1-15 side.ニーナ
「最近、他の冒険者をあまり見ないね」
レオが言った。
それはそうだろう。アタシたちが最前線にいるんだから、などと言えるはずもなく。「そうね」と、素っ気なく返すことしか出来なかった。
こっちの世界に来てから十日が経った。アタシたちは順調にサイサリスへ向かっていた。
「今日はここで休もう」
辿り着いたのはオヒアという村だった。名前こそ異なるものの、魔王城近くにある村によく似ていた。あそこも火山地帯に位置し、温泉があった。それだけじゃない。特徴的な建物の造り、主要な通りや建物の並び。まるで向こうの空気を持ってきたかのような存在感があった。
オヒアだけじゃない。元の世界によく似た街や魔物、迷宮は他にも幾つかあった。ただの偶然とは思えない。きっと魔王の仕業に決まっている。
アタシの次元直視は、アタシがいる次元の今しか視ることが出来ない。使い手によっては過去と未来、それに異なる次元に存在する世界の事象を視ることも可能という。言うは易し。理屈上は可能でも簡単に出来る芸当ではない。膨大な魔力、制御能力、複数の世界を除いてもなお自己を保つ精神力に、努力だけでは得られない生まれ持った才。だがそれら全てを兼ね備えたのが当代魔王。存在そのものがデタラメに最強な。
アイツの目的が何かは分からない。ただアタシはアイツの思い通りにはなりたくない。一度でもぎゃふんと見返してやりたい。その為には絶対に元の世界に戻る。それがアタシの目標。
「――ちゃん、ニーナちゃん」
荷物を整理しながら考え事をしていると、ルシルが声を掛けてきた。宿で休むときは基本同じ部屋だが、アタシから話かけることも、ルシルから話しかけてくることも殆どない。珍しい事だった。
「ご、ごめんルシル。どうしたの?」
「このお宿、温泉があるんだって! 一緒に行こう!」
胸がずきりと疼いた。マズイ。
「あ、アタシは遠慮しと――ちょ、ちょとルシル!!??」
「ほら行こう!」
女子ってお風呂好きよね……アタシも女子だけど。
ぐいッと引っ張られる力は意外と強かった。振りほどこうと思えば出来たけど、そうしなかったのは彼女の悲しむ顔を見たくなかったから。けれどこのままだとどの道――。
そうこうしているうちに脱衣所に連れられてしまった。アタシたち以外に人はいない。冒険者が他にいないのだから当たり前だろう。
隣で衣服を脱いでいくルシル。服の下には様々な暗器が仕込まれていて、それらも丁寧に外してカゴに入れる。下着姿になった彼女に思わず目が奪われる。勝手に白色を想像していたが、シンプルなデザインながらも、艶美的な黒色だった。白い肌がより映えて見えた。
この子、着やせするタイプでも十分あるのに、脱ぐと更にデカいわね……。
「ニーナちゃんは服脱がないの?」
「あ、えっと、アタシは別にお風呂はいいかなーって」
後ずさりをするとナイフが掠めて床に刺さった。
「そんなー。せっかくだし一緒に入ろうよ」
下着の下にも隠してるってこと!!??
「ほらほら、脱いで脱いで」
「あっ……ちょっと、くすぐった、あはは、んっ……ぁや、そこは――」
バランスを崩して押し倒される。そのまま盗賊特有の手業でするりと服を脱がされた。
胸元に埋もれた紅い魔石が露わになる。
服を奪い取って胸元を隠す。無意味だと分かっていても本能がそうさせた。
バレた。アタシが魔族だってことを。殺される。当たり前だ。アタシはずっと嘘をついていた。信じて背中を畔けてくれる仲間にアタシはずっと――。
「知ってたよ。ニーナちゃんが魔族だってこと」
「えっ……?」
アタシの上に覆い被さてったニーナは起き上がってその場に座る。アタシも起き上がって座り込む。ルシルの顔は、不自然なくらいにいつもと同じ自然で、朗らかに笑った。
「逆に訊くけど、隠す気ある? 髪も眼も特徴的な赤色で耳も尖ってて、たまに杖がないまま魔法を使ってたり。みんなにはエルフの末裔だ、って言ってるけどバレバレだよ。気付いてないの、レオくんぐらいだよ。ほら、レオくんってちょっとバカだから」
魔族だってことがバレていた。苦し紛れの嘘にどれだけ騙されてくれるのかと思っていたけど、騙されていたのはアタシの方だった。ならどうして。アタシの気持ちを読み取ったかのようにルシルが続けた。
「事情は分からないけど、魔王を倒すんでしょ? もしそれが嘘でわたしたちを本気で殺そうとしても、殺気で分かる。でも、ニーナちゃんからはわたしたちに対する殺意を感じない。ニーナちゃんはわたしにとって、ううん、レオくんや他の二人にとっても大切な仲間なんだよ」
ルシルが立ち上がって、手を差し伸べる。
仲間。今までレオにも何度も言われた言葉。アタシはそれまで、共に魔王をぶっ倒す存在程度の意味で思っていた。目的が終わればそれまでの関係。
