だらだらしたい!
ファーガス大陸の西端には、セイレン王国という小さな国がある。
土地は痩せているため農作には向かず。
かといって鉱物が取れる訳でもなく。
教育水準もそれほど高くないため、技術や魔法も周辺国に比べるとずっと低い。
唯一の売りはたいして儲からない漁業のみ。
そんな条件下なので、当然セイレン王国は吹けば飛ぶ様な貧しい弱小国だった。
ファーガス歴、234年。
そんな小さく貧しい国に、一人の王子が生まれる。
――その王子の名は、シェズ。
彼は異世界からの転生者だ。
当然、転生時に神からチート能力も与えられている。
シェズ王子というチーターの存在は、やがてセイレン国にとって大きな希望となるのかもしれない。
それどころか、大陸の運命すら変えてしまうかもしれない。
――それ程の力が彼にはあった。
一つ問題があるとすれば、本人にそう言った事に対するモチベーションが全くない事だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おっしゃー!倒したぞ!」
強敵との戦いを制し、俺はガッツポーズを取る。
艱難辛苦を乗り越え手にした充足感。
最高だ。
「この調子で、あのボスも撃破だ!」
俺の名は海山千。
おっと、これは前世の名だった。
今の俺はセイレン国第三王子、シェズ・セイレンだ。
所謂転生者である。
死因は……
まあ些細な事なので、その辺りはどうでもいいだろう。
とにかく、俺は神様に選ばれ異世界へと転生している。
それも複数のチートを貰って。
それだけ聞けば最強の勝ち組の様に聞こえるだろう。
だが、俺に無双チーレムなんかの願望は全くなかった。
何故なら俺は、家で黙々とゲームをする事こそ至高と考える超インドア陰キャだからだ。
そのため、魔法があるとは言え文化レベルの低い異世界での生活は苦痛以外何物でもない。
――だから俺は夢の中に引きこもった。
どういう事?
そう思うかもしれない。
実は俺のチートの一つに、夢空間と言うのがある。
夢空間は眠っている最中に籠れる特殊な空間で、元居た地球と連動していた。
そのため、その空間内だけは地球にある物を自由に扱う事が出来たのだ。
「くっ!こいつ……」
そして現在、俺は夢の中で地球産のゲームを楽しんでいた。
ポンデンデンリングと言う、大人気ゲームだ。
これがなかなかやり応えのある超大作で、現在は完全ノーミスクリアを目指してる訳だが……
「がっ!くらっちまった!!ガッデーム!!!」
ミスって敵の攻撃を喰らってしまい、俺はコントローラーを画面へと投げつけた。
一度でも喰らうと最初っからというキツイ縛りで、既に100回以上失敗している。
そりゃコントローラーも投げつけるさ。
「くっそー、もういっか……ん?もう朝か……」
夢空間にノイズが走った。
肉体が刺激を受けると夢から覚める為に起こる現象だ。
「しょうがねーなー」
24時間寝っぱなしが理想なのだが、そういう訳にもいかない。
俺はゲームの続きを諦めて夢から目覚めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王子様!おはようございます!!」
目を開けた瞬間、顏を覗き込んでいたメイド姿の可愛らしい少女が大声で挨拶して来る。
「おはよう、ミティ」
彼女の名はミティ。
俺専属の侍女で、今の俺より1つ上の16歳。
赤目赤毛のショートカットで、猫を思わせる可愛らしい顔立ちの少女だ。
「出来れば声のボリュームは、もう少し下げ目で頼むよ」
俺はそう彼女にリクエストする。
寝起きに大声はきつい。
え?
夢の中でゲームしてたんじゃないんかって?
