多々……面倒くさいところもあるが、それを含めてお前を愛している」
照れくさそうに少しだけ俯きがちに……ヴァイ様はそう言ってきた。
えっ、私に対してだよね? 私以外、彼の目の前に居ないものね。合ってるよね?
頬も少し紅潮しているところもかわいい。
普段が怖いということもあって、こういうところを見せられてしまうと、ダメだなぁ。
私、こういうのに弱いみたいだ。
てっきり、婚約破棄をすることになると思っていたから、好きな気持ちを消そうと思っていたけど……
そんなことする必要が全くないとわかって……私はホッとしながら彼の体に抱きついてしまった。
「ごめんなさい……」
「別にいい……というか、この件に関しては、きちんと指輪を管理できていなかった俺に大いに責任がある。お前は別に気にすることではない」
ヴァイ様は私の頭を撫でながら、そう言った。
優しげな声色で気遣いが強く感じとれた。
やはり、優しいな。
「……それで……その、だな……」
「なんですか……? ヴァイ様……」
ソワソワとしている。頬が更に赤くなっているんだけど、一体何を言おうとしているんだろう。
婚約破棄の可能性がなくなったことで、だいぶ軽い気持ちで言葉を待つことができる。
「婚約指輪……新しい物なんだが、用意させてもらった。嵌めてくれるか? 君のことを意識して選んだ」
「……っ……ありがとう、ございます……!」
私はペコペコと何度も感謝の意を込めて首を下げながら、心の中で踊っていた。
街中ということで心の中なのだけど、これがウチの中なら少しぐらいは実際に踊っていたかも。
……いや、もちろん冗談ね?
私はその婚約指輪を受け取ると……ニコッと笑いながら、彼と共に歩いていった。
早く……結婚したいな……!
そんなことを密かに心中で吐露しつつ……
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『姫型自律人形ドルイディの結婚への茨の道〜その自律人形は人形師の男性と結婚がしたい!〜』という作品も投稿しています。そちらも読んでいただけると嬉しいです。