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1-1 side.レオ

「――か。大丈夫ですか?」


 んー……まだ地面が揺れて……。


「ったく……フィールドのど真ん中で寝るとかどんな精神してるんだ? これじゃあ殺してください、って言ってるようなもんだぞ」


 違う。誰かが僕の体を揺さぶったんだ。


「み、みんな大じょ――」


 ゴンッ。お互いの額がぶつかった。


「っぃたああああぁぁぁ!!??」

「!!?? いきなり起き上がるなよ。……てかゲーム内だから痛くはないだろ」

「え? あれ、本当だ。痛くない」


 おでこをさする。確かに当たった感覚はあったのに、言われてみれば不思議と痛くはない。


 立ち上がって、僕を起こしてくれた彼を見る。気怠そうに欠伸をする彼は僕より年上――ウィズと同じ二十代くらいに見える。僕の村では珍しい黒髪黒目。彼も魔法を使えるのだろうか、左手に大きな白杖を持ち、白のローブを着ている。服も杖もシンプルなデザインだけど、パッと見ただけでも質が良くて高そうだ。


 周囲の景色は、さっきまでいた洞窟とは異なっていた。青い空と緑が広がる草原。けれど、この違和感はなんだろう。いつもより体が軽い気がして、確かに存在しているのに、何かが抜け落ちたような感覚。背中の剣を抜いて、軽く手のひらを斬ってみる。痛みもなければ、血も出ない。剣をしまっているうちに、傷は自然に塞がっていた。

 昔、本で読んだことがある。人は死んだら楽園シエロへ行くと。そこは痛みや悲しみといった全ての苦痛が存在しない穏やかな場所で、白い服を着た天使アンヘロもいるらしい。


「そっか、やっぱり僕は死んじゃったのか……」

「何言ってんだお前?」


 怪訝な目で見られた。


「問題がないなら俺は行く。じゃあな」

「ま、待って! ここはどこ! 僕は誰!」

「問題大ありだな」


 間違えた。そして凄く面倒なものに出会ったような顔をしている。


「今のは少し焦っただけだよ。僕はレオナルド。助けてくれてありがとう」

「別に助けたわけじゃ……あー、おれはエリックだ」

「よろしく。エリックはここがどこか分かる? それと僕の仲間がどこいったか知らない? あと魔王は――」

「待て待て、一気に訊かれても困る。とりあえず、ここは【西の大草原(ウェストプレーリー)】の南側【吠える草原(コリムーアズ)】だ」

「ごめん、何を言っているか全然わからない」


 初めて聞く名前だった。エリックは困ったような顔をしているが、困っているのは僕のほうである。


「あー、そうだな……とりあえずマップ開けるか?」

「地図なんて持ってないけど」

「持ってるとかじゃなくて既に入ってるだろ。ほら、メニューを開いて下にスクロールしていくと項目があるはずだ」


 そう言いながら右手を前に掲げ、なにやら指を動かし始めた。まるで僕には見えないナニカが彼には見えているかのようだ。


「まさかこのゲームどころかVRMMO初心者か? だとしても事前知識なしで……誰かに無理矢理遊ばされた? いやそれもおかしな話か……」


 突然独り言をぶつぶつと呟き始めた。僕は何もしていないのに、変わった人だ。

 ところで僕は、さっきから視界の端にゴミのようなものがちらついているのが気になっていた。何度目をこすってもとれる気配がない。それどころか数が増えて、徐々に大きくなっているようにも見える。赤い点のような、その下にもナニカ黒いものが――。


「ウォォォォォォォォオオオオオオオオオオオンッ!!」

「魔物ッ――!」


 咄嗟に剣へ手が伸びる。いつのまにか十数の魔物が僕たちを取り囲んでいた。見た目は【灰色狼ペログリス】に似ているがそれよりもやや大きい。

 一人での戦闘は久々だから少し不安だ。ニーナと出会ってからは率先して彼女が倒していたからだ。魔王退治に僕が誘われた理由がいまいち分からない。彼女だけでも十分だろうに。

 っと、今は目の前のことに集中しないと。


「ここは僕に任せてエリックは下がってて」

「いや、おれ一人で問題ない」


 僕が動くよりも速くエリックの魔法が奔った。

「【青天霹靂サンダーボルト】!」


 一瞬で、一撃だった。轟音と共に閃いた光が辺りを包んだかと思えば、灰色狼らしき魔物はガラスのように砕けて涼やかな音と不思議な青い光になって消えた

 魔法とは本来魔族が扱うもので、僕たち人間が魔法を使うときは魔石が必要となる。魔法使いが持つ杖には魔石が埋め込まれていて、威力や方向性もそれを通して決める。今でこそ魔法が普及しているものの、強力な魔法になるほど使いこなすのは簡単じゃないし、魔法を使うのも素質が必要だ。残念なことに僕は魔法が使えない。


「お、おぉ……」


 僕のカッコイイ姿を見せるつもりだったのに、思わず見惚れてしまった。

 エリックはニーナと同じか、もしかしたらそれ以上の実力者かもしれない。ニーナほどの攻撃魔法を使える人物を僕は知らない。いたらそれは魔族ぐらいだろう。


「エリックは魔族なの?」

「は? 違うけど、急になんだよ」

「いやほら、今の数を一撃で倒すなんて凄く強い魔法だなーって」

「レベル差もあったし、広範囲魔法ならこんなもんだろ」


 レべ……何だろう? でもエリックが魔族じゃなくて安心した。魔族だったら殺さなきゃいけない。魔物は僕の村を壊した。魔物による被害は国中で起きている。魔族は魔物の総称だけど、とりわけ知能の高い人型の魔物を魔族、それ以外の動物や植物などの形をしたものを魔物と呼ぶことが多い。魔族は魔物を生み出し使役する。そしてその頂点が魔王だ。


