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番外編:愛の日(バレンタインSS)(中編)


師匠は昼間から紅茶にどぼどぼと蜜酒を入れた。

そしてため息をついていった。


「つまり、あれか? 王宮の連中に『手作りチョコ』を猛反対されたから、一人でこっそり作ろうと思って、その大荷物を持って俺の家まで来たわけか?」


師匠が“大荷物”と指さした先には、お菓子作りの材料や道具類の諸々が詰まった鞄がある。


「え、ちがいますよ? 反対なんてされてません」


わたしは首を横に振りながら答えた。


「むしろ皆大賛成してくれて、会う人会う人『初心者でも作れる簡単なチョコレート菓子』についてお勧めレシピを提案してきてくれるくらいで」

「どうなってんだよ王宮の連中は」

「みんな口をそろえて『どんな出来上がりであっても妃殿下の手作りが陛下は一番喜ばれると思います!』というんですよね」

「どんだけダダ漏れなんだよリシューは」

「そこはわたしの料理の腕が疑われていることも気にしてくださいよ」

「菓子を作ったこともないくせにその強気さはなんだ、アリー」

「わたしは肉を焼くのは得意ですからね!」

「肉と菓子を同列にしてる時点で失格だろうが!」


師匠が疲れた顔で紅茶をぐいっと煽った。まるで酒を飲むように紅茶を飲むのは、ミリスティ様に見られたら「行儀が悪い」とさぞ叱られることだろう。

わたしが愛弟子として紅茶のお代わりを淹れてあげると、師匠はまた蜜酒をどばっと足していった。


「だいたい、反対されてないならなんでうちに来た? 王宮の厨房でやればいいじゃねえか」

「やろうとしましたよ。でも、あまりに見物人が多くてですね……」


料理人たちはもちろんのこと、わたしの侍女たちにリシュー付きの侍従たち、それに騎士団の連中までワラワラと見学に来ていたのだ。


「冷やかしならまだしも、本気で心配してる顔で見守ってくるんですよ? あれじゃまるで赤ん坊の初めてのつかまり立ちを見守る大人のようでしたよ! わたしを何だと思っているんですかね? 戦場では『ディロードの悪夢』と呼ばれたこの騎士団長たるわたしを!」

「みんな案じてんだろ、王の胃をよ」

「ということで師匠、キッチンを貸してください。わたしは見事美味しいチョコレート菓子を作り上げてみせます!!」





一時間後、わたしと師匠は無言でその黒い塊を見つめていた。


「……炭じゃねぇか?」

「食べてみないとわからないじゃないですか……」


見た目と匂いが怪しくても美味しい可能性はあります!


そういってその塊を口に放り込んだわたしは、一秒後には口を覆って呻いていた。味も立派に炭だったのだ。食べ物を粗末にしないぞという精神だけで呑みこんだものの、口の中には炭の味が広がっている。思わず紅茶を酒のように煽った。わたしもミリスティ様に見られたら叱られることだろう。


「だいだいレシピ通りに作ったのに……、どうして……!?」

「だいたいがダメなんじゃねぇか!? 菓子ってのは正確さが大事らしいぞ」

「肉を焼くときと同じくらい、火加減には気を付けましたよ!」

「だから肉と菓子を同列に並べんじゃねぇよ。つうかもうミリスティを呼んだ方が早くねえか? 菓子作りについて教えてもらえよ、リシューを腹痛で寝込ませる前によ」

「師匠、平時は酒ばっかり飲んでる師匠とはちがって癒しの巫女様は忙しいんですよ?」

「おう、表出ろや。生意気な口をききやがって、このクソガキが。稽古をつけ直してやらぁ」

「それはわたしがお菓子作りを成功させるまで待っていてください」

「おう……。あのな、アリー。世の中には諦めたほうがいいこともあるからな?」

「優しい声でいうのやめてくれます? 大丈夫です、次はちゃんと正確に作ります!」


今日はもう時間がないから明日また来ますね、というと、師匠は複雑そうな顔をした。

『弟子の意欲は評価してやりたいが、リシューの腹痛が心配だ』という心の声がありありと滲んでいる表情だった。





翌日、わたしが作った物はカチコチの炭から黒い謎の物体へと進化していた。


「どうして……!?」

「なんだこのぶよぶよしてんのは……。アリー、お前、本当にレシピ通りやったんだろうな?」

「もちろんです。それに隠し味を少々」

「余計なことをしてんじゃねえ!!! どう考えてもそれが原因だろうが!!!」

「だ、だって、一匙足したら美味しくなるかと思って」

「基本もできねぇうちから応用しようとするなこのアホ!!! 剣術の心得その一は!?」

「基本一万回です!!!」

「よし、作り直せ」

「今日は時間がないので明日また来ますね……」


わたしは肩を落としながらいう。

師匠は少しばかり気の毒そうな眼でこちらを見た。


「お前、公務が忙しいなら諦めてもいいんだぞ? 王妃と騎士団長の兼務は大変だろ。むしろリシューの体調のためにも諦めたほうが」

「諦めませんよ。それに忙しいのは週末の夜会までですから」

「ああ、お隣の王族が来るんだったか。……あん、そりゃ愛の日じゃねぇか?」

「だから前日までには完成させて、夜会の後にチョコを渡すつもりです!」

「……魔物の後は人間同士の縄張り争いか。面倒くせぇな」

「まあ……、厄介ではありますけどね。騎士団長を経験していてよかったと思いますよ。人の争いというのは場所が変わっても似たようなものですから」


師匠はハッと鼻で笑っていった。


「悟ったようなこといいやがって、若造のくせによ。いいか、アリー。お前はまだ青二才なんだ。周りを頼れ。無理をすんなよ」

「はい、師匠。……まあ大丈夫です、こう見えてもわたしは世界各国に恐れられた『ディロードの悪夢』ですからね!」

「お前、それ、異形の魔物の軍勢に躊躇なく突っ込んでいくお前がイカレてるからついた二つ名だぞ? わかってるか?」

「うそ……! 強い騎士だからでしょう!? 『さすがディロードの騎士は強いな』を省略した二つ名ですよ」

「常識で考えてそんなわけなくねぇか?」

「リシューは『きっとアリーが強くて格好良いからだろうね』っていってました!」

「おお……、あの馬鹿……」

「わたしはリシューを信じています。あの人はわたしに嘘は言いませんからね」

「でもあいつ、お前に対してはべた惚れすぎて眼が曇ってるからな。腹が痛くなっても我慢するタイプだぞ。やっぱり料理人に頼んだらどうだ? 週末までにお前の菓子作りの腕が上達するとは思えねぇよ、俺は」


黒くぶよぶよした物体を見下ろして、師匠が真剣な顔でいう。

わたしは深く首を横に振った。


「できません。……だって、秘密にするようにいってあったのに、どうもすでにリシューの耳にもわたしのお菓子作りの噂が入っているらしくて」

「げっ」

「リシューからその話題を出されたわけじゃないんですけど、でも雰囲気でわかるんですよ。雰囲気がすごく甘いんです……! あの人いつも甘いのに、さらに輪をかけてわたしを見る眼が甘くて、昼間から蕩けるような声で名前を呼んできて、もうどうしていいかわからないくらいで……!」

「───わかった。そこまで楽しみにされちゃ仕方ねぇ、お前が努力しろ」

「頑張ります!!!」

「あとミリスティに頼んで胃薬を貰っておけ、な?」





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