1-6 side.レオ
「ここがロベリア……?」
【憂愁遺跡】を抜けて辿り着いたのは、街というより廃墟のような場所だった。シロザやグラッシーとは明らかに異なる雰囲気。道にはゴミが散乱し、建物もところどころで崩れている。物陰から複数の視線。今はまだ様子を窺っているのか、襲ってくる気配はない。
「気をつけて、レオ。この街が他と違って危険なのはPKだけじゃない。ここは宿の限られた場所でしか安地にならない、攻撃を受ければダメージが入るわ」
「ここにいる人達って普通の人間だよね? 向こうが殺す前提で襲ってきたら、僕たちもそれなりの覚悟をしないとダメだよね」
「いいことを教えてあげるわ。アタシたち以外の冒険者はHPがゼロになってもまた復活する。だから、思う存分殺して大丈夫よ!」
「何で最後ちょっと嬉しそうなの!? それってさっきの【現世の放浪者】みたいな魔物になるってこと?」
さっきまで散々暴れていたのにまだ足りないのだろうか。倒しても倒しても復活する、再生魔法を使うとしたら厄介だ。
「魔物とは違うわね。そのまま、冒険者として生き返るの。あぁ、安心して。目の前で復活するのではなく決まった場所で生き返るから、連続して戦うことはないわ」
「うーん、分かったような分からないような……。でも、なるべくなら殺さずに捕まえよう。それよりこんな場所にいる、ルシルとウィズが心配だ、一刻も早く二人のとこへ行こう」
足早に。街中心地であろう広場に差し掛かったときだった。
「嬢ちゃんたち止まりな」
僕たちの周りに柄の悪そうな男たちが姿を現した。手にはそれぞれ武器を持っている。
自ずと剣に手が伸びる。
「何の用ですか? 僕たち急いでるんですけど」
「見りゃ分かるだろう。PKだよ、PK。だが安心しろ。テメェらが持ってるアイテムと金を全部置いてくなら見逃してやる」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで奪うまでさ!」
それが開戦の合図だった。男たちが一斉に襲い掛かってきた。
「ニーナ!」
叫びはしたものの、言葉よりも先に、彼女と自然に背中合わせになった。二人で大勢の敵を相手にすることは何度もあった。魔物だけじゃない。盗賊に襲われるのだってこれが初めてじゃない。
この世界での戦闘も慣れてきたとはいえ、剣を交えてわかる。彼らは、強い。ただの物取りじゃない、戦闘に慣れた集団。何よりも厄介なのは魔法による攻撃だ。遠距離攻撃だけじゃない。身体が思うように動かない、【能力値】というのが下がる呪い。
「こんな、こんな何も知らない僕たちを襲って卑怯だと思わないのか!」
「初心者だから狙われるんだろ!」
流石に殺すのは気が引けるけど、このままじゃ埒が明かない。復活するから殺してもいい、としても、僕たち以外に同じことをするなら赦せない。これだけの集団、きっと親玉がいるはずだ。そいつを倒すためにも、捕らえて場所を吐かせる。
HPが赤色を示す。今ならアレが使えるかもしれない。
「スキル【起死回生】!」
HPが十分の一以下かつMPが満タンのとき、MPを消費してHP以外の【能力値】がスキルレベルに応じて上げる。この世界でなら魔法が使えると思っていた僕だが、魔法を使うには専用の【職業】や【装備】などが必要らしい。唯一このスキルだけは、魔法に近い特性を持ちながら【職業】や【装備】関係なく使うことが出来る。
まだレベルが一に加え、既に削られていたせいもあって、元の数字に戻った程度の能力。それでも僕には十分だった。これで身体を思うように動かせる。
「【北斗七星】!」
剣に導かれるように敵の合間を駆け抜け、一人一撃。七人の脚を斬り落とす。
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
