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伝説の傭兵、勇者の父【大賢者】に転生する  作者: 高木幸一
プロローグ 誕生と出会い編
2/5

第2話 それは分かるんだ

〖……っしぇあっ!!〗


 叫び声とともに三本やいばの風が飛んできて、それをけるとすぐに【蹴り】が襲いかかる。俺はそれをも転がりかわし、A級魔獣『アル・ヴィ・ボース』へと転生した【元・かしら】の背後へとまわり込むと、ためていた力を解放するように、剣撃を放った。刃はヤツの茂った体毛の奥、分厚い背の肉をえぐり、血しぶきが舞う。その降血雨こうけつうけるように俺は後ろへ二度飛び、距離を取った。


〖……痛ぇなちくしょうがっ!! そんなにブチ殺されてぇのかっ!!〗


 真っ赤な目をいよいよ燃え上がらせて、牙をむき咆哮ほうこうする【元・頭】。だがすぐに襲いかかって来ずに、ヤツは怒り狂った表情かおのまま、冷静に俺の様子を見定めていた。俺はそんなヤツに言った。


「なにをしようが殺す気のくせによく言うぜ。それともなにか? 命乞いしたら見逃してくれるとでも言うのか。……そんなわけがないだろう。お前はそうした相手を殺すことこそ喜びを感じるタイプだ。その上、俺には死ぬほどムカついてるわけだしな。……クソの本性をもっとむき出しにしろよ。せっかく中身に見合った体を手に入れたんだから。……また死ぬ前に」


 ヤツは怒りに満ちた表情かおで、耳まで裂けた口を開けたが、〖……けっ!〗とはくにとどまり、俺への警戒を続けた。……どうやら頭はまともに動いているようだ。獣性じゅうせいに呑まれてない。元々腕っぷしよりも知略で悪事を働いてきたタイプのようだしな。魔獣になった、というよりも、その体と技も、アイツの手札になった、と見たほうが妥当か。


「さて、どうするか。いまのところ、『話が通じる分』アルよりもマシそうではあるが。そんなわけないからな。……そもそもまだ、充分に【魔獣っぷりを発揮していない】」


 ちいさく漏らす。……ヤツが飛ばしてきた三本爪の斬撃は、確かにアルの技のひとつであり、魔術のごとくやっかいな攻撃ではあるが、魔獣の恐ろしさの根っこはそんなところにない。なによりも、人間をはるかに超えた身体能力にこそあるのだ。


 なのでヤツがしてきた、人間よろしく二本足で走ったり、蹴りを放ったりといった、魔獣らしからぬ攻撃は、その身体的特性を充分に生かしたものとは言い難い。要するに、人間であった利点、魔獣になった利点をともに活かせていないということだ。……【まだ】。


 顔のそばで羽ばたくシロルは、俺の言葉を聞くと上下に揺れながら、【元・頭】を見据えて返す。


「うん。でも、あれは出し惜しみしてるとか、うまく使いこなせてないとかじゃなくて。さっき言ったように、魂の融合がまだ不完全で、アルの魂の記憶、肉体の記憶を全部獲得してないから。融合が進むにしたがって、アルの記憶も、技も、肉体的特性も、【すべて思い出していく】。……だから、決着は急いだほうがいい」


「分かった。全力で行くぞ。――【近接特化】だ」


 俺はシロルが生成した剣を右手に、そしてその辺の木の枝を拾うと、葉をすべてそぎ落とし左手に持ち、構える。シロルはその枝棒えだぼうに向かって、叫んだ。


「偉大なる天地の精よ……我のちいさき声に応えたまえ! 精術付帯せいじゅつふたい……――アミュディース!!」


 その言葉で、枝棒に高速回転する水が渦のように巻きついた。これは妖精が使う術式のひとつ――水術【パンバネイラ】を、常時発動させたものだ。シロルが俺に使う術式の中でも、最も攻防一体の汎用性の高いもの。……さて。早めのダンスパーティの始まりだ!


