1-9 side.槐(江狛)
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【レオナルドさんが承認しました】その言葉と共に、十からのカウントが始まった。私は日本刀を抜いて脇構えをとった。
私――槐は、魔族でも何でもない普通の冒険者PLにすぎない。もちろん槐というのはPNで、本名は江狛宙。現実世界ではどこにでもいる社会人で、人間だ。
最初は本当に戦う気はなかった。どうして魔族と口走ったのか、自分でも矛盾していると思う。
スキル熟練度はあるが、このゲームではレベル以上にプレイヤースキルを重視している。彼らが本当に異世界からの来訪者とすれば、その実力、是非とも測っておきたい。
誘ってきたのは向こう。そういうことにしておこう。
カウントがゼロになる。
速い。一歩目の蹴りで彼は一気に間合いを詰めてきた。スキルエフェクトはない。パラメーターを敏捷に振っている、或いは彼そのものの身体能力が高いのだろう。
剣が襲い掛かる。下から刀を振り上げて受け止める。そのまま押されるように私は後ろへ倒れかかる。予想通り彼は追撃を加えてきた。スキル【後退】を発動。
一歩後ろへ下がる。直前まで私が居た空間に、彼は剣を振ってバランスを崩す。
二歩目に着地した足で地面を蹴って【加速】で間合いを詰める。がら空きの側面。
「もらった!」
魚を下ろすように刃先が彼の身体を斬りつけた。すぐさま態勢を立て直した彼が剣を振り上げたのを、再び【後退】で回避。
流石に同じ手は通用しなかった。私と彼の間に距離ができる。彼のお腹からは、赤いダメージエフェクトが血液のように零れており、HPが僅に減少していた。思っていたより少ない。ギリギリの部分で急所を回避されていたか。
お互いに出方を見る膠着状態。しかし私は、出方よりも彼の服装や持ち物が気になった。このゲームに登録されている何千もあるアイテムを頭に叩き込んでいるが、彼の剣や服装は情報がない。彼だけではない。仲間の三人も同じ。何より気になるのは赤髪の女の子。
横目で見てもやはり似ている。
彼が視界の端で動いた。
「【北斗七星】!」
「っ――!」
一撃目はお腹。二撃目はなんとか刀で受け流すも、三撃目は左肘から下を持っていかれる。
空を舞う私の左腕に、三割も減少したHP。そして喉元に突き付けられた剣先。
余所見をしていたとはいえ、彼への意識を全く外したわけではない。しかし、僅かな隙を彼はついてきた。
「君強いね。私もそれなりにやり込んでて負けない自信あったんだけどなー。これでも結構有名なんだよ。そういえば君はこんなにも強いのに噂を聞かないね? 最近始めたプレイヤー? だとしたらそうとう――」
「目的は何」
冷徹な殺意が込められた目だった。話聞いてたイメージとは百八十度違う。面白半分で魔族を名乗ってみたけど、もしかして選択間違えたかな? でも、これはこれで悪くない。
「君達を知ること、かな。【突風】!」
思わず顔を覆いたくなるような風が一瞬。風が流れる方へ彼は僅に顔を背けた。その刹那を狙って風上へ身体を反らす。【加速】。そのまま追い風に一撃を乗せる。
「【紫電一閃】!」
彼の視線はまだ反対側にある。とった――!
目前で赤いダメージエフェクトが舞う。
だがそれは、私の右腕から発生していた。
「なッ――!?」
わけがわからないまま【負け】の表示が出る。どこかで右腕と刀が落ちる音がした。
彼がこっちを見る。左手には剣が握られている。彼は、私を見ることなく私の右腕を斬り落としたのだ。スキルやパラメーターとか、システム的にも出来ないことはない動きではある。しかし彼のそれは、単純なシステム任せの動きではないように感じた。
「悪いけど、僕はまだあなたを信用できない。だから足を縛らせてもらうね」
呆然としている間に仲間の三人も呼ばれ、私は言葉通り手も足も出せなくなった。魔法を使えばもしかしたら、と思う。しかし、私の【職業】は侍だ。少ないMPは先の戦闘で使い切っている。
完敗だった。
「レオ。流石にやり過ぎでは? いくら私が医者といえ、この腕を直すのは無理ですよ」
「でも魔族だよ。何をしてくるか分からない」
白衣を纏った男性に少年――レオナルドが答える。
「大丈夫ですよ。時間が経てば自然に治ります」
白衣の男性は驚いた後、ドン引きの顔を露わにした。今度は水色が綺麗なツインテールの女の子が少年に訊ねる。一見大人しそうな彼女だが、この子も相当強い気配がする。
「こ、ここだと人目が……」
ここは街を出て直ぐの場所。故にモンスターこそ出現の可能性は低いが、通りすがる冒険者は多い。そんなわけで、私達は近くの木の陰に移動した。