アタシは魔族の中でも落ちこぼれで、ずっと馬鹿にされて一人だった。仲間なんて同族にもいない。まして人間が魔族と仲良くしてくれるはずもない。だから正体を隠した。罪悪感はない。それこそが間違いだったのだ。今になって心が痛む。
「ごめん、ごめんねルシル」
目からぼろぼと涙が零れた。拭っても拭っても、溢れては止まない。
「わわわ、泣かないでニーナちゃん。わ、わたしこそごめんなさい」
あわてふためくルシルは、いつもの内気なルシルだった。
「ううん、もう大丈夫。お風呂行きましょう」
服を脱いで浴室へ入る。体を洗う場が室内にあって、浴槽は外にあった。露天風呂だ。さっと体を洗い、浴槽へ向かう。外へ繋がる扉を開けると、全身をひんやりとした空気が撫でた。
「うぅ、寒っ……」
素朴なつくりながらも質の良い木で出来た浴槽を、洋燈の橙がぬらりと照らし、異国のような雰囲気を漂わせていた。外気から逃げるようにアタシは湯船に身を沈める。じんわりと温まっていく体に、心も落ち着いてきた。
こうしてゆっくりとお風呂に入るのはいつぶりだろう。そもそも、アタシはあまり湯船に浸かるタイプではない。誘われなければ延々に訪れなかった時間。
ほどなくしてルシルも入ってきた。「はぅぅぅ……」と可愛い声を上げながら隣に座った。
「わたしね、ずっとニーナちゃんとお話したかったんだ。でも、普段はレオくんたちがいて、迷宮内だとゆっくりお話も出来ないし……今なら他に人もいないから丁度いいかな、って。だからその、さっきはごめんなさい」
「そんなに謝らなくてもいいわよ別に。元はアタシが悪いんだから」
「う、うん……」
それからルシルは、何かを言いたそうにこっちを見てはずっと黙っていた。
き、気まずい……。でもお話したいってことは、何か話題があるのよね……? アタシから声を掛けるべき? もう少し待ってみる? と悩んだものの、声が一向にかかってこないのでコッチから声を掛けることにした。
「ねぇ、ルシル。話したいことがあるなら、さっきみたいに思い切り言っちゃいなさいよ」
「ふぇ!? あ、えっと、ニーナちゃんの、その、胸の魔石って、人で言えば心臓と同じだよね……?」
「そうね。魔族は体に魔石があるから、人のように魔道具がなくても魔法を使える。コレが壊されたらアタシは死ぬ。コレさえ無事なら致命傷でも回復の余地はある。ま、そこは魔物でも差があるから、各日に無事ではないけれどね」
「そそそそうだよね。大事な部分だよね」
「……触ってみる?」
「え!? で、でも」
アタシはルシルと向き合って、彼女の手をとる。
「仲間として、これからもアタシのことを頼ってほしい。そして、アタシも仲間として頼らせてほしい。これは特別な信頼の証。だから、ね」
「そ、それじゃあ……」
ルシルの白い手が胸元の魔石に触れる。
「これがニーナちゃんの……」
魔石の部分は肌と違って、触覚が弱い。けれど、つぅとなぞる手から不思議とやさしいぬくもりを感じた。恥ずかしいのに、とても心地が良かった。
とても小さな声でルシルが呟いた。
「売ったらいくらになるのかな……」
「だ、ダメよ!!??」
胸元を抑えてルシルから距離をとる。危ない。そういえばこの子は守銭奴だった。
「ご、ごめんごめん。冗談だから。仲間を売ったりなんてしないよ」
怪しい、が、その気になればいつでも殺しにこれるのだから、その時はその時だ。
「そ、そろそろあがろうか。少しのぼせちゃったかも」
「そうね」
温まった体に当たる外の空気が今は丁度良かった。
脱衣所で服を着ながら、ルシルが訊ねてきた。
「レオくんには魔族だってこと言わないの?」
「そうね……いつかはバレることだろうし、早めに言ってはおきたいのだけど、なかなかタイミングが見つからないのよね……。アイツ、魔族に強い執着を持ってるし。アタシとしては一緒に魔王をぶっ飛ばしてほしいから、下手に関係を壊したくないっていうか」
「バレてないことが奇跡だよね……」
二人でため息を吐いて、それから笑った。
部屋に戻る間も、部屋に戻ってからも、今まで出来なかったたわいない話を沢山した。どこの街が綺麗だったとか、あのお店のご飯が美味しいだとか、今までで一番苦労した迷宮はどこだとか。
ルシルが欠伸をした。アタシは夜に強いけど、人はそうじゃない。
「そろそろ寝ましょう」
「うん。おやすみ、ニーナちゃん」
「おやすみ、ルシル」
その日はいつもより、ぐっすりと眠れた気がした。
ウィズ「こ、この声はルシルさん!? この壁の向こうにはルシルさんがいる――!!?」
レ オ「ダメだよウィズ!! ダメだってば!!」
ニーナ「アンタたちうるさい!! 覗いたら殺す!!」
ウィズ・レオ「「……」」
ニーナ「次回【エリック再び】 試験が近いから暫く更新をお休みするわ! 来週には戻ってくる予定よ。初めましての人は今のうちに全話読みなさい!」