一応体は寝てたからな。
目覚めのけだるさはちゃんとあったりする。
「気を付けます!」
そう返事を返したミティの声は、またもや大音量である。
彼女は俺の頼みごとを聞いてくれる気はない様だ。
まあいいけどさ。
「洗顔のお湯と、朝食をお持ちしています!」
「ありがとう」
ミティがワゴンに乗っているたらいを、ベッドの脇の上にある机に置いてくれる。
俺はその中に入っているお湯で顏を軽く洗う。
もちろん石鹸などはない。
いや、この世界に無い訳ではない。
単純に、この国だと高いので使えないだけだ。
無理すれば用意できなくもないんだが……贅沢すると、義理の母がうるさいからな。
「ふきふきしますねぇ」
「頼むよ」
洗った俺の顔を、ミティが手にしたタオルでガシガシと力強く拭き上げる。
点数を付けるなら完全無欠の0点だ。
ミティはとにかく、やる事なす事全てが雑だった。
俺は気にしていないから良いけど、これが他の王族なら一発で首であろう事は想像に難くない。
そう言う意味では、俺専属になれた彼女は幸運の持ち主といっていいだろう。
「今日の朝食はパテーの姿焼きに、子パテーの酢の物になります」
パテーと言うのは、漁業国セイレン国で一番よくとれる魚だ。
安くてうまい、正に庶民の味方と言える食材だった。
王族なのに、庶民の味方を喰ってるのかって?
まあそうなる。
貧乏な国で、更に病弱で寝たきりの庶子だからな。
俺は。
贅沢なんてさせて貰えないさ。
まあだが、食事に関しては特に文句はない。
普通に美味いし。
ま……そもそも、俺は何も食べなくても死なないんだけどな。
チートがあるから。
当然そんな事は他人には話せないので、こうやって毎日3食食事をとってる訳だが。
「ごちそうさまでした。体が重いから、少し寝るね」
食事を終え、毛の束が付いた口内用のブラシで歯を磨いた俺はベッドで横になる。
俺は病弱設定――チートでそういう風に周囲に見せている――なので、起きて直ぐに寝ても問題ないのだ。
さっさと夢空間に――
「あ、王子。そう言えば知ってますか?」
――戻ろうとしたら、ミティが話しかけて来た。
俺は心の中で小さく舌打ちする。
今寝るつったじゃねぇか。
本当に人の話を聞かない娘だ。
「実は最近出るらしいんですよ!」
俺の返事を待たず、ミティがテンション上げて話し出す。
「ペテン山辺りに山賊が!」
「山賊?」
セイレン国は貧しい国だ。
市民もその日の暮らしを送るのでいっぱいいっぱいで、不漁が続くと物乞いにならざる得ない人間も出て来る。
そういった人間が、山賊に身をやつすのはそれ程おかしい事ではない。
「はい!ペテン山のマッツーが、がっつりやられちゃったそうです!」
「……それは山賊じゃなくて、キノコ泥棒じゃないか?」
マッツーとは、国が管理している高級キノコの事だ。
味と香りがよいらしく、この国の王族でもめったに口にする事が出来ない代物となっている。
――何故なら、基本全て輸出するから。
貧乏国だからな。
国を維持する為には、外貨獲得が必要不可欠なのだ。
「山の幸を奪う盗賊なんですから!略して山賊ですよ!」
「ああ、うんまあいいけど……何にせよ大変だな」
「そうなんですよ!その被害が結構大きいらしくて、奉公している私達の給料を下げるって噂まで出てるんです!後、ついでに王子の食事のおかずを減らされるかもって噂も」
「そうなんだ」
正直、俺は食事を減らされても痛くもかゆくもない。
無しでも生きていける訳だからな。
とは言え、王宮仕えしてる人間達からすれば減給は堪った物じゃないだろう。
元からそう多い訳でもないし。
「私!欲しい物があったんですよ!もう少し貯金すれば届くってのに!!給料が下がったら遠ざかってしまいます!!正に山賊赦すマジですよ!!」
「……」
正直、適当に聞き流す予定だったのだが……
放置してたら、これからも被害は続くよな?
貧乏なこの王国に、キノコ警備のために人を巡回させるだけの予算などない。
今は噂になる程度だが、このまま色んな山からマッツーが奪われ続ければ、冗談抜きで奉公人の減給や解雇に繋がりかねない。
それどころか、ダメージが長引けばそれだけでは済まなくなる可能性も出て来る。
極つぶしの追放。
そんな言葉が頭を過った。
貧しい国なので、十分あり得る話だ。
「……」
それは困る。
面倒臭いけど、チートを使ってこっそり解決しとくか……
表立って解決すればいい?
しないしない。
力が周りに知られれば、周囲はきっとそれを利用しようとするはずだ。
そうなれば、夢空間の利用時間が極端に制限される事になるだろう。
それは困る。
俺は可能な限り、寝続けたいのだ。
よって力は隠し続ける!