 まだ月の出ない、蒼暗い空が覆い始めた時の中、俺は湿った土を蹴り一直線に【元・頭】へと走り出す。ヤツは馬鹿のひとつ覚えのように三本爪の風を放ってきたが、俺はそれをけずに、枝棒を振るって水撃すいげきを飛ばし、三本の風刃ふうじんは四方に飛んだ。そして降り注ぐバンバネイラの中、目を見開いたヤツの懐に潜り込み――銀光ぎんこうの剣で叩き斬った。


〖……――あがっ!?〗


【元・頭】の間抜けな声が響くと同時に二度目の血しぶきが舞い、俺はやはりそれをけて、円を描くように横へまわり込むと、銀光刃ぎんこうば水刃すいばを交互に斬りつける。一度、二度、三度、四度……八度。【元・頭】のたるよりも太い胴体は、光と水のやいばにより、なすすべなく滅多斬りにされて重心が崩れてゆく。ヤツは悲鳴も上げられずに、ただ鈍い音とともに地へ倒れ込んだ。


「……ちっ。赤酒ベルモスをかぶったみたいになっちまった」


 俺は後ろへ飛び、ヤツから距離を取ったあとに、自らの身体を見返して顔をしかめる。服も鎧も血に染まり、とても人前に出られる様子ではない。この【バンバネイラ】でも消えはしないだろう。……無駄な出費が増えたな。……ちくしょうが。


「馬鹿なこと言ってないで! ……まだ息がある!」


「……見りゃ分かるよ。あれが限界だったんだ」


 俺は口に入ったヤツの血をはき出して、ぶるぶると震えて地をかく【元・頭】を見つめた。元のアルならば、とうに終わっていたはずだ。だが以前斬ったときと比べて、明らかに手ごたえがおかしかった。まるで別の生命体のように――。魂が変わるというのは、肉体をも変化させるとでもいうのか。それとも、人間の自意識がそうさせているのか。……クソ。うかつに飛び込めねぇ。


「【バンバネイラ】を解放する。もし、それが外れたり、効かなかった場合は……。【そういうこと】だから二度掛けの準備を。終わってくれることを願うが」


「分かった。……早く村に戻って、いっぱい美味しい御飯、食べようね」


「……そうだな。きょうは俺も、酒よりもそんな気分だ。すでに、このザマだからな」


 そう言って、赤酒ベルモスをかぶったような姿を示し、シロルと穏やかに笑い合う。それから銀光刃の剣を皮鞘かわざやに収めると、真顔になり――バンバネイラの宿った枝棒を両手持ちにしておおきく掲げる。次の瞬間、高速回転していた水の渦は天に舞い、半円の巨大となり、ひと足早くそらに半月をもたらした。そして――。


「あの世へ行け。救われぬ魂よ。……じゃあな」


 思い切り枝棒を振り切って、水の半月は音も立てずに、血の海に倒れ込む【元・頭】へと飛んでゆく。……が、それはヤツの咆哮によってかき消され、同時に突風が吹き荒れる。……中心は……――立ち上がった、【元・頭】。


〖……ふぃー……っ。【ゲボい】ぜ。なにもかがな……。俺は人間の中じゃ下劣なほうと、自分でも自覚あったんだがよ……。魔獣ってのは――……とんでもなく【ゲボい】ぜっ!!〗


 叫び、辺りの樹々を揺らし、虫を、小動物を震え上がらせた。俺は同じように震えるシロルに、「……来るぞっ!」と叫んだが、同時に俺とシロルの間に三本爪の風が飛んできて、体勢を崩す。後ろの樹々が吹っ飛んだ音を聞いたとき、見ると――。シロルが羽をむしられて、血まみれで地面に伏していた。


 俺は瞳を震わせて、すぐさま腰袋から青い小瓶を取り出すと、シロルにかける。ほのかにシロルは発光し、目を開けた。ほっとしたが、迫りくる殺気に、「……早く回復術をっ! それで逃げろっ!! 二度掛けはもういいっ!! ……【アレ】はどうにかなる相手じゃない!!」と怒鳴った。しかし、シロルの返事を待たずして、俺はどてっぱらにものすごい衝撃を受けて、はるか後方の大木に叩きつけられる。


「……がっ!! ……あっ……ぐっ……!!」


 声にならない声を出し、視界もおぼろげの中、【四つ足】の元・頭を認めると……、ヤツは【穏やかに笑い】、しずかに語り始めた。


〖なあ? てめえだって俺のことをカスだと思ってんだろう? だがな、上には上がいる。いま、完全にひとつになって分かったよ。【魔獣コイツ】はな、金のため、生活のために殺しをやってきたんじゃねえ。快楽のためでもねえ。ただ、息をするのと同じように、すべてのものを殺す。そういう存在自体が罪深い生きモンなんだよ。……そしてそれが、【悪党ワルの人間だった俺には、どれほど快感なのか】――てめえに分かるかあ……? 分かれば、どうなるか……察しはガキにでもつくってもんだ!〗


