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番外編:愛の日(バレンタインSS)(後編①) 


「だって妃殿下なんて、陛下との付き合いが長いだけじゃないの!」


突然聞こえてきた声に、わたしはぱちりと瞬いた。


今は隣国の王族を歓待するための夜会の最中───というか、宴の終わりに近い頃合いだ。

夏季とちがい、冬季の催し事は降雪の都合もあって王宮近くに住んでいる貴族しか集まらないことが多いため、出席者も少なくなりがちなのだけど、今夜はちょうど『愛の日』だったからか、いつになく若い貴族たちが大勢参加していた。大ホールには惜しみなく暖風のための魔導石が使われていたけれど、それが却って暑く感じるほどの賑わいだった。


わたしは王妃として一通りの挨拶や顔合わせをして、隣国の関係者たちと明日の会談のための事前の打ち合わせを行った。ついでに今夜のために王宮の料理人たちが腕を振るったチョコレートのデザート類を軽くつまんだり、リシューと数曲踊ったりしたところで、小休憩のために一人でバルコニーに出ているところだった。


冬の夜風がほてった頬には心地良い。

そんなことを考えながら、人目を避けてバルコニーの端にひっそりともたれかかっていたところで、突然の話し声である。


気配を殺したままちらりと目を向ければ、お嬢さん方が三人、お喋りに夢中といった様子でバルコニーに出てきたところだった。


「それで陛下にチョコレートを贈ったの? お慕いしていますと綴ったカード付きで?」


「あなた、まずいわよ、それは……」


「あら、陛下は喜んでくださると思うわ。だって妃殿下よりわたくしのほうが若くて美しいじゃない? お父様もお母様も仰っていたわ。妃殿下とは子供の頃に婚約してしまったから、陛下が即位されるときにも別れられなかったの。おいたわしい話だわ。陛下は慈悲深い御方だから、ほかに引き取り手もない野蛮な女を切り捨てられなかったのよ」


おやおや、どこの家のお嬢さんだろうか。そういうのは心の中で思っていても、王宮では口にしないほうがいい。


わたしはそう考えながら、かすかに揺れた闇に向かって制止のための視線を向けた。暗闇の中に潜んでいる彼らの職務は王妃の護衛であって、怒りに任せて暗器を投げつけることではないのだ。


「あっ、あなた、滅多なことを口にするものじゃないわ! あなたは王都に来てまだ日が浅いから知らないのでしょうけど、陛下は深く妃殿下を愛してらっしゃるのよ。妃殿下への侮辱なんて陛下のお耳に入ったら、どうなることか……!」


「それに妃殿下は大戦の英雄よ? 騎士団の方々も妃殿下へ忠誠を誓っているのよ。あなたの今の言葉を聞かれたら、この先まず良縁なんて望めないわよ」


「わたくしが嫁ぎたい方は陛下だけですもの。ほかの縁なんていらないわ。それに陛下は妃殿下を愛しているのではなく、付き合いが長いから見捨てられないだけなの。お父様もわたくしのほうがずっと陛下にふさわしいといっていたわ」


ああ……、思い出した。彼女は確かライル伯爵家の三女だ。三姉妹の中で最も美しいと評判で、当主が溺愛しているという噂は聞いたことがある。

なるほど、彼女の父君は少々野心家らしい。覚えておくかと心の内にメモをして、さてとわたしは頭を悩ませた。

隣国の王族がいる場で騒ぎなど起こしたくはない。彼女たちに見つからずに大ホールに戻るには、どうしたものだろうか?





付き合いが長いだけというのは、間違っていないのだ。

夜会の後、わたしはリシューと並んで温室への道を歩きながら、ぼんやりと思った。


わたしたちの婚約は先王の命令で結ばれたものだった。なにかロマンチックなエピソードがあるわけではない。わたしの父は先王の覚えがよく、当時は七番目の王子様だったリシューの婿入り先に我が家が選ばれた。それだけの話だ。


わたしに婚約の話をしたときの父は苦い顔をしていた。軍人貴族のレガルド家だ。家格は低いけれど、その代わり自由はある。娘には愛する男と幸せになってほしい。そんな風に両親は考えていたようで、深夜に、わたしの婚約について父と母が言い争いをしているのを聞いてしまったこともあった。