「大変だね。じゃあ僕は寝るよ」
取り敢えず、山賊?が動くのは夜中だろうから……
今はやる事無いし、夜中まで夢空間でゲームでもしておくとしよう。
★☆★☆★
「はー、だるいだるい。さっさと終わらせ様か」
夜中、周囲が寝静まった時間に俺はベッドから起き上がる。
そして窓を開けて、そこから城の外に飛び出した。
貧乏とは言え腐っても王家。
最低限の警備はいるので、敷地を歩いて抜けるのは面倒だ。
なので魔法を使って空を飛んでいく。
――この世界には魔法がある。
とは言え、それは誰でも使える力ではない。
扱えるのは才能持ちのみで、千人に一人いるかいないかと言うレベルだ。
更に習得自体が困難であるため、素質があっても進んで魔法を習得しようとする一般人は少ない。
一般人は、長々と魔法習得に時間をかける余裕はないからな。
ま、それはあくまでもうちの国の話だが。
裕福な他所の国なら話は変わって来るだろう。
生活が苦しいから学んでいる時間がなく。
学ばないから生活が良くならない。
いわゆる貧国の負のスパイラル……
とはちょっと違う気もするが、まあ何にせよ、うちの国で魔法を使える者は極端に少ない。
「さて」
マッツーが取れる山まで魔法で飛んできた俺は、広範囲の探索魔法で山全体を確認する。
「侵入してるのは10人程か……けどこれは……」
俺の魔法サーチは、侵入者たちの特徴もハッキリと確認できる特別仕様だ。
そしてサーチは、侵入者たちが全員10歳前後の子供だと告げる。
「子供が山賊……か」
子供達は全員貧相な身体つきをしており、ボロボロの格好だ。
マッツーを横流しして、贅沢をしているという雰囲気はない。
「取り敢えず、とっ捕まえて事情を聴くとするか」
俺は魔法で仮面を生み出し、それを顔に被る。
顔を見られて王子であるとバレない様にするために。
「わっ!?」
「きゃあ!?」
子供達を捕らえるのは簡単だった。
投網上に対象を捕らえる捕獲用の魔法があるので、それを使って全員捕まえて一か所に集める。
「う、ぅぅ……」
「ひっく……」
「怖いよぉ……」
急に現れて自分達を捕らえた俺を恐れ、子供達がむせび泣く。
犯罪の取り締まりなんだが、相手が子供で、しかも泣かれると罪悪感が半端ないから困る。
「安心しろ。乱暴な真似はしない。ただ話を聞かせて貰いたいだけなんだ」
山賊は子供達だった訳だが、彼らが自発的にそうしたとは思えない。
間違いなく裏で手を引いた物がいる筈だ。
それを聞き出そうと、俺は優しく声をかけた。
因みに、子供達は魔力で出来たロープで縛って動けない様にしてある。
「君達がなぜこんな真似をしたか、聞かせてくれないか?」
理由はまあ、聞くまでもなく貧しさからというのは分かっているが、こういう時は順次話を聞いて行くのがセオリーで話を引き出しやすい。
と、俺は勝手に思っている。
実際はどうか知らない。
「本当に……酷い真似はしませんか?」
俺の問いに口を開いたのは13、4歳ぐらいの少女だ。
恐らくこの中だと、一番年長だろうと思われる。
「ああ、約束する。だから教えて欲しい」
「わかりました。私達は……」
少女が自分達の置かれた状況を口にする。
それを聞いて、俺は小さく溜息を吐いた。
……この国が貧しい事は分かっていたけど、俺の想像よりずっとか。
此処にいるのは、親が仕事で怪我をして動けなくなった子達だ。
親が働けなければ稼ぎはなく。
当然家族そろって死を待つだけになる。
――この世界の社会保障はあってない様な物だ。
一応、引き取り先のない子供なんかを受け入れる養護施設はあるにはあるが、それは保護者がいない事が大前提になる。
つまり、働けず稼ぎ額とも、親がいたらそこには入れないと言う事だ。
そのため、この子達は国の庇護を受ける事も出来ず。
自分の身を、そして死に瀕している親を守るためにマッツー泥棒をせざる得なかった訳だ。
親がいたら引き取れないとか、システム的欠落も良い所だ。
いや、仮に子供を引き取ってくれてもその親は結局死ぬ事になる。
そう考えると、それは抜本的な問題と言えるだろう。
王家は何やってんだ仕事しろ!
