1-10 side.レオ
「消えた!?」
「逃げられたわね……」
エリックも使っていた瞬間移動か。腕を斬り落として油断していた。
「逃げた先が分からなければ、追いかけるのも不可能です。ここは先を急ぎましょう」
歯噛みする想いだったが、イーサンのことも心配だ。ウィズの言う通り、僕たちは【断崖絶壁】を目指した。
立ちはだかるのは、見上げても終わりが見えない壁だった。上だけじゃない。横を見ても、どこまで続いてるのか分からない。大きな崖の下に僕たちはいた。
「こ、これを登るの……?」
「違うわ、この崖の中は迷宮になっているの。どこかに入口があってそこから中に入れるらしいのだけど……」
辺りを見渡しても入口らしきものは見当たらない。首を傾げているとルシルが手を挙げた。
「あ、あの。みなさんここで少し待っていて貰えますか?」
返事をする前に、ルシルは崖に沿って歩き始めた。その姿がどんどんと小さくなっていく。追い駆けるべきか悩んだところで「こっちです!」と大きく手を振る姿が見えた。
ルシルの元へ駆けつけると、ルシルは崖を押した。ガコッ、と音がして崖の一部が回転して扉のように開いた。
「凄い。よく判ったわね」
「えへへ。もしかしたら、って思っただけだよ」
迷宮には危険な魔物が住んでいる。同時に、魔物がお宝を隠していることも多い。ルシルは僕たちと出会う前から、趣味の迷宮探索でお宝を探していた。可愛い見た目に反して、暗殺者と盗賊のスキルを併せ持つ実力者だ。
中は真っ暗で、岩の扉が閉まると何も見えなくなった。ニーナとウィズが杖で明かりをつけた。光の玉が僕たちの周りに漂う。僕、ニーナ、ウィズ、ルシルの順番で歩き出すと、光の玉も自動でついてきた。
「アタシ洞窟って嫌いなのよね。思いっきり動けなくて」
一応ニーナは魔法職だから暴れる必要はないんだけどな。でも、ここはまだ広いからいいけど、酷い時は四つん這いを強いられたこともあった。あの時は剣を振れないから全部ニーナに任せていたっけ。
今のところ出てくる魔物は【蟻】や【土竜】【蚯蚓】など、地中に巣くう類ばかり。穴を掘っていきなり上下左右の壁から飛び出してくるのが厄介だけど、一体ごとの強さはそうでもない。僕たちは連携を崩さずに対処する。
それよりも困っていたのは、この迷宮そのものだ。
「また行き止まりだ」
複数の分かれ道。出口は崖の上にあるのか階段を上がったり下りたりもして、僕たちは通った道に印をつけて迷宮を歩いていた。行き止まりなら引き返して印のない方へ進む。その繰り返し。
「さっきの道も行き止まりでしたね。全ての道が行き止まり。本当に先へ続いているのでしょうか?」
「ルシルは何か分かる?」
「うーん……もう一度、さっき行き止まりの場所に行ってみてもいいかな?」
ルシルの言う通りに道を戻った。迷宮に入る前と同じように。ルシルは壁を探っている。
「ニーナちゃん、この壁を魔法で撃ち抜いてみて」
「任せて!」
即座に防護を張ったウィズの後ろに僕とルシルは退避。ニーナが杖を構え、魔力の塊を一点に集中させて撃ち出した。大きな音と共に土煙があがる。その奥でナニカが動いた。
「【晴れろ】」
ウィズが風を起こして土煙が消える。岩がこっちを見て動いた。
「ウオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!」
「ッ……! 岩の魔物!?」
思わず耳を塞ぐ。至近距離での咆哮。更それが壁に反響する。動けない。視界の端には【麻痺】とある。魔物の名前は【叫ぶ岩壁】とある。麻痺が治ったとき即座に動けるよう敵を注視して攻撃に備える。こっちに向かってゆっくりと転がり始めた。
「うわっ、え、どどどどどうしよう!!!???」
「ううう動けないです……!!」
「アタシも無理!!!!」
目と口だけが動く中でどんどんと岩が迫ってくる。
「【解毒】! 走って!」
ウィズの叫びと共に自由を取り戻す。同時に僕たちは全速力で来た道を走る。曲がり角では大きな音を立てて壁にぶつかって、無理矢理方向転換をしてついてくる。
「さっき降りてきた階段に行こう!」