七人それぞれから叫び声が聞こえた。血は出ていない。代わりに赤い光の粒が天に向かって消えていく。
ニーナの方も戦闘が終わっているようだった。見るからに敵の人数が減っている。
「殺さずに、って言ったのに」
「なるべく、でしょ。こんな女子一人に対して大勢で攻撃してくる奴らに、手加減してられないわよ」
手加減という言葉を知ってたんだ、とすら思うほど、彼女が加減しているところを僕は知らない。
縄で動けないよう彼らの手足を縛り、一カ所に集める。既に戦意を失っている彼らに、ニーナが杖を向けた。
「アンタたちが持ってる金と持ち物、全部置いていきなさい」
「違う違う、その為に捕まえたんじゃないよ」
「そうなの? 殺したら身包みを剥がせないから生かして捕らえたのかと」
「そんな物騒なこと考えてたの!?」
ニーナが敵じゃなくて良かったとつくづく思う。そんなことより、
「あなたたちボスのところへ連れて行ってほしい」
「行ってどうする気だ。俺たちみたいにするのか?」
「やめとけやめとけ。いくらテメェらが強くてもボスには勝てねぇよ」
「元は俺がここのリーダーやってたんだ。自分で言うのもなんだが、これでもサービス開始からやってる元攻略組なんだぜ。それを右も左も分からない初心者なんかに負けて」
「話が長い。いいから連れて行きなさい」
話ぐらい聞いてあげてもいいのに。とはいえ、のんびりもしていられない。
リーダーの男、ブリッツだけを連れて彼らのアジトへ向かう。他の人たちには申し訳ないけど、暫くそのままの状態でいてもらうことにした。
「ここだ」
辿り着いたのは街のはずれにある建物だった。家というより納屋のような雰囲気だ。
「ここって、まさか――」
「どうしたのニーナ?」
ブリッツが建物の扉を開ける。薄暗い屋内。窓と開け放たれたドアからの光が中を照らす。
「随分と遅かったですね」
几帳面な、聞き覚えのある声がした。
「そ、それが……」
最初は暗くてよく見えなかった姿が、開かれる扉の光によって徐々に姿を現にした。
「ウィズ!? それと……ルシルも! どうしてこんなところに!?」
「その声はレオですか?」
「レオ君! ニーナちゃん!」
「お、お知り合いですか?」
ブリッツに連れられてきたアジトには、はぐれていた仲間の二人、ルシルとウィズがいた。
二人に縛られたり監禁されている様子はない。それどころか、ルシルは柔らかそうな長椅子へ横たわってとけていた。僕たちに気付いて急いで姿勢を正すが、ぼさぼさになった髪の毛を整える姿は可愛かった。
「ブリッツのボスってもしかして――」
頷くブリッツ。二人のことを怖れているのか縮こまっている。
「アンタたちこんなところで何してるのよ」
「わ、わたしは何も……」
「私が説明しましょう」
ウィズがルシルの隣に立ち一歩前へ出た。整えられた身なりと姿勢は従者を思わせる。
「洞窟が崩落した後、私はこの近くの墓地に倒れていました。すると街からルシルさんの悲鳴が聞こえたので駆けつたところ、そこの賊共がルシルさんを襲っていたのです」
「地獄耳かよ。キモッ」
「襲っていたというか……襲おうとしたところを返り討ちにされましたがね」
「そこ! 静かに! 私は即座に助けに入ろうとしたのですが、流石ルシルさん。数の差をものともせず、華麗な手捌きで賊共を倒されました。そして彼女は言ったのです。『わたしに従うのなら命だけは見逃してあげます』 なんと慈悲深い!!」
「い、言ってないよぉ……」
「ウザイから締め上げてもいいかしら?」
赤くなった顔を隠すルシルと、ウィズに向かって杖を構えるニーナ。明らかな殺意を感じる。以前は問答無用で攻撃していたから、これでも仲間としての意識はあるのだろう。
「ダメだよニーナ。確かにウィズはルシルのことになると大袈裟で鬱陶しいけど」