と言いたい所だが、俺以外の王族の暮らしも相当質素な物だ。
その事からも分る通り、決して無駄遣いなどはしていない。
つまり、単純にリソースが足りないのだ。
だから万全には程遠い歪な物——受け入れ数を減らすため親がいる場合はダメと言った感じの――にならざる得ないのだろう。
この国は、俺の想像より遥かに貧しい訳か……
「そうか……大変だったな」
「あの……見逃して貰えませんか?私達が捕まったら家族は……だから……」
少女が目に一杯の涙をためて懇願して来る。
もちろん、彼女達に何かをするつもりはない。
とは言えこのまま開放しても、また困窮するだけだ。
何か解決策を用意する必要がるだろう。
そして俺なら、神様からチートを貰った俺ならば、それを何とかしてやる事は出来る。
流石に放っておけんわな……
「いいよ」
「ほ、本当ですか!?」
「けど、それは君達をそそのかした人間の事を話してくれたら……だけどね」
貧しさから犯罪に手を出した事は間違いない。
だがこの山賊(山の幸の賊)という行為は、子供達だけでは成立しえない物だ。
……貧しい子のセイレン国で売ろうとしても、絶対に売れないからな。
マッツーは国の管理下である事は皆知ってるし、そもそも貧乏にはとても高くて手が出せない。
つまり、確実に裏で手を引ている者がいると言う事だ。
「それは……」
俺の問いに、少女は言葉を濁す。
彼女達の生存にはマッツーの窃盗が必要不可欠だ。
だが引き取り手を押さえられたら、それはもう成立しなくなる。
だから躊躇うのだろう。
いや開放して貰った後もまだ盗みを続ける気かよって言いたい所だが、家族や命がかかっているのだから止める訳にもいかないのだ。
「生活の事なら安心してくれ。俺に出来る限りの事はする」
「……」
少女から返事はない。
まあ初対面の人間にそんな事を言われて、素直に信じろと言う方があれではあるが。
「もし話さないというんなら、俺は君達を国に突き出さなければならなくなる。そうなったら、それこそ家族を救えなくなるよ」
あんまり気んぼりはしないが、脅しを入れる。
黙っている事に意味がないなら、彼女達も俺の言葉に望みをかけてきっと口を開いてくれる筈だ。
「本当に……私達を助けてくれますか?」
「約束するよ」
「分かり……ました」
少女が観念し、自分達に話を持ち掛けた相手の事を話しだす。
「なるほど」
予想はしていたが、やはり相手は国と国を行き来する行商人だった。
まあそうじゃないと、国内じゃ捌けないからな。
ああ。
言うまでもないが、そいつは善意から困窮している家族を救うなんて人道的な目的で動いてはいない。
その証拠に、買取は相場の10分の1——超格安でマッツーを買い取っているからな。
大人じゃなく子供を利用したその理由は……よく分からん。
万一見つかっても、不幸な子供なら役人からお目こぼしして貰えるだろうとか。
大人と違って、家族を養うために他に選択肢がないから裏切らないだろうとか。
まあそんな当たりだろう。
「わかった。君達を開放する。それと――」
子供達の拘束を解き、回収したマッツーに追跡用のマーキング魔法——見えない為魔法が使えないと気づけない――をかけて彼女達に返した。
そして同じ魔法を子供達にもかけておく。
「え?」
子供達が驚く。
自分達の解放所か、盗んだマッツーまで返された訳だからな。
この子達からしたら意味不明も良い所だろう。
「それをそいつに、俺の事を話さず売って来てくれ」
「いいんですか?」
「ああ。けど……これが最後だ。次からは見逃さないよ。まあ……ちゃんと君達が生活できる様手配するからそもそも続ける必要自体無くなるけどね」
「「「あ、ありがとうございます」」」
解放した子供達が、お互いに顔を見合わせてから一斉に俺に頭を下げた。
「じゃあまたな」
