転生したらラジオだった件
『歌恋の可憐に参上ラジオっ!』
今週もこのときがやってきた。
毎週金曜日の23時20分には明かりのない部屋の片隅に鎮座して待つ。
デビュー前から応援しているアイドル声優である円城 歌恋の声がスピーカーから流れてくるなんて実に感慨深い。
最初はアニメのがや程度の仕事しかなかった彼女がこうして、ラジオ番組を持つようになるなんてファン冥利につきるというものだ。
『今週も始まりました、歌恋の可憐に参上ラジオっ! パーソナリティーの円城 歌恋です。今週もリスナーさんから寄せられた沢山のお便りを読んでいきたいと思います。重要な告知もあるので、最後まで一緒に楽しんで下さいね!』
彼女が無名のときからイベントに参加し、グッズを買い漁り、ファンレターを送り、SNSでの応援を続けた。
握手会では顔と名前を覚えられていた時期もある。
ファンクラブの会員ナンバーの一桁を死守したのはいい思い出だ。
今日も彼女の声は可愛らしく、聞き取りやすい。
声だけではなく、顔もスタイルも素晴らしいと思っている。
そんな彼女が世間に認知されたことはなによりの喜びだった。
『あのね、最近ね。ラジオを買ったの。せっかくラジオのお仕事をさせてもらっているから、自分の声をスマホじゃなくてラジオで聞きたいなって思ったんだけどね。この番組って生放送だから、自分では聞けないんだよね。だからラジオでは他の番組を聞いて勉強させてもらってます』
なんて天然なんだ。
きっと彼女のことだから、店先で見つけたラジオの形を気に入って即買いしたに違いない。
どのような機能が備わっているのか、なんてことは彼女にとってどうでも良いことで、自分の部屋に置いて違和感のないインテリアとして、そして話のネタの一つとして購入したのだろう。
そんな打算的な一面も好きだ。
『歌恋の可憐に参上ラジオっ! 今週は素敵なゲストが来てくれています』
今週もこのときがやってきた。
今日は同じ事務所の同期を招き、掛け合いをしながら進行していくようだ。
いつもより声が高い気がする。
こういう一面は普段から仲良しだからこそ引き出せるのだろう。
『じゃあ、わたしが読むよ。えっと、先日ちょっとした恐怖体験をしました。それは――。歌恋ちゃんも恐怖体験をしたことはありますか?』
『それがね、あるの。すっごいタイムリーなんだけどね。家にラジオがあるじゃない? たまにね、電源を入れてないのにノイズ音が鳴り響くの』
『え、それヤバくない』
『そうそう。でもね、毎日じゃないから。人が来てるときだけかな』
『わたしが家に行ったときは大丈夫だったよ』
『たまに、だからね』
『怖くない? だって一人暮らしでしょ?』
『まぁ、一人のときは普通なんだよね。勝手に鳴るときは一人じゃないから、そんなに気にならないっていうか』
『歌恋って相当、肝が据わってるよね』
『そんなことないと思うけどなー。では次のお便りにいきましょう』
なんてことだ。
トークテーマが恐怖体験なのに、彼女にとっての日常を話しているではないか。
だが、それも良し。
困っているのであれば助けてあげたいと思うが、それを知ったところでただのファンである今の自分にできることは何もない。
原因が分かれば解決策を練れると思うが、はたして彼女がそこまで深く考えているのかは誰にも分からないのだ。
『歌恋の可憐に参上ラジオっ! 先週、家のラジオの話をしたら、SNSでバズってて驚いちゃった。歌恋は大丈夫ってことで今日も元気にやっていきましょうっ!』
今週もこのときがやってきた。
先週の放送中から大きな反響があったようだが、そのお祭りに参加できなかったことが悔やまれる。
だからこそ、今日の放送でどんな反応があったのか一言一句、聞き漏らさないようにしよう。
『なんかね。捨てた方がいいよとか。御札買って下さいとか。家に来る友達も猛者だねとか。沢山のメッセージをいただきまして、涙が出るほど嬉しかったです。あのラジオはね、まだ家に置いてあって先輩達の番組を聞くんだけど、もっと歌恋もトーク力を磨かないといけないなって思ってます。それでは今日の企画っ!』
生放送が無事に終わり、彼女の声が聞こえなくなったタイミングでスピーカーをオフにする。
彼女の努力は涙ぐましいものだ。
だからこそ、必死に這い上がろうとしている姿に心打たれ、ファンになったのだと思う。
尊敬する彼女を倣い、真面目に仕事をしよう。
普段はめったに仕事をしていないが、今日は久々にやる気だ。
そんな気持ちを更に燃え上がらせるように玄関の鍵を開ける音が室内に響く。
ズカズカと室内に入ってきた来訪者と時間を共有しているが、ここまで互いに会話はない。
奴はずっとスマホを眺めているし、俺はじっと座ったままで虚空を眺めている。
それから30分が経った頃にもう一度、玄関の鍵を開ける音が室内に響いた。
奴は立ち上がり、玄関へ出迎えに行く。
俺はまだ動かない。
時がくるまでじっと待つだけだ。
「お疲れ」
「ただいま。ご飯はもう食べた? あたし、これからなんだ」
「あとでいいだろ」
彼女の声はスピーカー越しで聞くよりも高く、張りがあり、艶めかしい。
さて、お仕事開始だ。
――ふざっけんなッ!
俺を誰だと思ってやがる!?
ファンクラブ、会員ナンバー3だぞ!
俺が誰よりも早く彼女の存在に気づいたんだ!
彼女を支えて、ここまで大きな存在にしたのは俺なんだ!
だから、俺こそが彼女に相応しい男なんだ!
お前みたいな仕事もしてないヒモが寄生していい相手じゃねーんだよ!
てめぇが咥えてるタバコも彼女が必死に稼いだ金で買ったものじゃねーか!
なにヘラヘラしてやがる!
その気持ちの悪い顔面をボコボコにしてやろうか!
「ザーザーザーザーうるせぇな。おい、このラジオ捨てろって言ったよな」
「ごめんね。でもお気に入りだから」
「はぁ? お前がラジオを聞いてるとこなんか一回も見たことねぇぞ。いつも狂ったみたいに鳴りやがって、マジでイラつく。ほら、早く脱げよ」
「う、うん。ごめんね」
――おい、無視するな!
いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも!
ふざけんな、マジで!
お前だけいい思いしやがって!
お前もそんな男のどこがいいんだよ!?
やめろよ!
そんな姿を俺に見せるな!
今日も声の限り叫び続ける。
いや、本当は声なんて出ないんだ。
だからこそ、魂を引き裂く思いで叫ぶ。
俺は一度死んだことで大好きな人と一緒にいられるようになったが、その代償として体のほとんどを失った。
今の俺に残っている器官は目と耳だけ。
こうして俺は大好きな彼女に捨てられることなく、他のファンが見たくても見られない姿と聞きたくても聞けない声を特等席で堪能できている。
だが、決して声も手も届かない。
だからこそ、彼女はいつまでも俺だけの偶像なんだ。
数ある小説の中から当作品を見つけていただき、ありがとうございます。
初めてのホラー作品として仕上げましたが、はたしてホラーしているのでしょうか。