「ここじゃあゆっくり話が出来ないな。ひとまず街へ行こう。ここから少し西へ行けば港街がある。もしかしたら、お前の仲間もいるかもしれない」

「本当!? よし行こう! 今すぐ行こう!」

「もしかしたら、の話だからな」


 エリックが親切な人で良かった。幸い、途中で魔物に出会うこともなかった。

 気付けば赤い点のようなものも取れていた。けれど、視界の隅にはまだナニカが浮かんでいた。【HP】【MP】と書かれた棒状のものと、その下に数字が並んでいる。意味は分からない。それと【レオナルド】僕の名前だ。これらが何なのかも、あとでエリックに訊かないといけない。最初は歩きながら色々と話していたものの、途中からうるさいと言われてしまった。




 大人しくエリックの後を歩いていると、やがて潮のにおいが鼻をくすぐった。


「あそこに見えるのが【グラッシー】だ」


 エリックが指差したさきには、鮮やかなオレンジ色の建物が並んでいた。丘陵地から海へ続く階段、オレンジの屋根から飛び出した修道院のとがった三角の屋根、海岸に立つ灯台と石像。まさか、と思った。僕はここを知っている。


 でも決して【グラッシー】という名前じゃなかった。僕が知っているのは【ジェルバマール】。まだニーナと二人で旅をしているときに訪れた場所だ。


「ねぇ、エリック。この場所――っていない!?」


 辺りを見回すと既に街へ続く階段を降りているところだった。慌てて後を追い駆ける。

 階段を降りて道なりに進む。確かに見覚えのある街並みだ。細かい部分までは分からないけど、さっき前を通った土産物屋にはよくわからない人形があって、そこの広場の噴水で魔物の粘液を落としたり。

 うん、だんだん思い出してきたぞ。あそこの屋台ではニーナと一緒に魚の串焼きを食べて、そうそう、ちょうどあの子みたいに――


「ニーナ!?」


 普段の言動とはかけ離れた、可憐で大人しい少女のような佇まいに騙されるところだった。戦闘中以外は大体かぶっている大きな帽子も今はない。けれどエルフの末裔を表す少しとがった耳に、赤と桃色のグラデーションが綺麗な癖毛。小さい身体に不似合いのでかい杖を背負った姿は、まさしくニーナ本人だ。


「ん、レオ見つけた《へほみふへは》」


 残っていた身へ豪快に噛り付いて呑み込む。


「ったく、アンタって本当にのんきね。心配いらないと思ったけど、心配しちゃったわ」

「そこは最初から心配してよ!?」

「どうした? 探してた仲間でも見つかったか?」


 前を歩いていたエリックが振り返る。まるで他人事のようにのんびりとしている。


「うん。彼女はニーナ、一緒に魔王退治を目標にしてるパーティの一人だよ。ニーナ、彼はエリック、寝ている僕を起こしてくれた」

「アンタはお姫様か。……ひとまずお礼を言うわ、エリック。レオを連れてきてくれてありがとう、そしてさようなら」

「ちょ、ちょっとニーナ!?」


 強引に腕を引っ張られる。


「おい待て」


 痛い痛い痛い。反対の手をエリックが掴んで、僕の体が裂けそうになる。ニーナが立ち止まったおかげで難を逃れた。と思ったが、振り返った顔はいつにも増して機嫌が悪そうだ。


「何? もうアンタに用はないんだけど」

「おれも面倒なのは嫌いなんだけど。お前がレオの保護者ってなら、色々と訊きたいことがあってな」


 ん? ニーナが保護者?


「僕は子供じゃない! ニーナよりも背が高いし!」


 確か150セメスは……ない!


「急に何の話だ……?」

「はぁ!? 身長は関係ないでしょ! 大体アンタまだ十六年しか生きてないじゃない。これでもアンタより長く生きてるんだから」

「十六……は子供だな」

「僕の村では立派な成人年齢なんだけど!?」

「民法では十八からだろ。てか今どき村って、どこのド田舎だよ」


 うっ、田舎であることは否定できない。でも田舎だって良いところは沢山ある。村のみんなはやさしいし、じいちゃんの畑で採れる野菜は旨い。自然豊かで魔族さえいなければ平和な。


「あーくそ、無駄話してたら時間じゃねーか」


 まただ。エリックは僕から手を離すと、ナニカを操作するように手を動かす。


「じゃあな。次会えたら話を聞かせろよ」


 そう言って彼は目の前で消えた。


「え? え!?」

「落ち着きなさい。……ただの瞬間移動よ」

「そっか、ただの瞬間移動か」

「…………バカで助かった」


 瞬間移動の魔法も使えるなんて、エリックはやっぱり凄腕のようだ。結局、十分に話を聞くことも、お礼を言うこともなく別れてしまった。またどこかで会えるといいな。

 そう思いながら僕は、なぜかニーナに引っ張られるがまま移動していた。


レオ「ぼくは生きてる……?」

エリック「なあ、お前本当に大丈夫か?」

ニーナ「気にしないで。こいつバカなだけだから」

エリック「そうか。バカなのか」

レオ「バカバカって二人して酷い!!?? バカって言った方がバカなんだよ!! あっ」

エリック「なるほどな。次回【疑わしきは罰せよ】」

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