【元・頭】は大口を開けると、そこから空気の砲弾を打ち出してきた。俺は頭を引っ込めて、後ろの大木が切り株へと変貌する音を聞きつけると、身を伏せたまま歯を食いしばり、シロルの姿を探す。そのときに、「偉大なる天地の精よ……我のちいさき声に応えたまえ! 全回復――フィルバースト!」と耳元で声がして、全身が蒼色に発光、俺は目を見開き立ち上がると、すぐさまそばで飛ぶシロルをつかんで駆け出した。


「……クソ馬鹿野郎がっ!! 逃げろと言ってるだろうがっ!! いいかできるだけ高く飛べっ!! そして目じゃなく殺気で攻撃をかわせっ!!」


 走りながらシロルを放し、上空へ追いやるように手で払う。だがシロルはそばを飛んだまま、怒鳴り返してきた。


「アタシの術なしで、どーやって倒すのよ馬鹿ゼロっ!! ……いいっ!? いまのアンタがあるのはア・タ・シ・のおかげでもあるんだからねっ!? 【半身】を手放したら死んじゃうんだから……!!」


 涙を飛ばしながら舞う。俺は自分の頬にかかったそれを指で、そして唇にかかったそれを舌でなめ取ると、その人間の涙とは違う甘い味を感じながら、すぐ背後に迫った殺気に対し、銀光剣を抜くと同時に振り向き斬りつける。手ごたえはなかった。


〖とんでもねぇ腕前だな、旦那よ……。なぜそんな力があって、傭兵なんぞやってんだ?〗


 間合いの外で、四つ足で大地を踏みしめたヤツは、わずかに首を傾げた。俺は呼吸を整えつつ、銀光剣を構えたまま、鼻で笑い返す。


「自由が好きだからさ。王侯貴族や金持ち連中に仕えるなんてクソくらえだ。中にはそのまま身分を手に入れようとする阿呆がいたりもするけどな。そりゃあ、金と権力があるだけの不自由だろうが。……なんのために生きてるんだ!?」


 俺は【元・頭】に突進し、銀光を突き出した。ヤツはそれをわずかな動きでかわし、噛みつこうと口を開ける。その大口の上あごに、俺は蹴りをぶち込んでぐらつかせると、首に銀光剣を振り降ろし、斬りつけた。


〖……っ!! いいぜぇ……いいぜぇ……!! いいぜ旦那最高だよアンタっ!! なぶり殺すのになっ!!〗


 剣が抜けない。俺は舌打ちしてそれを手放し、胴体を蹴とばす勢いで空へ飛び、すでに詠唱を始めていたシロルに叫んだ。


「……【串刺しの、はりつけ】だっ!! ――相棒っ!!」


「言・わ・れ・なくてもぉ~……っ!! 神の鉄槌てっつい!! ……メディクスローヤッ!!」


 次の瞬間――。ほの暗いそらから銀光の槍が幾つも降り注ぎ、【元・頭】が見上げる間もなくその巨体ごと大地を串刺しにし始める。十、二十、三十……百を超え、大地が無数の陥没を示したとき、ようやくしずかになった。


「……はぁっ! はあっ……!! ん、もぉ……!! うそ、でしょ……!?」


 息を乱し、ふらふらと、着地した俺のそばへ降りてきたシロルは青ざめる。俺は唾を飲み……、そこにいる、血まみれになりながら、〖面倒くせえなあ……! ボケがっ!〗と悪態をつき、一本、二本と……自らに刺さった槍を抜いては砕く魔獣を見据えて……――覚悟を決めた。


「【光眼こうがん】を使う。……もはやそれ以外に、どうしようもないだろう。あとは任せた」


 シロルを見やる。シロルはちいさな唇おおきく開けて、なにか言おうとしたが……。俺がまばたきもせずに自分を見つめている様子に、唇を閉じ、かみしめて、震え……。やがて俺と同じようなまなざしになって、うなずいた。


「……っとうに、昔から……。いつもアタシにばっかり、面倒ごとを押しつけて……。アンタって、ずっと、アタシがいないと半人前のチビすけのままなんだから。……馬鹿ゼロ」


