1-3 side.レオ
ニーナに連れられて来られたのは、街の端にある海が見える展望台だ。僕としては一刻でも早く他の三人を探したいところだけど、大事な話があるらしい。穴場なのか人気はないわざわざこんな場所を選ぶほどの話ってなんだろう。
「どこらか話そうかしら……」
難しい顔をして考え込むニーナに、こっちまで緊張してくる。
意外にも、彼女は頭がいい。魔法を使いこなす知識量や、戦闘中の判断力の速さなど。ただそれ以上に、破天荒でアグレッシブな言動が目立つのが勿体ないと思う。
「……よし。今から話すことは荒唐無稽に聞えるかもしれない。それでも、アタシが言うことはどうしようもない事実なの」
僕は唾をごくりと呑み込んでニーナの言葉を待つ。
「気付いているとは思うけど、ここはアタシたちがいた世界とよく似ている。でも今いるのは、ジェルバマールでも大陸でもない。そもそもの次元が違う異世界なの。例えるなら、夢や絵本の中ってとこかしら」
夢の中って聞くと楽しそうな話だけど。
「それは魔王の仕業なの?」
「分からない。でもアイツが絡んでいるのは間違いない。ややこしいのはここからよ」
ニーナの言う通り、そこからはとても難しい、理解のしがたい話だった。彼女もきっと、説明する言葉を選ぶのに苦労しただろう。それでも僕が理解しやすいように、分からずに聞き返したことは分かるまで、何度でも丁寧に教えてくれた。
ネオと呼ばれるVRMMO《この世界》の理。僕たちの世界とは異なる、独特な技術《魔法》の存在。
例えば、さっきまでゴミだと思っていた視界に映るものは、ステイタスと言うらしい。【MP】は魔力。簡単な魔法なら僕も使えるようで、密かに楽しみにしている。【HP】は体力。この世界で痛みを感じることはないけれど、攻撃を受けるとHPが減っていき、なくなると死んでしまう。
僕やニーナ、エリックを含めた冒険者は青、魔物は赤、NPCと呼ばれる冒険者以外の人は緑のマークが頭に浮かぶ。これはあくまでも視界だけの話で、実際に触ることは出来ない。
右手を前に掲げて、上から下に手を振ってみる。エリックがやっていた動きだ。すると空中に文字や記号が書かれた、透けた青色の板が出てくる。【装備】【アイテム】【クエスト】【フレンド】【オプション】などなど。意味が分かるものからそうでないものまで、沢山の項目がある。これはメニュー画面と言って触ることができ、より細かい情報が出てくる。ただこれも、触れることは出来ても視界の中にしか存在せず、僕が見ているものは他の人には見えないらしい。高度な幻術のようだ。
「でも、どうしてニーナがそんなこと知ってるの?」
「あら忘れた? アタシが使えるのは攻撃魔法だけじゃないってことを」
ニーナの目がきらんと光る。そうだ、彼女は千里眼も使えるんだ。それなら――
「もしかして、他の三人の居場所も分かったりする?」
ニーナの顔が誇らしげに笑う。
「三人の居場所だけじゃないわ。転移魔法は使えないけれど、魔王城への最短ルートを案内してあげる。これが魔王の仕業なら、魔王を倒せばきっと元の世界に戻れるはず」
どうして僕たちがこの世界に飛ばされたのか。この世界はどうして元居た世界に似ているのか。どうしたら元の世界に戻れるのか。分からないことはまだ沢山ある。分かっているのは、この世界にも魔物がいて、魔物に困っている人たちがいて、魔王城があって、魔王がいるということ。魔王を倒せば、元の世界に戻れる。
「どうする?」
あのときと同じ笑顔だった。
『一緒に魔王をぶっ飛ばしてみない?』
初めて会ったとき、開口一番に彼女は言った。
答えは決まっている。
「行こう。ルシルと、イーサンと、ウィズの三人と合流して。魔王を倒しに!」
「そうこなくっちゃ!」
僕たちは拳を突き合せた。
「それにしても、ニーナって本当に何でも出来るよね」
「そう? 周りからは出来損ないってよく馬鹿にされたわ」
僕たちはグラッシーを出て、シロザという街に向かっていた。先ずは近くにいるというルシルとウィズの二人と合流することにした。二人がいるロベリアの街へ行くには、シロザの街を経由しないといけないらしい。どこまでも広い草原。ニーナがいなければ野垂れ死んでいたかもしれない。
途中、戦闘をしながら、ニーナにこの世界のシステムを教えてもらう。『アンタは口で説明するよりも、実際に経験したほうが早いわ』とのことだった。剣でサクッと斬れる相手ばかり。繰り返すうちに戦闘にも慣れてきたし、完全に理解したかもしれない……!
「周りを見返す為にアタシは魔王を倒す。でも、一人じゃ魔王を倒す力も勇気もなかった。いざ挑もうとすると身体が震えて、何も出来なかった。だからね、勇気ある者が一緒にいてくれて助かったわ。ありがとね、勇者さん」
不思議だと思った。いつも強気な――誰よりも楽しそうに魔物を倒す彼女の話が。
僕はただ、魔族が赦せないだけだ。昔から魔物は人に悪さをする。僕の村も被害にあった。村のみんなは魔物を恐れた『報復されたらどうするんだ』と。何もしていないのに泣くのは嫌だった。報復が怖いならやり返せなくすればいい。魔物や、魔物が住む迷宮を生み出す魔王《元凶》を倒せばいい。恐怖に怯えて震えることも、魔王を前にして武者震いをすることも、震えることに違いがないのなら、僕は後者を選ぶ。当たり前のことだ。
だから、お礼を言われて、何と返せばいいか分からなかった。お礼を言うべきは僕なのに。
「早くしないと置いていくわよー!」
いつの間にかニーナは随分と先を進んでいた。
「今行く!」
僕は急いで彼女の後を追い駆けた。