流石に階段を上がることは出来ないはず。その読みは当たった。敵は一段目で動きが止まり、そこを一斉に叩いた。【叫ぶ岩石】が消えたあとには【石ころ】【振鉱石】の表示が出た。けれど今の僕たちにはそんなのどうでも良かった。息をきらしながら階段に座り込む。
「つ、疲れたぁ…………助かったよウィズ、ありがと………」
「どう、やら………私は皆さん、より、状態異常への耐、性が、ある、みたいで………」
従来の能力が数字としてステイタスに反映されるなら、イーサンは防御が高かったりするのだろうか。息を整えながらそんなことを考える。
ある程度休んだところで、僕たちは作戦を立てる。もう少しゆっくり休んでいたかったけど、ここは迷宮内。油断は禁物だ。
作戦と言っても基本はニーナの攻撃で敵を討つ、一撃で仕留められればよし。ダメだった場合に備えて、事前にウィズの魔法で強化を付与してもらって麻痺を防ぐ。
【叫ぶ岩壁】がいた場所まで戻ると道が続いていた。二度目からは作戦通り、順調に探索が進んでいく。そう思っていた。
「レオ、どこか場所を決めて野営をしましょう。迷宮内で時間が分かりにくいですが、既に十時間は探索しています。これ以上続けるのはおすすめしません」
「アタシも賛成。回復薬はまだ残ってるけど、この迷宮広すぎなのよ。魔力もかなり消費するから、なるべく大事に使いたいわ。元の世界なら余裕なんだけど。厄介よね、数値化って」
僕の剣も耐久値というのがかなり減っていた。いつもなら岩くらい簡単に斬れるけど、この世界が特別なのか【叫ぶ岩壁】が硬いのか、最低でも三回は攻撃を入れないと斬れない。
「それじゃあ少し戻る? 三十分くらい歩くけど、ここより道が広かったから、比較的安全だと思うんだよね」
もちろん迷宮内に安全な場所はないけど。広い方が気持ちゆっくりできるし、突然の戦闘にも対応しやすい。
野営地を決めて、手早く食事を済ませる。ライラックで買ったパンは、見た目は素朴なものの、やわらかくて美味しかった。この世界では道具鞄に入れたものは腐らないというから便利だ。一体どんな魔法を使っているのだろう。
食後はニーナとルシルを先に休ませて、僕とウィズで見張りをした。ニーナが灯していた分の明かりは消えて、少しだけ暗くなった迷宮に時間の経過を感じた。
MPやHPは回復薬だけでなく、休むことでも自然回復する。一瞬で回復する回復薬と違って、この場合は時間が経つごとに少しずつ回復していく。意外にも、見張りをしている僕たちも休みの状態と認識されて、少しずつ減った数字が戻っていった。
「レオは変わりませんね」
「何が?」
「何でも。以前ニーナさんが言っていたのをふと思い出したのです。貴方は勇者だと」
「勇者って御伽噺に出てくる魔王を倒した人だよね? そこから魔王に挑もうとする人を勇者って呼ぶのは聞いたことがあるけど、なんだか矛盾してない? 魔王に挑んで帰ってきた人は誰もいないし」
でもそれは、僕が魔王討伐を諦める理由にはならない。
「ま、僕は魔王に負ける気ないけどね」
「だからこそ、勇者なのですよ」
どういう意味なのか訊こうとして、天井から【巨大蚯蚓】が現れた。ニーナとルシルを起こさないよう静かに、かつ迅速に倒す。岩と違って簡単に斬れて助かる。
「ウィズも休む? このぐらいなら僕一人でも大丈夫だと思う」
HPは完全に回復してるし、僕は魔法も使わない。でもウィズは違う。回復役の魔力を攻撃で消費するのは得策じゃない。
「しかし明かりが……」
右手を操作して【道具】から洋燈を取り出す。
「これがあるから大丈夫!」
視野は多少狭くなるけど、その分感覚が研ぎ澄まされやすい。それに、一人で休みながら周囲に気を使っていた昔と比べたら苦でもない。
「それではお言葉に甘えて……無理はしないでくださいね」
ウィズは僕に幾つかの強化を施してから眠りについた。
暫くするとルシルが起きてきた。ニーナはまだ寝ている。
「交替するので、レオくんは休んでください」
「でもニーナが」
「暗闇はわたしの活躍場所ですから、一人でも大丈夫です」
両手を握ったルシルはやる気満々だったので、お礼を言って休ませてもらうことにした。