「そうだな。やっぱりひとりで恰好つけるわけにはいかなかった。命はお前だけに預ける。――シロル」


「当たり前よ。その代わり、アイツはなんとかして。……お願い」


「分かった。――……ヤツだけは確実に殺す」


 言い放ち、俺は深く腰を落として視線を飛ばす。その先には、すべての槍を抜き終えたあと、首に食い込んだままの銀光剣を忌々しそうに抜き取って、牙でかみ砕いて吐き出し……。その、まるで雨に濡れたフィラリの子供のように身を震わせ、血を飛ばすと、四本足で大地を踏みしめて、えた。


〖……死ぬほど痛ぇんだよ、クソボケどもがあっ!! 一撃で死ねると思うなよ……!? 手、脚、胴、頭と少しずつ食いちぎって殺してやるからな! とくにてめぇはよ! ……ク〗


 言いかけて、ヤツは言葉を止める。俺の変化が分かったようだ。【元・頭】は真っ赤な目をおおきく見開き――。なにや得体の知れぬオーラを放ち始めた俺を凝視した。俺はその汚い両眼を見据えたまま、叫んだ。


「……――光眼!!」


 刹那、俺の右目が星のごとく光を発し、大地が震える。【元・頭】は口を開けて、それから獣の本能を得たのか、後ずさりした。俺はそれをぼんやり見たあと、拳ほどの石を拾い――思い切りヤツへ投げつけた。


〖……っ!? あっ……!!〗


【元・頭】がそう漏らしたとき、ヤツの右前足は石弾せきだんによりブチ切れて、ものすごい勢いで地面を転がり近くの岩へぶつかって跳ね上がると、血しぶきとともに薄暗いそらを舞う。そしてそれが、どしゃっ……と落ちたと同時に、俺はヤツの目前に到達し、顔面を殴りつけた。


「あがあっ!! あばっ……!!」


 訳が分からないといった表情かおのまま、【元・頭】は先ほどの右前足よろしく地面を転がり、巨木にぶつかることでようやく静止する。俺は血で汚れた拳に舌打ちしたのち、かみ砕かれ、もはや半分ほどになった自らのつかを拾い上げると、無言で掲げる。


「偉大なる天地の精よ……我のちいさき声に応えたまえ。武器生成……――リディクレーヤ」


 しずかな声が響き、すぐに柄から、再び銀光の刃が延びてゆく。それをひと振りして光の粒を飛ばすと、心配そうに、少し離れて舞うシロルにうなずいてから、起き上がったヤツを見た。


〖ぐっ……! おま……え! ま……さか。まさか、まさかまさかまさか……! ゼロ……っていうのは……、【ゼロ・レクティス】か……!?〗


 震える声で言う【元・頭】に、俺は淡々と返した。


「ああ。まさか……っていうのがよく分からんが。同じ稼業で似たような名前はいないはずだしな。テメーのような極めつきの悪党クソにまで知られてるとは、光栄すぎて涙がでるぜ」


 唾をはき出し、剣を構える。【元・頭】は……、人間のように苦笑いをすると、いよいよ【三つ足】を確かに大地へ踏みしめて、言った。


〖……かつて史上最強と言われた、裏の魔術士集団【暁の魔団ベル・スー】をひとりで壊滅させた、伝説の傭兵が……、確かその名だった。対峙した者をすべて死へ追いやるという、【死眼しがん】を持つとも。そうか、その気色悪い光る眼こそが……!! ――ゴロツキどもの与太話じゃなくて、感動ものだぜ……!! 伝説さんよ!!〗


 歓喜に震えるようにして、笑う。俺は「【死眼】なんか持ってねえよ……クソが」と言ってから、一歩、足を踏み出す。その足にはもう、震えが来ていた。……死、というなら、相手よりも自分にあるんだよ、この【奥の手】はな。……今回は、持って十分ほどか。そして、そのあとは丸一日ぶっ倒れる上に、無事目覚めるかどうかは神次第――。


 頭、身体、技。すべてを悲惨なまでの努力で磨かざるをえなかった凡才の俺に、唯一、生まれながらに与えられた、神からの才能おくりものが、このクソ仕様というな。まさに命と引き換えの【魔獣化】だ。魔団との一戦以後は、もう二度と、使うことはないと思ってたが……。


 そのとき、ふと、肩に温かさを感じる。シロルが泣きながら寄り添っていた。俺はそのちいさな頬を優しくなでて、涙を拭きとると、「離れてくれ。……お前が死んだら、俺の命は五分と五分ですらなくなる。……いいか? そのときのために、もう術は使うな」とつぶやき、シロルは、「……うん。動けなくなったアンタは私が守る。助ける。だから……絶対に戻ってきて。お願いよ――……」と、言ってまたそらへ舞う。俺は足の震えを無理やり止めて、高まりつつある殺気へと再び対峙した。


 その殺気とは裏腹に、ヤツの警戒は明らかに強くなっている。アイツは、こちらに時間制限があることを知らない。ならば知られる前に――……カタをつけるほかはない!!