子供達にそう告げ、俺は素早く山から降りた。
さ、帰って寝るとしよう。
ゲームの続きだ。
★☆★☆★☆★☆★
セイレン国は大陸最西端に位置し、西側は海。
そして北南東と、峻厳な山脈に阻まれた国だ。
海流の影響で、海路だと他国へは相当大回りになるため、通商路は東部にある山脈の裂け目の細い道だけとなっている。
余り往来のない場所だが、その通商路には今東に進む一団があった。
馬車が三台と、馬に乗った護衛達。
セイレン国からの帰りの交易商だろう。
彼らは日暮れに合わせて野営の準備を始める。
「今回は少な目だ。まったく、使えん奴らだ」
「まあしょうがありやせん。所詮ガキのやる事ですから」
太った一団のトップが忌々し気に吐き捨てる。
貧国であるセイレン国への交易は、それほど利益の出る物では無かった。
それでもこの男がそのケチな商売を続けているのは、他に割り込む美味しい販路がないためだ。
その不満から、彼は不正に手を出した。
それは子供達を使っての、マッツーの密輸だ。
対象に困窮している子供を選んだのは、例え捕まってもしらを切りやすいからだ。
自分は困窮した子供達の為にキノコを買ってやっただけ、それがまさか国が管理してる物だとは思わなかった。
と。
確かに衛兵が相手なら、それに加えて賄賂でも握らせれば切り抜けられたかもしれない。
だが今回は見つかる相手が悪かった。
一団が食事を終え、寝静まった頃。
一つの影が頭上から、彼らの上に静かに落ちる。
その顔には仮面が付けられていた。
★☆★☆★
俺はマッツーに付けた反応から、空を飛んで元締めの元へと向かう。
「さて、と」
時間帯は深夜。
彼らの野営は、最低限の見張りだけを立てて全員ぐっすりだ。
「さて、それじゃお縄を頂戴するとしようか」
まずは見張りに子供達に使った網状の捕縛の魔法をかける。
「うわっ!?なん――もがっ!?」
「うおっ!?——ふがっ」
「襲撃——ぐぅ……」
その際、網の一部で口も塞いでおく。
騒がれてもやかましいからな。
テントの中で寝ている奴らも随時拘束して行き、俺は捕らえた相手を引きずる形で火元に集めた。
護衛を含めて総勢10人。
一応探索魔法で周囲を調べて確認するが、特に離れた場所に人の反応はない。
「ちょっと少ない気もするけど……馬車三台の小さな商いなら人数はこんなもんか」
取り敢えず、リーダーっぽい奴——太ってて一番身なりのいい奴の轡になっていた魔法の網を外す。
「な、何が目的だ!」
「マッツーだ。密輸してるんだろ?」
「わ、私はそんな事はしていない!誤解――ぐわっ!?」
取り敢えず右でグーパンする。
右頬をぶたれたら左頬とか言う言葉がなんとなく思い浮かんだので、なんとなく左手でもグーパンしておいた。
「マッツーは追跡済みだ。子供達からもお前が犯人だって聞いてる」
「ご、誤解だ……私は困窮している子供を助ける為、彼らの取って来るキノコをだな」
「なるほど。良い言い訳だな。セイレン国は貧しいから、賄賂でも渡しとけば初回は見逃せて貰えそうだ」
実際はそう甘くないだろうとは思うが、この商人はそれで行けるとでも思っていたのだろう。
「言い訳じゃ――ぶげっ!?」
もう一発殴っておく。
「そう言うのは別にいいから」
さて、こいつらだが……
国に突き出すと言う選択肢はない。
それをすると、マッツーを取って来た子供達も罰を受けさせられかねないからだ。
子供達を助けるって約束してるし、それに利用するか。
「ひぃぃぃぃ……」
俺は召喚魔法で悪魔を呼び出す。
その凶悪な姿を目にして、トップの男が情けない声を上げる。
「私に御用ですかな?」
「ああ、悪魔の契約をするから仲立ちを頼む」
これからする事は、悪魔の契約と呼ばれる物だ。
まあ悪魔の契約と言うと、魂を取って行く様な大げさな物に聞こえるだろうが、これはちょっとした誓約を相手に求める契約でしかない。