ウィズはルシルに惹かれて仲間になったと言っても過言じゃない。僕はルシルのことが好きなので、ルシル――正確には彼女の胸が好きなウィズは、仲間であると同時にライバルにっもなる。でも僕はウィズと違って胸だけじゃない。好きな部分は挙げたらキリがないけど、優しくて、可愛いくて、強い。とにかく全部が好きだ。
ウィズの話は大袈裟だけど、事実には間違いないだろう。ルシルが二本の短刀をそれぞれ両手に持って滑らかに、一撃で敵の急所を突く姿が思い浮かぶ。それでも殺さない程度に留めたのは本当に凄いと思う。
僕たちと会う前のルシルは暗殺を生業としていた。良いイメージはないし、僕も殺されかけたのが最初の出会いだった。弟妹を養うために沢山のお金が必要だという。色々あったけど、今は頼れる仲間だ。
とりあえず二人が無事で良かった。あとは――
「ねぇ、ニーナ。イーサンがどこにいるかは分かる?」
「あー……そうね、分かるには分かるけど……」
難しい顔をしてからニーナは目を瞑った。イーサンの居場所を魔法で視ているのだろう。暫くして目を開けたニーナの顔はうかないままだった。
「一先ず、アイツが今いる場所から動く可能性が低いのは嬉しい誤算ね。方向音痴を一人で歩かせるたら一生戻れないし会えないわ」
とある遺跡迷宮でのことだ。イーサンは元々いた仲間とはぐれ、迷宮内を一人で彷徨っていたところ出会った。そのまま成り行きで魔王討伐を一緒に目指していた。
「問題は二つ。一つ目は、アイツがいるのは今行ける中で最も遠い場所、サイサリス」
ニーナが取り出した地図は、まるであるはずの世界が消えているように、その半分が空白だった。指で示されたロベリアと、空白の境目近くにあるサイサリスは、とにかく離れていた。
「サイサリスは……いわば魔王城と同じ城塞迷宮。元の世界へ戻る為の手掛かりとして、アタシたちが目指すべき場所でもある。」
魔王城。その言葉に僕はぐっと気を引き締められた。
「もう一つの問題。どうしてかはアタシにも分からない。……アイツは今、魔王軍の一人と一緒にいる」
「今すぐ行かないと!」
「待ちなさい!」
腕を掴まれ、振りほどこうとする。けど彼女の力が思っていたよりも強くて敵わなかった。
「焦る気持ちは分かる。でも、どんなに急いだって数日はかかる」
「なら余計に――」
「アタシたちは大きなハンデを背負ってる。他の冒険者にはない、不安定で不確定なことが沢山ある。今は四人しかいないうえに、ここから先は進めば進むほど強い魔物が現れる。今までの魔物とはレベルが違う。あの程度に苦戦してたら簡単に死んでしまう。今は理の違う世界で、死んだら帰れないかもしれないのよ」
真剣な口調、後半につれて俯きがちになって震えた声。彼女にとっては真面目で、大事な話なのだろう。でも僕は違う。
「だから何だっていうんだ。初めは僕一人で戦ってきた。冒険なんて分からないことばかりだし、死んだら終わりなんて当たり前だろ」
洞窟迷宮が崩れたとき僕は死んだと思った。それまでにも危ない場面はいくつもあった。でも生きてる。まだ終わってない。元の世界に戻れないとしても、本当はここが死後の国だとしても、僕は今ここにいる。
「ニーナが行かないって言うなら僕一人でも行く。イーサンだって一人で戦ってるんだ。放っておけない」
顔をあげたニーナと目が合った。目をまるくして、少しして笑い始めた。掴まれていた腕も離される。
「……ハハ、アハハ! そうね、そういう奴よねアンタって」
「ほら、問題なかったでしょう」
気づけばウィズが、ルシルは不安そうな顔でこっちを見ていた。二人の存在を感が手なかったことに、申し訳ない気持ちになった。
「良かった……。あ、でもイー君は……」
「あー、多分アイツは大丈夫よ。魔王軍といえば確かに危険かもしれないけど」
「どこが大丈夫なのさ!」
普段ルシル以外に興味のないウィズですら、イーサンの心配をしていたのに。