 俺は姿を消すほどの勢いで、【元・頭】へと詰め寄って、赤い目が反応を示す前に斬りつける。ヤツの肩から血が噴き出るが、それと同時に爪を振り降ろしてきた。その一撃は俺の腕をかすめ、俺は歯を食いしばると、ヤツの左後ろ足を蹴り払い、体勢を崩して、尻に剣を叩き込む。それは足をちぎるばかりに深く食い込み、【元・頭】は悲鳴を上げた。


〖……てぇ!! 痛ぇよお!! ……このっ……ゴミクソの人でなしがぁ!!〗


 ヤツは無我夢中で残った左前足を振り、それが今度は俺の右脚をかすめた。血が飛び、その痛みに重ねるように【光眼】の反動が来て、俺は思わず膝をつく。次の瞬間――ヤツは、かの左前足で俺を抱きしめた。


〖……絞め殺すっ!! こうすりゃご自慢の剣も、拳も、【ふざけた投てき】も全部ナシだぜ!! いかにいまのてめえが人間離れした力があろうとも、……人間じゃねえA級魔獣おれの力を超えているはずはねえ!!〗


 ものすごい力で俺の胸を押しつぶし、俺は、「がっ……!!」と血をはく。それはヤツの深い体毛にべっとりついて、それをそのまま顔に押しつけられて息がまともにできない。手も動かず、ただ脚をばたばたと振るのみになったが――ヤツが【人間らしい勝利の笑みを浮かべただろう】、ほんのわずか力がゆるんだ瞬間――、俺は思い切り足で、ヤツの脚を踏み抜いて、肉をつぶした。


〖うっ……ぎゃあああああああああ!!!!!! あ……っ!!!!〗


 悲痛な叫びとともに、締めつけが完全にゆるみ、俺はヤツの腕から抜け出して、もう一発――同じ潰れた箇所を踏みつけて、【元・頭】は声にならない声でのたうちまわる。その隙に、銀光剣を拾うと、左手で短い柄を、右手で刃の根を握りしめて両手持ちにして、倒れ込んだ巨体を滅多斬りにした。


〖あぎっ……!!! やめっ……!!! ちがっ……!! お……れ……は、こんな……は……ず!!!〗


 叫びを無視して六度、十度、……二十度と斬りつけて、ヤツの断末魔がしなくなったとき、……俺は視界が真っ白になり、後ろへぶっ倒れた。


「…………ロっ!? ゼロぉーっ!!」


 ただ、そんなシロルの泣き叫ぶ声が耳へと響く。……く……そ。目が見えん……。いままで力を失う前でも、こんなことは……――。つまりは【外れ】を引いたってことか……。……すまん。だがヤツだけは仕留めた。それは分かるんだ。……いまは。【死】、というもののにおいが。……俺自身からも、におってきてるからな。


「……う、こんなの、ぜんぜん、……前のときと……! 目の光が……!! ――ゼロっ!! 馬鹿っ!! なに諦めてるのよっ!! ……アンタが死んだら……アタシはっ!! アタシはぁ……!!」


 悲痛な声がはっきりと耳に届くいっぽう、もう完全に視力を失い、足元から、だんだんと感覚が消えてゆく。それから脚のつけ根まで感覚がなくなったとき、なにやら腰に触れる感触があって、少ししてから、今度は唇に、硬く冷たいものが当たり、口の中に……味のない液体が流れ込んできた。


「……偉大なる天地の精よっ!! ――……神よ……!! どうかゼロを……!! アタシも道連れになりますからっ!! どうか、どうか、アタシが、この世で唯一、……な男だけは……!! どう……か――……」


 言葉は、俺の唇に、ちいさく、やわらかで温かなものが触れたあと、消えた。同時に俺の意識も……。


 まるで糸が切れるように、最後にぷちん、と音がして……――途絶えた。

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