「契約内容は如何で?」
「ああ、内容は――」
一つ、子供達を悪事に利用しない。
一つ、子供達に危害を加えない。
一つ、マッツーの密輸は二度としない。
こんな物は、そもそも契約しなくても当たり前の事だがな。
一つ、今日会った事は誰にも喋らない。
一つ、これまで通り、セイレン国への交易を続ける事。
一つ、商売で得た最終的な利益の半分を、セイレン国の子供達の為に使う事。
これは子供達への還元だ。
「これを全員に……ああ、いや待てよ。俺には嘘を吐かないってのを追加して、こいつと契約するわ」
よくよく考えると、護衛辺りは密輸と関係ない可能性がある。
純粋な仕事としてやってるだけなら、後半二つはちょっと理不尽だ。
だから嘘を吐けない様にしてから確認させて貰う。
「よし、じゃあ契約するぞ。断ったら、この悪魔がお前を殺しちまうからな」
「は、はいぃぃぃ……」
よほど悪魔が怖かったのか。
添えとも俺の殺すと言う脅しが効いたのか、商人はあっさり契約を承諾する。
まあ渋られても面倒くさいので、サクサク進行するのは良い事だ。
俺も早く帰ってゲームの続きをしたいしな。
「では、契約を――」
商人の前に黒い魔法陣が現れる。
そして俺が提示した条件を、悪魔が一つづつ読み上げていく。
後は男が誓いうと口にすれば契約完了だ。
「——契約に問題がないなら、誓うと宣言せよ」
「いや、あの……」
「しないなら殺す」
答えるのを渋ったので、脅しを入れる。
まあコイツのやった事は死罪に値する程ではないので、本当に殺したりはしないが、悪魔呼び出す様な奴に殺すと言われたら応じざる得ないだろう。
「わ、分かりました!誓います!誓いますから助けてください!」
「では、契約成立だ」
これでもうこの商人は俺に嘘を吐けない。
「じゃあ聞くが、今回の密輸を知ってて手伝った奴は誰だ」
「それは――」
商人の部下4人。
それに、護衛団のリーダーは承知してた、と。
「じゃあその5人はこいつと同じ契約で頼む。それ以外の奴は最期の二つ以外で頼む」
「心得た」
という訳で、一人一人轡を解いて契約していく。
悪魔がいる上に、縛られて命を握られている様な状況だ。
皆素直なもんである。
「よし、じゃあ今回出る予定の利益の半分を寄越せ。子供達に渡すから」
「は、はい」
「結構設けてるじゃないか」
手渡された額は、結構な物だった。
こいつの交易は年3回。
4か月に一度のスパンな訳だが、これだけあればあの子供達が4か月やっていくには十分だろう。
「じゃあな。これからは真面目に生きろよ」
俺は受け取った金を持って、そのまま城へと帰還する。
契約があるので、奴らの事は心配いらないからな。
金は後日、何らかの形で子供達に手渡すとしよう。
とにかく今日はかえってゲームだ。
★☆★☆★
「王子様!おはようございます!!」
相変わらずハイテンションのミティに叩き起こされ、俺は洗顔と朝食を済ませる。
今日も今日とて、パテー料理だ。
「さて……」
食事を終え、もうひと眠りしてゲームを……と行きたい所だったが、今の俺には考えないといけない事がある。
この国の事だ。
今までは貧しいながらも寝て過ごせていればそれでいいと考えていたのだが、この国は俺が思っていた以上に貧しい事が一昨日の一件で痛感させられた。
あの子供達に関しては、あの商人が施しをするからもう心配はないだろう。
だが、極貧に喘いでいるのはあの子達だけではない。
俺の目に届いていないだけで、同じような境遇の人間が結構な数存在する筈だ。
ゲームばかりのダメ人間ではあるが、知ってしまった以上、そしてそれを可能にする力がある以上、見て見ぬふりは出来ない。
そんな事したら絶対後味悪いし、そんな状態じゃ楽しくゲームできないって物だ。
だから国を立て直す!
