1-14 side.内海
×
休息を一日もらい全ての音や光を遮断して爆睡した翌日、おれは再びパソコンと向きあっていた。
「海人だから怪盗なのかい?」
後ろからモニターを覗き込む社長が訊ねる。答えたのは社長の隣に立つ江狛だった。
「そうなんですよー。普段は寡黙でクールぶっていますが、こう見えて結構厨二病なんです。高校生のときは引き籠り、名立たる企業のセキュリティもなんのその。情報を盗むことも掛けて自分で怪盗を名乗った元天才ハッカー」
「元じゃない。そもそもハッカーとはコンピューターに精通している人を表す言葉で今もだ。お前の言葉を正しく言うなら元クラッカー」
「今も結構ギリギリなことしてない?」
「必要悪はときに正義だ」
掲示板で情報を集めながら、モニター右下にある日付を確認する。
五月十五日。江狛が戻ってきたのが十二日。それから話し合いや検証を行い、十四日、つまりおれの休息日とレオナルドたちの最後の目撃があった日。今までの攻略速度から今いる位置を予測する。
「それにしても回りくどいことをするね。内海くんの実力があれば、彼等の位置など直ぐに割り出して捕まえられるだろうに」
モニターから目を離して椅子ごと向きを変える。
「先日も述べましたが、彼らとサイサリスへはこちらから干渉出来ません。コントロール権を奪われました。それ以外は生きています。一応、彼らの動きは観測出来ますが、その情報がダミーの可能性も否定出来ません。なのでこれは裏付けです」
「そうだね。だからこれは状況確認だ」
「それで、これからどうするの?」
再びモニターと向き合い、ネオの舞台となる大陸の一層目のゴール付近の地図を映す。丁度フクシアとサイサリスが画面内に収まるよう拡大をする。
「彼らは今オヒアにいます」
手近にあったボールペンの、ノックカバー側でモニターを指す。オヒアはフクシアとサイサリスの五分の一ほどの場所にある、火山と温泉が特徴的な村だ。
「なので、先回りして次のレヒアでおれと江狛で待ち伏せします」
「待ち伏せって。私たちはまだレヒアどころかオヒアすらマッピング出来てないよ」
「あのなー、どうして正攻法で行くんだよ。向こうが先に不正してきたんだ。こっちも社員権限を使わないでどうする」
不正とは言え、あいつら――レオナルドは被害者だろう。
介入してきたのは異世界の魔王。
細かい理屈は分からないが、魔王の能力によって、あいつらの能力がゲーム仕様に言語・数値化されている。言わば魔王のプログラムで動いているようなもの。アクセス権を失ったとは言ったが、彼らに関しては元からこちらにアクセス権はない。
高二の夏。おれ達が異世界に飛ばされたときも同じだ。本来の理を書き換えられて異世界に存在していたようなもの。複数の言語を組み合わせたプログラムは決して不可能じゃない。だが、異世界の魔法なんてめちゃくちゃ相手に、下手に理を変えようものなら何が起きるか分からない。最悪、存在そのものが消える可能性もある。
「社員でも不正は禁止だ。が、今回は特例。具体的にどうするつもりだい?」
「座標転移を少し改良して未到達の場所、この場合サイサリスへ転移出来るようにします。レヒアで彼らと合流したら事情を説明して、共にサイサリスへ行きます」
サイサリスのボス、アミ―も乗っ取られている。魔王の狙いは分からないが、アミ―を倒せば何かしら解決の糸口が掴めるかもしれない。
「あの子達もサイサリスを目指しているんだよね? わざわざ待ち伏せして一緒に行く必要ある?」
「ここまで順調に来ているが、あいつらがこの先死ぬ可能性がないとは限らない。それに、アミ―は一層目のフロアボス、言わば現時点でのラスボスだ。簡単依倒せるよう設計はされてない。少しでもおれ達が手を貸してやるのがいいだろう。もちろん、おれ達に死後罰則が出ないよう細工してな」
「それに、これ以上私のものを好き勝手させたられたくはないからね」
おれの言葉に社長が続けた。
その隣からなにやら輝かしいオーラを感じる。見れば江狛が、明らかに嬉しそうな、子供がする期待の笑みを浮かべていた。おそらくこれは、アミ―との戦闘を楽しみにしている顔。
江狛はこの街に古くからある江狛神社の神主の娘だ。それなりに大きな神社で、年末年始には隣町からも人が来るほどの。両親も厳しく、ありとあらゆる礼儀作法を叩き込まれている。そんな良家のお嬢様は、全てのストレスをゲームで発散している。この会社に入ることも、ましてやゲームをすることも両親には反対されたそうだ。けれどそこはお嬢様(?)何事も全力で取り組み、模試では一位を取り続け、家業や習い事もそつなくこなして無理矢理納得させたという。
その反動からなるゲームでの暴れっぷりは【烈火の鬼】、なんて異名がつくほどで、あの紅葬軍にも誘われ。結局、一人の方が気楽という理由で断ったとらしいが。
「いつ出発する?」
浮ついた声で訊いてきた。こっちを見る目が眩しくて、思わず目を逸らす。
「一時間もあれば終わると思う」
「分かった! それじゃあ一時間後にフクシアの噴水広場で待ち伏せね!」
「あ、おい、待て……」
江狛は部屋を飛び出していった。残り一時間、少しでも熟練度を上げるつもりだろう。
「フクシアって今の最前線じゃねーか……。おれまだ行けてないんだけど……」
仕方がない。フクシアへの座標転移も出来るように弄るか……。
「内海君さ、江狛君のこと好きだろう」
「ななななんですか急に!!??」
「まさか隠せてると思っているのかい? 君達は高校生からの付き合い――この場合は人としての関わり、なんだろう。告白はしないのかい?」
「それこそ、まさか、ですよ」
偶然一緒に異世界へ飛ばされて、このゲームを作るのがあいつの夢になった。あいつを異世界に巻き込んだのはおれの責任でもある。おれはその償いをしているにすぎない。おれとあいつが一緒にいるのは本来、身分違いというやつだ。
「ちょっと外の空気を吸ってきます」
一時間とは言ったが、その気になれば三十分あれば大丈夫だろう。
おれはパソコンの画面を閉じて部屋を出た。
×
江 狛「ねえ、かいと-―間違えた。内海」
天王寺「ところで、かいと――内海君」
内 海「お前らわざとだろう」
天王寺「たった一文字『う』があるかないかの違いだろう。気にするな」
内 海「気にしますよ!」
天王寺「次回【温泉】 今までのどの話よりも熱量があるぞ!」