「それで、僕たちをゲーム世界に連れてきた理由は何? イーサンは無事なの? 魔王はどこ? それから――」
「あ、あの! 順番に答えるから落ち着いて!」
少年は少し嫌そうな顔をした後、仕方なさそうに黙った。
さて、彼の質問にどこから答えよう? イーサンは仲間のことだろうか。引っかかるのは魔王、それから『この世界に連れてきた理由』。やはりあの仮説は正しい。
「私は――」
突如視界が真っ暗になった。身体にかかる重力。ベッドに寝そべる感触。これは――。
上体を起こして、ヘッドギアを外す。私が勤めるクレアストラ社には、VRをプレイするためのキャビンが幾つかある。そのひとつのベッドで。傍らには、社長の天王寺さんがいた。どうやら強制ログアウトをさせられたらしい。
「急にごめんねー。何やらピンチみたいだったし、きちゃった」
クールの中にお茶目さを持ち合わせた人だ、と常々思う。
テスト用の機器なので、ゲームの様子は全て監視、分析されている。
「いえ、むしろ助かりました。ありがとうございます」
強制ログアウトの場合、アバターは数分間その場にとどまる。その間も攻撃は当たる。残存中にHPがゼロになれば最後に訪れたリスポーン地点から。生きていれば、再度同じ場所からスタートする仕組みだ。
身嗜みを整えて、社長と共に小会議室へ向かう。
私がレオナルドに接触したのは、魔王様ならぬ社長からの指示だった。社内でも社長と私、そして同期の内海しか知らない極秘案件らしい。
少会議室のドアを開けると、物凄い速さでキーボードを叩く内海がいた。私達のことなど気にも留めず、真剣な顔つきだった。
社長と目が合い、二人で一度部屋を出る。社長は辺りを見回すと、人がいないのを確認して口を開いた。
「これは君達と私だけの極秘事項――と言えばかっこいいが、実際は他人に話したところで事実無根に荒唐無稽。与太話にしか聞こえないだろうね。だからこの件は、君達二人で解決してもらう必要がある」
まだ社会人として歴の浅い私達が選ばれた理由。ネオを創るきっかけであり、ネオそのものと言ってもいい。とは言え。
「解決しようにも、私達も巻き込まれた側ですよ。わけがわからないまま、突然に」
「彼を見ただろう。干渉してきた相手に、PCを使って間接的に干渉し反している。一度向こうの世界に触れた君達だからこそ、同調しやすいのだろう」
「その仮説を否定はできませんが……」
高校二年生の夏。私と内海は、異世界転移に巻き込まれたことがある。ネオは、そのとき転移した異世界を基にモンスターやフィードをデザインしている。
内海が出会った謎のプレイヤー、存在しないはずのプログラム、それらは私達が転移した異世界が、今度はゲームに干渉しているのではないか。というのが社長の考察だった。
『クソッ!! やられた!!!!』
小会議室の中から内海の悪態が聞こえた。社長がドアを開ける。
内海は椅子にどさりと身体を投げ出し、天井を仰いでる。
「すみません……乗っ取られました……」
「いや、よく半日以上も粘ったものだよ。お疲れ」
悔しそうに腕で顔を隠す内海に、社長は続けた。
「ゆっくり休んでくれ……と言いたいとこだが、悪いね。次は彼女が取ってきたデータの解析を頼むよ」
「……ニ十分だけ時間貰えますか?」
「いいだろう」
「は、半日って!? 流石に休むべ――」
「おれは平気だから黙ってろ。それに昔は三日三晩通しもざらだ。当然ボーナスはでるんですよね?」
「あぁ」
「ならやります」
止めることは出来なかった。内海は普段は面倒くさがり屋のくせに。一度決めたら頑固なのだ。そして、社長からの有無を言わせない圧。まるで恐怖政治だ。普段の好意的な態度で忘れそうになる。天王寺社長は、人の上に立つ絶対的王者としての風格がある事を。だからこその社長なのだ。
内海が二十分の休憩を終えた後、私達はデータの解析と話し合いを行った。
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江 狛「彼強いね……異世界の勇者ってみんなあんな感じなのかな……」
天王寺「殆どシステムに頼らず自身の動きであそこまで動けるのは凄いね」
内 海「そもそも、勇者ってそう何人もいるものなのか?」
天王寺「自分で名乗る分は自由じゃないか。次回【迷宮 断崖絶壁】 彼等の強さがいかほどか、じっくり見させてもらおうじゃないか」
(ネオはプレイヤースキル重視のゲームですが、1話でエリックが「レベル差があった〜……」と言ってます。ミスです。
スキル熟練度のレベル差見たいなのがあったとか、そういう解釈ってことで見逃してください)