まあちょこっとだけだが。
「貧しさからの脱却……か。取り敢えず思いつくのは、何らかの外貨獲得方法を得る方法だけど」
マッツーの様な特産品が望ましいが、この国に輸出で他に金になる様な物はない。
基本魚しか取れないからな。
因みに、鉱物資源なんかは絶望的だ。
以前外から招いた高名な魔法使いに、高い金を出して山脈に有用な鉱脈がないか確認して貰った事があったのだが……その結果はお察しである。
まあそんな物があったなら、ゴールドラッシュ宜しく今頃掘りまくっているって話だ。
「次に思いつくのは農作物だな」
この国は平地が少なく、あっても荒れ地が大半だ。
そのため農業には適さず、魚を取るだけの状況になってしまっている。
それを改善するだけでも大分違ってくるはずだ。
「要は土地だよな。それなら魔法で土壌を改良すればどうにでもなるけど……問題は」
その変化をどうやって国に周知させるか、だ。
土壌の改善なんて、何もないのに急に発生する訳ないからな。
改良したって気づかないだろう。
「口で言う訳にもいかないしな……」
面倒臭い事になるのは目に見えているので、俺の能力がバレかねない行動は避けたい所だ。
まあそもそも、寝たきりの王子が急にそんな事を良い出しても信じないだろうしな。
鼻で笑われて終わりである。
「気づかせるには……そうだなぁ、魔法でなんか派手な奇跡っぽい演出をして改良した場所に注目させるのがいいか」
まずは土壌を改良し、無駄にド派手に光る魔法でそこを目立たせる。
そうすれば調査が入って、農作に適した土壌に生まれ変わっている事に気付くはずだ。
いや、本当に気付くか?
そもそも送られるのは兵士だろうから、調査はあっても、地面の状態に気づかない可能性は高いと言える。
そう考えると余りにも不確実だ。
ここはもっと直接的な手を使った方がいいな。
「魔法でお告げでも下すか」
神を装って、どこどこの土地を農業に適した地に変えました的なお告げを王家に出しとけば、光の演出もあるし、確実に調査が入るはずだ。
うん、そうしよう。
「さて、告知方法は決まったし……寝るか」
案が決まった所で、俺は布団に入る。
決行は夜だからな、それまでゲームでもして時間を潰すとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
真夜中。
「この辺りでいいだろう」
目星をつけたのは、王都からそこまで離れていない場所にある広大な荒れ地。
俺は魔法の結界でそこを覆い尽くす。
衝撃や騒音などが、外部に漏れない様にするためだ。
「まずは……」
土や鉱物などを自在に操る魔法で、地面をひたすらこねくり回す。
その際、岩やら石は粉々に砕いて砂に変えて置く。
それらがある程度済めば、今度は堆肥だ。
農地は土が柔らかければいいという物ではない。
窒素やミネラル類が含まれて初めて、農業に向く土地になるのだ。
当然元荒れ地にそんな様子はないので、地球産の堆肥を使ってその点を補う。
え?
地球産の堆肥なんて、どうやって持って来たのかって?
俺の夢空間は、念じると地球の物を自由に取り寄せる事が出来る優れた能力だ。
ゲームなんかが出来てるのはその為。
だからあそこで地球産の堆肥を取り寄せて、それを魔法でコピーしておいたのだ。
チート万歳!
俺は魔法で生み出した堆肥を大量に土に投入し、地面をごりごりと混ぜ返す。
そしてその次に、魔法で水をばら撒いて乾いた大地を湿らせた。
「水源はどうしようかな……」
農業には水が必要不可欠だ。
だがこの辺りはあまり雨が降らないため、土を改良してもそれだけでは農地としては活用できない。
選択できる方法は三つ。
一つは、川を用意する事。
農作地のど真ん中に通せば、水に困る心配はなくなるだろう。
ただ、近くの川から引っ張って来ると言うのはNGだ。
王都に流れ込む川の水量が減ってしまうからな。
そうなると、一般の生活に支障が出てしまう。
とは言え遠くから引くとなると……
「まあ面倒くさすぎるか。遠くから引くにしたって、そっちもそっちで影響は気にしなきゃならんしな。川は却下だ」
二つ目は雨。
定期的に雨さえ降れば野菜を育てる事は可能だ。
ため池なんかも作れる。
「問題は、どの程度の頻度で雨を降らせばいいのかが分からない事だな」
無作為に降らせすぎると根腐れなんかをお起こしてしまうし、少なすぎると枯れたり不作になってしまう。
その塩梅加減を見張りながらやるのも死に程手間だ。
よって却下。
「となると、大きな水溜まり――池や湖を作るのが無難か」
三つ目の案は、大きな水源その物を作ってしまう事だ。
これならわざわざ遠くから引く必要も無く、農家が適時水を撒くので水量を気にする心配もない。
「一旦大きな水溜まりを作れば、そこに魔法で召喚した水の精霊を放り込むだけで維持できるから楽だしな」
水の精霊を呼び出して住まわせておけば、水を清潔に保ち、更に随時補給が可能だ。
まあ精霊召喚中は随時魔力を持っていかれてしまう訳だが、俺の持つ魔力量なら100匹くらい呼んでも余裕なので気にする程ではないだろう
「じゃあ地面を動かして大きなくぼみを用意して……いや、そのまま水を入れたら地面に吸収されまくるか」
コンクリートをコピーして、底を固めるのが最も確実だろう。
「しょうがない。続きは明日に……いや、待てよ」
俺は魔法で土の精霊を召喚する。
土の精霊は土で出来た人型の、手のひらサイズだ。
「水が土にしみこまない様にとか出来るか?」
俺がそう尋ねると、精霊が首を縦に振る。
可能な様だ。
これで態々コンクリートで固める必要がなくなった。
「よし、じゃあ作るか」
広い農地のド真ん中あたりを、巨大なすり鉢状にへこませ、底に魔法で水を流し込む。
そして水の精霊を召喚し、俺はそこの管理を土と水の精霊に任せた。
「よし、完成だ。あとは告知するだけだな」
告知は夜明けなので、取り敢えずゲームだ!