もっともわたし自身といえば、婚約も結婚もさほどピンと来ないままだった。子供だったのだ。ただ、父のことは尊敬していたので、婚約が決まったといわれたときは素直にうなずいた。


そして婚約者との初めての顔合わせの日、そこにはとても儚そうな王子様がいた。


わたしがそれまで交流のあった同世代の男の子といえば、我が家と同じく軍人貴族の子供ばかりだったから、上品で繊細そうな男の子と一対一で話をするのは初めてだった。この王子様とわたしがいつか結婚するなんて、何かのまちがいなんじゃない? と不安に思ったほどだった。


けれど王子様は淑女とは程遠いわたしに嫌な顔一つしなかった。それどころか、どこか怯えたような眼でわたしを見ていた。わたしは何となく、我が家にいるキーツを思い出していた。今では立派な番犬だけど、足を怪我しているところを見つけて拾ったばかりの頃は、警戒の眼でじっとこちらを見ていたものだ。


わたしは王子様に安心してほしくて、自分のことをいろいろと話した。わたしは不審人物じゃありませんよ、あなたを傷つけたりしないですよ。そうアピールしたくて、つい、ここに来る直前まで騎士見習いとしての訓練を受けていたことも話した。これは黙っていたほうがよかっただろうなと内心で思いながら。


なぜって、同じ軍人貴族の子ならともかく、こんな上品そうな王子様にとっては野蛮な女にしか見えないだろうとわかっていたからだ。


けれど殿下は、今まで会ったことのある偉い貴族の子供たちとはちがって、バカにした顔でくすくすと笑うことも、嫌そうな顔でみっともない女だと見下してくることもなかった。


殿下はただ心配そうな顔でわたしを見ていった。


「それは、危なくはないのですか?」


その言葉が嬉しかった。

わたしを案じてくれているのに、嬉しいといったら殿下に悪いかもしれないと思いながらも、胸がぽかぽかする心地だった。だって殿下はわたしのことを一人前の騎士のように見てくれる。わたしのことを認めた上で、危なくないかと心配してくれる。


わたしは「大丈夫ですよ!」と胸を張って答えてから、自分の夢について意気揚々と語った。殿下はきっとバカにはしないだろうと思ったからだ。たとえそれがどんなに夢物語に見えたって、この人は笑わないだろう。まだ会って間もない人だったけれど、わたしはすっかりと殿下を信じていた。


実際、殿下は、悪意を持って笑うことは一度もなかった。わたしがウケ狙いで話した失敗談なんかには楽しそうに笑ってくれたけれど、いつだって優しい眼でわたしを見てくれた。


わたしが恋に落ちるのはあっという間だった。


我が家に婿入りするはずだった殿下が、王宮の情勢の変化によって辺境の砦に行くことが決まったときには、わたしは同行するといい張った。両親は猛反対して、子供のお前をあんな遠い田舎へやれるかといったけれど、わたしは何が何でもついていくのだと徹底抗戦して、自ら絶食までした。しまいには両親のほうが根負けした。


なんでついて行ったかといえば、単純に好きだったからだ、殿下が。


リシューはなにかあのときのことを『アリーは心優しい人だからついてきてくれたのだ』と美談のごとく思っているフシがあるけれど、全然そんな善良エピソードではない。わたしがリシューと離れたくなかっただけだ。好きな人と一緒に居たかっただけである。


それに砦での生活は楽しかった。リシューもだんだんと笑顔が増えていった。ここに来てよかったと思った。師匠や癒しの巫女様にしごかれながら、いずれわたしたちはこの場所で結婚式を挙げて、砦を守りながら末永くここで暮らしていくんだろうな……なーんて思っていた。


まさかリシューが即位して自分が王妃になるとは夢にも思わなかった。人生、なにがあるかわからない。






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― 新着の感想 ―
ロマンチックなエピソードはないが、波乱万丈なエピソードならいくらでもあるよね。戦場で一番槍と叫んで突撃していく「未来の王妃」に、心酔しない兵士がいるとでも。伯爵よ、きみ、戦場に出たことないのか? 御令…
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