1-16 side.レオ
オヒアを出た次の日の戦闘はいつもよりもスムーズだった。とりわけニーナとルシルの連携の調子がいい。近いとは聞いていたけど、次の町へは半日もかからずに到着した。
「予想より少し早い到着だな。間に合ってよかった」
「エリック!」
「久しぶりだな、レオナルド」
十日ぶりの再会。喜んだのも束の間、すぐさま剣を抜いてエリックの後ろに潜む相手に斬りかかる。が、寸でのところでエリックの杖に防がれる。
「どいて、エリック。そいつは魔族だ」
エリックの後ろには白髪に赤い瞳の――僕に決闘を申し込んできた魔族がいた。今度は逃がさないけれどエリックが退く様子はない。強行すればエリックを傷付ける恐れがある。
「誤解だレオナルド! こいつは魔族じゃない、歴とした人間だ!」
「嘘だ! そいつは魔族と名乗って決闘を挑んできた!」
「その魔族って名乗りが嘘なんだ! 頼むから話を聞いてくれ!」
「私も加勢したほうがいいかな?」
「お前は黙ってろ! これ以上誤解を増やすな!」
今だ――!
「はいそこまで」
「ニーナ!? どうして邪魔をするのさ!」
間に入ったニーナの直前で剣は止まった。口や目は動かせるものの、体が動かない。これは多分ウィズの魔法だ。
「エリックは嘘をついていないわ。この女は魔族じゃない。けど、コイツは魔族と嘘をついた。その理由ぐらいは聞いてあげてもいいんじゃない?」
ニーナにつられて、全員の視線が白髪の女に集まった。
「ごめんなさい!」
彼女は突然這いつくばるかのように、地面に膝をつけて頭を下げた。行動の意味はよくわからないけど、前とは違って今の彼女に敵意がないのは分かった。
「レオナルドさんの話を聞いたとき是非とも手合わせをしたいと思って、魔族って言えば戦ってくれると思い嘘をつきました」
「どうして僕と?」
「便宜上はデータ計測ですが、強い人と戦うのはとても気持ちがいいからです!」
なんだろう……とても危ない人のような気がする。エリックですら呆れた顔をしている。
「――る。分かるわ、その気持ち!」
ニーナが目を輝かせて彼女の手をガッととる。握られた彼女はきょとんとしている。
「相手が強ければ強いほど思いっきり暴れられる。その開放感が堪らないのよね」
何が起きたか分からない顔をしていた彼女だったが、ニーナの言葉に同じく目を輝かせた。
「そうなんです! それに最近は周りが私のことを避けているようで、誰も相手をしてくれずつまらないんです!」
「同じよ! あ、アタシはニーナ。アンタは?」
「槐です。よろしくお願いいたしますね、ニーナさん」
「えぇ、よろしく。それじゃあ早速……」
ニーナと槐は立ち上がって互いに距離をとる。ニーナは杖を、槐さんは細い剣に手をかけて――。
「まてまてまて。いい加減にしろよこの槐。おれ達がここに来た目的を忘れるな」
二人の間にエリックが入った。武器をおろす二人の顔はあからさまに不満を訴えている。どうやら戦いに来たわけではないらしい。
エリックが真面目な顔を僕に向ける。
「なあ、レオナルド」
「レオでいいよ」
「じゃあ、レオ。槐が嘘をついたことは謝る。見ての通りただの戦闘狂だ、見逃してほしい。その上で、おれ達に力を貸してほしい。いや、おれ達が力を貸すというべきか? ……まあ、どっちでもいい。ここからは真面目な話をしたい。お前達にも関わる、大事な話だ」
僕はニーナとルシル、ウィズの顔を見渡した。三人とも無言で頷く。僕もエリックに頷き返す。エリックは「ありがとう」と言って、ひとまず場所を移ることにした。
昼間だからだろうか。誰もいない酒場で僕たちは机を囲む。僕、ニーナ、ルシル、ウィズの順に座って、向かい側にエリックと槐さんが座った。店主もおらず入っていいのか悩んだが、エリックが堂々と先を行くのでおそるおそるついていくかたちになった。店内はうす暗く、まるで秘密の作戦会議をしているような気分だ。
けれどいつまで経ってもそれは始まらない。
「ちょっとエリック、皆待っているでしょう」
「え、槐。やっぱりおれ、人前で話すのはむりだ……」
今まで見てきたエリックが幻想のように、血の気が引いて青く泣きそうで頼りのない顔。
「もう! 会社では普通に話せてたじゃない全く……」
さっきは槐さんに振り回されるエリック大変だなー、と思っていたけど、槐さんも苦労しているらしい。
「エリックがダメなやつでごめんね。改めまして、私は槐。エリックと一緒にこのゲーム――『Next Earth Onine』を運営している会社で働いています。あ、会社って単語、通じる?」
今までの言動はふざけていたのか、見た目こそ若いものの対応は落ち着いた大人の女性だった。槐さんの話は、ニーナから聞かされていた異世界転移を裏付けるものだった。
槐さんの話に、ニーナが率先して応答する。そうしてお互いがもつ情報のズレや隙間を埋めていった。ウィズがメモを取りながらたまに質問をする。僕には話のほとんどが理解出来ず、傍らでなんとなく相槌を打つ程度だ。ルシルはぽけーっと宙をみている。
エリックが僕の世界に来たことがあるのには驚いた。信じられない話だけど、僕たちが違う世界にいるのも、その世界が元の世界と似ていることを思えば、信じるしかない。
概ねの現状把握が終わると、次は今後についての話し合いになった。
「君たちはサイサリスでアミ―を倒す予定なんだよね?」
これには僕も大きく頷いた。
「私達が君達の世界に行ったときは、肉をもった現実の体ごと転移してた。でもこの世界で君達が生きていることはデータでしか観測出来ない。本物の肉体が元の世界にあるのか、それとも肉体ごとデータに変換されているのか。死んだとき、つまりHPがゼロになったときどうなるのかは私達にも分からない。だから、出来得る限りを尽くして君たちをサポートします」
「本当!? ありがとう!」
「少しいいですか?」
ウィズが手を挙げた。
「助けていただけるのは大変有難いお話です。しかし、あなた方がそこまでしてくれる理由は何でしょうか? 先程の話では、魔王と顔見知りとのことですが、異世界転移含めて罠の可能性は?」
「罠だなんてそんな――」
「おれ達だって被害者だ。正直、あんたらがいるせいでゲームの攻略はめちゃくちゃ。元の世界に帰りたいというなら、さっさと帰ってほしいね」
「ちょっとエリック! もう少し言い方ってものがあるでしょう!」
なんだかよくない空気だ。エリックは僕を助けてくれたし、槐さんも嘘をついているとは思えない。
ふと、ニーナがルシルに何かを囁いている。ルシルは困ったような顔をして、それからウィズに声をかけた。
「わたしは、二人がわたしたちを騙そうとしているとは思えない、かな」
「ルシルさんがそう言うならそうですよね! ルシルさんが死なないよう、死力を尽くしてサポートを頼みますよ!」
よし、問題なさそう!