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番外編:愛の日(バレンタインSS)(後編②)


……昔のことをつらつらと思い出しながら、自分が少し落ち込んでいることに気がつく。


付き合いが長いだけだとか、野蛮な女だとか、そんな風にいわれるのは今に始まった話ではない。リシューはいつもその手の中傷からわたしを守ろうとしてくれるけれど、まあ防ぎきれるものではない。なにせわたしが『ディロードの悪夢』と呼ばれるような人間であることは事実だし、戦場に出ることもない貴族の方々から見れば野蛮としか思えないだろう。


それにリシューは神々しい美貌の持ち主だ。比べてわたしは平凡な容姿である。なんであんな女が陛下の隣にいるのか、ふさわしくない、といわれてしまうのも仕方のないことだろうとは思う。


実際、わたしにもどうしてリシューがそんなにわたしを好きでいてくれるのかわからないのだ。正直にいってちょっと謎である。リシューならもっと優しくて美人で陰に日向に支えてくれるような女性を選べるだろうにと、わたし自身も思ってしまう。


己を卑下しているつもりはないのだけど、わたしがワガママな女王様であることは事実である。なんかリシューの日記には『あばれるこいぬ』とか書かれていたけれど。あれはきっと師匠が最初にいい出したのだ。リシューは師匠の悪影響を受けただけ。そうに決まっている。


わたしはかすかな息を吐き出した。

……この落ち込みはあの会話を聞いてしまったことだけではない。自分でもわかっている。根本的な原因は、チョコレート作りがイマイチ上手くいかなかったことだ。


頑張った。努力はした。最終的には師匠も「まあまあイケるんじゃねえか」といってくれた。自分でも今までで一番美味しくできたと思う。


けれど、その自信は、先ほどの夜会で木っ端みじんに砕け散った。王宮の料理人たちが丹精込めて作り上げたチョコレートケーキや焼き菓子類のなんて美味しかったことか……。どうして今日に夜会があったんだろう? と遠い目で思ってしまったほどだ。プロの素晴らしい逸品を食べた後に素人の手作りを出すのは、端的にいっても地獄ではないでしょうか?


「アリー?」


横から覗き込むようにリシューに見られて、わたしは思わずビクッと震えた。


「な、なに、リシュー?」


「……夜会の後だから、疲れているんじゃないかい? 今夜はもう休もうか? 花を見るのは明日だって構わないんだよ。私には君が一番大事だからね。それに、君というひと以上に美しい花はこの世には存在しないのだしね?」


甘い声が囁く。わたしの心を軽くさせようとする悪戯っぽさまで含んでいる声だ。


「だ、大丈夫。リシューの花を見るのはわたしも楽しみにしていたからね」


ドキドキしてしまったのを隠すように、わたしは急ぎ足で温室のドアを開けた。

室内に入ると一気に暖かくなる。

今夜はか細い月明かりしかないけれど、あちらこちらに置かれたランタンが足元を照らしてくれるおかげで、歩くのに危うさはなかった。

さまざまな植物が育てられている温室の中を、石畳に沿って進む。


「何の花を育てているのかは、そろそろ教えてくれる?」

「それは見てのお楽しみというものだよ。ここまで秘密にして来たのだからね、あと少しだけもったいぶらせてくれ」


リシューが楽しげな声でいう。

去年からおよそ一年かけて育ててきた花について、リシューは以前から「うまく咲かせられたら教えるから、それまで秘密にさせてくれるかい?」といってきた。その口ぶりからして栽培が難しい花なのかな? と思っていたのだけど、彼の努力は無事に実ったらしい。

いったいどんな花なのだろうとワクワクしながら歩いていくと、やがてほのかに輝く一角にたどり着いた。


夜を照らすその光は、花びらの内側から生じていた。

百合のつぼみのような形状をしたその花は、半透明の花びらを持っている。そして内側には鈴に似た形をした丸みがあり、その部分がまるで蛍のように光を発しているのだ。


「これって……、まさか蛍鈴の花? どうやってここに……!?」


思わずそう呟いたのは、この花が“幻の花”と呼ばれていることを知っているからだ。


人工栽培に成功した者はなく、野生でも見つけられることは滅多にない。その珍しさから、目にした者は幸運を手に入れられるなんていわれるほどのレアな花だ。


わたしは今まで一度だけ見たことがある。あれはまだわたしたちがガルドルスの砦で暮らしていた頃のこと。訓練の一環として山に登り、薬草採取や野営について学んだときのことだ。夕食の後の自由時間のときに、リシューが珍しいものを見つけたからとわたしを呼びに来た。そして二人で見に行った先にあったのが、辺り一面に輝く蛍鈴の花だった。


あのときよりは小規模とはいえ、目の前に広がっているのは紛れもなく蛍鈴の花だ。

わたしが驚いて隣を見ると、リシューは優しく微笑んでいった。


「覚えているかい? 昔、君と並んでこの花を見た」

「忘れるわけないよ。砦にいた頃でしょう? あのときもあなたが見せてくれて、すごくきれいだった」


あぁそういえば、リシューはさまざまな野の花を見つけてはわたしに教えてくれたけれど、一番初めはこの蛍鈴の花だった気がする。


「私には花の美しさよりも、君の喜ぶ顔のほうがずっと深く心に刻まれていてね。愛の日にどんな花を贈ろうかと考えたときに、あのときのことを真っ先に思い出したんだ。それで、幻の花を育てることに挑戦してみようと思ってね」


「サラッというなぁ! 大変だったでしょう?」


「簡単だったとはいわないけれど、君が喜んでくれるのなら、それが私にとって最高の報酬だよ」


「うん、すっごく綺麗。もう一度この花を見られるなんて思わなかった……。ありがとう、リシュー。あなたはいつもわたしに美しいものを見せてくれるのね」


「どういたしまして。あぁ、子供の頃は、君の笑顔が見たくて、野に咲く花を見つけるたびに君を呼んだものだよ。……ふふ、あの頃よりも権力を得て、できることが増えても、私がしたいことは変わらないな」


リシューの神秘的なまでに美しい薄青色の瞳が、愛おしそうにわたしを見つめてくる。


「君を喜ばせたい。君に笑っていてほしい。君がいてくれるだけで私の世界は光に満ちる。君の美しい瞳こそが私の人生を照らしてくれる。君の微笑みこそが私に幸福を教えてくれるんだ。───愛している、アリー」


わたしはたまらない気持ちになって、彼の服をぎゅっと両手でつかんだ。

そしてつま先立ちになって、リシューの頬にキスをした。


「ア、アリー……!?」


「わたしも愛してる、リシュー」


リシューの頬が瞬く間に赤く染まった。照れているらしい。この人のほうがずっと気恥ずかしくなるようなことをいっていたと思うのだけど。






予定外に長くなってしまいましたが次で完結です。

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