俺は城に戻り、布団に潜り込んだ。
★☆★☆★☆★
神のお告げと奇跡の光を目の当たりにしたセイレン王家は、早速その場所に調査団を向かわせる。
そしてお告げが事実だと知り、歓喜した。
何せ今まで穀物類はほぼ輸入頼りだったからな。
自国で生産のめどが立てば、余計な支出を抑える事が出来るのだから喜ぶに決まっている。
更に第二弾第三弾と、農地を開拓してはお告げを降ろしていく。
全部で5カ所ほど作ったが、流石に範囲が広すぎて手が回らず、まずは3か所だけを農地として使っていく事になった。
どうやら一気に作り過ぎた様だ。
「いやぁ、まさにセイレンの神に感謝ですね!」
おつきのパティは、相変わらず――いや、以前にもましてテンションが高い。
「山賊も出なくなりましたし良い事尽くめです!」
「ああ、そうだな」
まだ貧しい事には変わりないが、変化の兆しに国全体が沸いている。
良い事だ。
お陰で俺も、枕を高くして眠れるってもんである。
「出来たら神様が宝石とかを空から降らせてくれると超ありがたいんですけどね!」
堆肥を魔法でコピーした要領でやれば、まあできなくもない。
が、そこまで無茶苦茶する気は当然ない。
貧しすぎるのは問題だが、富を持ったら持ったで問題が起きそうだからな。
他所の国が攻めてきたりとか。
まあ何事も、少し足りないぐらいが一番である。
「少し疲れたから寝るよ」
そうピティに告げて、俺はベッドに潜り込む。
最近色々と働いたし、今日からはガッツリゲーム三昧だ。
――俺はまだ知らない。
――この先、まだまだ問題が起こる事を。
――そして俺が齎した神のお告げという行為によって、セイレン国が苦境に追い込まれる事を。
面倒臭い事である。
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後、宣伝。
其の1。
『ハーレム学園に勇者として召喚されたけど、Eランク判定で見事にボッチです~なんか色々絡まれるけど、揉め事は全てバイオレンスで解決~』
異世界召喚された先でハズレ判定を貰った主人公。だが彼は神から力を貰っており……
ムカつく相手に分からせる系のお話になってます><
其の2。
『異世界転生帰りの勇者、自分がいじめられていた事を思い出す~何で次から次へとこんなにトラブルが起こるんだ?取り敢えず二度と手出ししてこない様に制圧していくけども~』
異世界から帰って来た主人公の周りに起こるトラブルをチートパワーで粉砕!
此方は敵を容赦なく殺したり拷問したりする話になります><
其の3。
『不滅チーターによる時間回帰無双~終わりなきダンジョンに籠って1万年。俺は遂に時間を巻き戻すマジックアイテムを見つけて1万年前に戻る。今度こそ失った家族を守るために~ついでに世界も救います』
不死の能力のせいでレベルが一切上がらず、他のスキルも手に入らない男が、とある人物から命その物を武器に戦う術を学び、最難関ダンジョンを一万年かけてクリアー。そこで手に入れたアイテムで時間を巻き戻し、かつて救えなった家族や世界を救う話になります><
以上、三作になります。
評価の少し上にリンクが出ていますので、もしよかったら其方も見て頂けると嬉しいです><