「一緒にいる奴はペぺ。アンタも会ったことあるでしょ。今のとここっちに危害を加える様子はないみたい。そもそも迷宮の安地で危害を加えることは出来ないし、大人しくしてるわ」
魔王軍の一人、ペぺ。中性的な見た目の――男か女かは分からない、夢魔。何度か遭遇したことはあるけど、確かに殺意のようなものは感じられなかった。それどころか、やけに和気藹々と、親し気に接してくる。油断を誘う作戦かもしれない、掴みどころのない相手。
「大丈夫……なのかなぁ……」
「大丈夫よ。それに、アイツだって簡単にやられるような奴じゃないでしょ」
前衛職のイーサンだけど、大きな盾は敵を殴ったり、それを軽々持つ筋力もある。不安はある。けれど、イーサンの実力と、実際その場にいるかのように様子を語るニーナから、危険は少ないのかもしれない。
「それもそっか」
「ですが、いつまでものんびりしているわけにはいかないでしょう」
「そうね。最短とは言わずとも、最速で行きましょ」
「それって何が違うの?」
「急がば回れ。危険な近道よりも遠くて安全な近道を選びましょ、ってこと」
「あー……ボスたちはサイサリスに行くのか?」
恐る恐る話に入ってきたのはブリッツだった。すっかり存在を忘れていた。ごめん。
「サイサリスは攻略組も未到達の場所だ。それと、ここからだと最前線へ行くにも結構時間かかるぞ」
「それでも行かなきゃいけないんだ。じゃあねブリッツ、またどこかで」
「待て待て待て。急いでるんだろ、なら最前線まで一緒に転移してやる」
「出来ることなら有難いけど、どうやるのよ。アタシたちはこの先をマッピングもしてないのよ」
「だから俺とパーティを組んでくれ」
ブリッツの提案に、ニーナも首を傾げた。ブリッツはういんどうを操作して、一つの道具を取り出した。凝視すると【座標転移】の表示が浮かび上がった。
「一時的で構わない。パーティを組んでいればこれで転移出来る」
「その道具が本物としても、アンタが最前線へ連れてってくれる保証はあるのかしら?」
「ボスに誓って嘘はつかない」
みんなの視線がルシルに集まった。
「ふぇぇ」
「彼を信じましょう、ニーナ。もし嘘であれば、ルシルさんに誓って彼を殺せばいいのです」
「それもそうね」
「ふぇぇぇ」
「だから殺しちゃダメだって」
「申請を送ってもいいか?」
ピロン、と愉快な音と共に、目の前に【ブリッツからパーティの申し込みがあります】と表示が出た。【承諾しますか?】の質問に僕は【はい】を押そうとして、ニーナが待ったをかけた。
「アンタがアタシたちのパーティに入りなさいよ」
「それは構わねえけど……なら申請送ってくれるか?」
「「「「…………」」」」
「送れよ!?」
「ちょっとレオ、何ぼさっとしてるのよ。アンタがリーダーでしょ」
「僕!? え、どうすればいいの?」
「ほらそこのパーティを押して……そういえば作ってなかったわね」
ニーナに言われるがまま操作をしていくと、【パーティ名を入力してください】と出た。
「パーティ名? 何て打てばいいの?」
「そんなのアンタが決めればいいじゃない」
突然そんなこと言われても……。何でもいいと言われると逆に困ってしまう。
「じゃあ……『魔王を倒す』」
「名前っていうか……」
「目的ですね」
「でも、分かりやすくていいかも」
パーティ名を入力して四人に申請を送る。
「ブリッツ、これで大丈夫?」
「ああ。早速転移しても構わねぇか?」
「もちろん!」
僕たち五人は顔を合わせるように円状に立つ。
「座標転移、最前線!」
ブリッツの声と共に、一瞬にして意識が遠のいた。
ブリッツ「それにしても、お前ら本当に強いな。いつからやってんだ?」
レオ「えーっと、二日前?」
ブリッツ「二日!? それでこの強さかよ。やっぱいるとこにはいるんだな」
ウィズ「ここは私とルシルさんの出番ではないのですか!!??」
ニーナ「次回【次元直視】 タイトルが思いつかない? 知らないわよそんなの!!??」